Ⅳ
「一つ質問良いですか?」
僕は駆け足で隊長の後を追いながら隊長に聞いた。
「質問を許可する」
この言い方だけで、隊長の『スイッチ』が既に入っていることがわかる。
「隊長は『こうなること』を事前に知っておられたのですか? そうでもないとこんなに素早い対応はできないと思うのですが。いくらなんでも報告があってからの対応が早すぎます」
廊下には窓があり、その窓から王都の市街地が見えているのだが、既に王都の一部から黒煙が上がっていた。あの辺りは……官庁街だろうか。首相官邸や国会、大審院などが集まっているエリアである。
「……なんだか、俺が反乱分子とつるんでいるみたいな言い方だな。まぁ、無理もないか」
そういう隊長の口調は不満そうだった。
「あれ? この子にはまだ言ってなかったのですか? それは流石に失態ですよ?」
フィガロ大尉が隊長を責める……というより僕のことをフォローしてくれているようだった。
「まぁ、何も起こらなかったらばべつに知らなくともどうということもないからな、いざという時に伝えればいいと思っていたのも事実だ。ところでシャルル、君の質問に答えるが、要するに、最初からこういうテロとかで王城が襲撃されたときのためのマニュアルのようなものがあるのだよ。それは何通りも様々なパターンが考慮されていてだな、もちろん
隊長は核心をうまくぼかしたような気がした。
「それはわかりました。ですが、我々は一体これから何をしようというのでしょうか? 僕はそのマニュアルというものを知らないわけでありますから、当然今から何をするのかも知らないわけであります」
「ああ、それはだな、我々がやるべきことは王族の護衛と脱出だ。第2王女のポレール王女の護衛だよ」
隊長の一言は僕にとってとても衝撃的なものだった。
「ローラン大尉! 前!」
突然フィガロ大尉が叫び出した。テロリストが目の前に現れたのである。そして右腕に杖を持って両腕をクロスさせて、そして魔法を発動させた。基本的な障壁魔法である。だが、フィガロ大尉はこれを走りながら発動させている。これは相当な訓練を積まないと出来ないことだ。
「シャルル、『子守歌』だ! やれ!」
隊長が叫ぶ。どちらかというと指揮官タイプなのがこの人である。
僕が杖を取り出している間に、既にそのテロリストたちはその手に持つ
フィガロ大尉が右手の杖にさらに魔力を流し込んで障壁魔法を強化、僕たちの身体をすっぽりと守るように大きな盾となった。
そんな盾は銃弾を余裕を持って防いでくれる。僕たちには心配は無用であるというかのように。
フィガロ大尉が盾で僕たちを守っている間に杖を取り出して、その杖に僕は魔力を流し込む。よし、いける!
「オッケーです! いきます!」
僕は魔力を流し込むその加減を調節することで『子守歌』の発動範囲と威力を調整する。威力? そんなものマックスに決まっている……と言いたいところではあるが、そうすると僕にもしものことがあった際に彼らは永遠に眠り続けることになってしまい、真相を聞き出すことが出来なくなるため、多少は加減をしておいた。
無事に発動した魔法はテロリストにうまく命中した。短機関銃を持っていたてから力が抜け、手から銃が落ちて行ったと思うとそのまま身体も力が抜けてどんどんと倒れていくのだ。パッと見ではテロリストが突然死したようにも見えるのだが、フィガロ大尉は感心したようだった。
「……これが、噂の『アルノースの子守歌』か……」
「ええ、凄いでしょう? 彼は、まさしく
隊長とフィガロ大尉が小さな声で会話を交わした。その内容は不明瞭で聞き取りづらかったが、少なくとも悪い話ではないはずだ。
「よし、先を急ごう」
隊長の一言で僕たちは先を急ぐ。
「もうすぐですよね、ポレール王女が普段いらっしゃる御部屋は」
「ああ、そこを曲がったところだ」
目の前に角がありそこを曲がったところらしい。
隊長が先頭を走っていく。
角を隊長が真っ先に曲がると、突然、隊長の頭を何かが貫通した。
僕は最初、それが銃弾であるとしばらく気づかなかった。そんな僕を余所に銃弾は隊長の頭を右から左へと突き抜けて、隊長の頭の左側からは、銃弾と一緒に血しぶきが飛び出した。それを追うような形で隊長の身体は左へと傾いて倒れた。
「えっ……」
隊長は誰の目にも明らかに、即死だった。ヘッドショットを喰らってしまってはもはや助かるまい。それこそ奇跡なんていうのは一個人になぞ降ってくるわけがないのだ。
フィガロ大尉はすぐに障壁魔法を発動して、また自分の拳銃を取り出して隊長を殺したテロリストと相対し、その仇を一瞬のうちに取った。
だが、僕の中には何の感情もそこにはなかったのだ、残念ながら。そこには悲しいとも、悔しいとも思えない僕がいたのだ。声なんていうのはなおさら出ない。ただ、目の前に横たわる隊長の身体はもうただの屍体でしかないということがなかなか受け入れられず、隊長の、いやただの死体を、茫然と見下ろしている僕だけがいたのだ。
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