王宮の通用口の前で衛兵に車を止められる。制服は中央憲兵レカルラートのものだ。中央憲兵レカルラートがいかに優秀な部隊であるかということを嫌でも見せつけられる。

 衛兵は車(この車は市販のセダン車をそのまま使っているとはいえ登録上は戦車や1/2トン四駆と同じ軍用車である)のナンバープレートを見てクラーナ区憲兵の車であることを確認し、窓から車内の様子を覗く。軍用車のナンバープレートは見る人が見ればもうどこの部隊の車かは一発で分かるらしい。この二つのチェックだけですぐに通された。

「結構王宮のセキュリティって緩めだったりするんですかね」

 あっさりと通されたことが意外で思わず隊長に聞いてしまった。

「いや、建物の中に入る時にしっかりボディチェックをやるんだ。だからここは少し緩めなんだろう」

 隊長は王宮の中にある憲兵ジャン=ダルムリーの本部の方に車を走らせる。この建物には我が国では非常に珍しい地下駐車場がある。もしもの際に要人がここから逃げるそうだ。隊長はもう慣れたような様子で車を地下駐車場へと入れていく。この地下駐車場の段々と地面が上へ上へと上がっていく感じが僕にはとても新鮮だった。

「車のキーは俺のズボンの右ポケット、あとナンバープレートの上に被せて民間の車に化かす用のシールはドア下のポケットに入っているから。何かあったときのためにしっかり覚えておいてくれ」

「了解しました」


 隊長が地下駐車場に車を止めて、その隊長の後ろについていく形で王宮の中に入っていく。あ、正確には王宮の横にある憲兵ジャン=ダルムリーの本部か。

「車を止めたのが本部の地下駐車場でびっくりしているか?」

 隊長が前を向いたまま僕に聞いてくる。

「いや、正直王宮とかそういうのって敷地の外からしか見たことないので、敷地内に入れただけでも感動というか……」

「……一生懸命王宮の地図を頭に叩き込んでたのにか?」

「え? それをどこから!」

 誰にも、誰にもバレないように万全を期していたはずなのに! 

 まぁ、出所は一箇所しか思いつかないが。

「先輩……ですか?」

「ははは、さすが幼馴染。以心伝心だなシャルルとジャンヌは」

 そりゃあ、まぁ、否定できないけど……大抵先輩が考えていることが言葉にはできないけどなんとなく、分かるようなことがある。大抵そういう時は面倒なことで、例えば「喉が渇いた」だの「暑い」だの「汗かいた」だのといったことで、僕が先回りして準備しておかないと先輩に半殺しにされるのだ。

 というかそもそも先輩のとこのメイドさんだの執事だのを呼びつければそもそもいいわけで、わざわざ僕がやることに全く意味はないのだが、先輩はなぜか「僕がやる」ことに意味を見出しているらしい。

 まあ、話が脱線したが、とにかくあの人の考えていることは僕の本能が僕に伝えてくれるのだ。

「伊達に幼馴染みなんてやってませんよ」

 そんなことを思いながら僕は適当に返した。

「そういえばここどこなんですか? ずっと地下トンネルの中ですけど」

 そう、ずっと人通りのない地下トンネルの中を歩いているのである。終わりがどこまでも見えてこないし、人通りも全然……というか全くないのでとてもとても不気味で、コウモリが出て、何かしらの幽霊などが出ても全くおかしくない様子なのである。

「ん? ああ、すまん言ってなかったな」

 隊長は振り返らずに答えた。

「これはな、憲兵の本部と王宮の中を繋ぐまぁ、半分隠しトンネルみたいなもんだ。ただ別に隠しているわけではなくてな、通用口みたいな感じにみんな使ってるんだ。そしてだな、とてつもなく長く感じられるのはこれも魔法のせいらしくて、このトンネルは実際はそんなに長い訳でもないし、時計を片手に端から端まで歩いたとしても、このトンネルの中だけ特段時の流れが遅くなるというわけでもないらしい。ただ、体感だけ遅くなる、先が見えないような錯覚をさせて先に進む気を削ぐある種の認識阻害系の魔法がこのトンネル全体にかかっているらしい。だから長く感じられるんだ」

「じゃあ、そのうち慣れてくるということですか? だんだん慣れてきて最初みたいに先が見えないように感じる事はなくなると?」

 僕は隊長に聞き返した。

「ああ、そういう事だ。このトンネルが繋がっている先はしっかりと覚えておけよ? 有事の際にそれなりに役立つ知識だ」

 隊長は僕の方を振り向いた。

 一瞬僕は隊長の頬に涙が伝っているように見えた。隊長が泣いている? でも、そのことに気づいた時には、隊長の頬に涙が伝っているなんていう事はなく、幻覚か何かだったのだろうか。物凄い不吉な予感がする。何かのデジャヴだろうか。だとしたらこの既視感は一体どこで見たのだろうか。少なくとも、僕がクラーナ区憲兵に配属されてから隊長が泣いているのを見たことがない。

 気持ち悪い。



 そうこうしているうちにトンネルの終点にたどり着いた。トンネルの終点には金属の螺旋階段があって、きっとこの上に王宮の中に続く扉があるのだろう。螺旋階段は一段一段のステップが狭く、またとても急な階段だった。まだ梯子のような物だったらなんとなく恐怖感を受け入れられるだろうが、この階段はであるからこそ恐怖感が受け入れられないのだ。

 きっと急ごしらえで増築したのだろうが、もう少しなんとかならなかったのかとも思う。とある要人の方々は降りづらいだろう。

 そんな階段を上り、隊長はなんの躊躇いもなく扉を開く。

 扉の先はもう王宮だった。壁も床も綺麗に磨かれた大理石で出来ていて、高級そうなカーペットが敷かれている、人気のない廊下だった。

 その廊下を右手に進んで5番目の扉の前で隊長が立ち止まった。

「よし、着いたぞ、ここが『6番会議室』いつも会議が行われている部屋だ」

 隊長はそう言いながら銀色に光るドアノブに手をかけた。

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