#7 Red Regalia
Ⅰ
退院してから長い時間が経った。僕は窓の外をぼんやりと眺めながら入院していた時期のことを振り返っていた。もちろん右手には紅茶を欠かさない。
入院中はロゼットにずっとつきっきりでお世話をしてもらった。この歳になってもこんなにお世話して貰うなんて少し気恥ずかしいような気もするが、たまには甘えてみることにする。そしてそこに大抵タイミング悪く先輩がお見舞いにやってくるのだ。そして、エルミーヌから恋愛小説を布教されることで身につけたそういう知識で勝手に誤解して病室の中で、そして病院の中で修羅場が始まってしまうのである。
これも誤解であると先輩もロゼットも両方分かっているにもかかわらず、『女には引くに引けない戦いがあるのです!』とかなんとか言ってこの不毛な争いをやめようとしないから余計に面倒なのだ。大抵2人が看護師さんに怒られるところまでワンセット。女って時々怖い。
それでも、まぁ、2人とも僕のことを考えて行動してくれているわけだから、まぁ、悪い気はしないんだけど。
なんて言ってみてもいいのだが、そんなこと言ったらこれまたエルミーヌに余計な知識を吹き込まれた先輩とロゼットの2人は僕をダシにして遊び始めるだろうから絶対言わない。感謝しているのは本当。
しばらくの入院生活の後、ようやく退院した僕は、しばらく『前線から下げる』とかなんとか意味のよくわからない理屈で実家に帰らされた。流石に先輩はついてこなかったが。
それから僕はクラーナ区憲兵に復帰してからもずっと大した仕事の舞い込んでこない平和な時期が続いていたのである。
一通り振り返って僕は右手の紅茶をすする。僕の口の中に広がる少し冷めてしまった紅茶が入院期間とそれからの休養期間の長さを僕に味覚で教えてくれる。
「シャルルとジャンヌのお陰だよー」
隊長は自分のデスクで欠伸をしながら言う。
どうやら王国内での一大拠点がこの間押しかけたところだったようで新しい拠点ができるまで王国内のレスプブリカは目立った活動はできないようだ。
実際ここのところずっと紅茶を飲みながら窓の外を眺める毎日である。ここはカフェか何かとたまに思ってしまうがまぁ仕方ない。
「あ、そうだ、なぁシャルル」
隊長が突然何かを思い出したように僕を呼んだ。
「はいなんでしょう」
僕は隊長の方を向く。
「大分前にさ、今度王宮の会議連れてってやるって言ってたじゃん」
「はい、仰ってました。もう去年のことですね。僕も言われるまで忘れていましたが」
「明日さ、その会議があるんだけどさー、来る?」
「はいっ! 行きます! 連れてってください!」
僕はその場から飛び上がってしまった。ようやく隊長が王宮の会議に連れてってくださるようだ。僕はそもそも王宮に行ったことがないので、王宮に入ることさえも初めてということになる。
「じゃあ、明日行くか。どうせ大したことは起こらんだろうしジャンヌ一人ここに残しておけば大抵なんとかなるだろう」
先輩の扱いがなんか雑な気がするが、いよいよ明日ついに王宮での会議に連れてってもらえるというので僕は舞い上がってしまった。
「ロミュの魔女とかって二つ名がついてるんですからきっと大丈夫ですよ」
僕も大概酷いことを言っていた。これは秘密。
翌朝、僕は前の日の夜にあらかじめアイロンをかけておいた制服に袖を通す。本当は一旦実家に制服を送って丁寧に手入れをしてもらってから王宮に行きたかったのだが、流石に一晩でそもそも実家まで荷物が届かないので、僕は素直に諦めて寮でアイロンがけをして済ませることにした。若干普段から制服のお手入れをもっとちゃんとやっておこうと心に決めて。
因みに先輩くらいのお家になると王都にも王都に滞在している時用のお屋敷があり、そこにメイドが常駐しているらしい。で、制服とお手入れなんかは王都のお屋敷のメイドに頼んでいるそうだ。
あ、先輩に頼んでお手入れして貰えば良かったかな。多分その手が普通に使えた。これは失敗したか。
そんなことを考えてからもう一度鏡を見ながら身を整えて、制服にゴミがついていないか確かめる。
うん、多分大丈夫だろう。
僕は寮の自室を出て、階段を降りる。今日はそのまま隊長の運転で王宮に向かうことになっている。
階段で先輩とすれ違う。
「あ、おはようございます先輩」
「おはようシャル君、今日は王宮だっけ?」
「はいそうですねって、先輩?」
先輩が両手で僕の肩を掴んできた。突然一体どうしたのだろうか。少し不安になる。
「シャル君……絶対に帰ってきてね? なんかこう……上手く言葉にして言えないんだけど、うーん、こう……なんか嫌な予感がするというか。虫の居所が悪いっていうのかな? 今日はあまり良くない日のような気がするから……本当に、お願いね? ちゃんと無事に、生きて帰ってきてね?」
先輩がここまで言うとなると、多分本当に悪いことが何か起こるのだろう。昔から先輩は何か占い師のようなものの才能が確かにあった。むしろいわゆる巫女とかシャーマンに近いかも知れないが。
「分かりました。気をつけます」
「シャル君ちゃんと武器は持った?」
「はい、杖と拳銃、あと規定のサーベルも持っていきます」
「うん、じゃあ大丈夫だね、合格。あ、あとまだ糸くずついてるよ?」
そう言って先輩は僕の背中に手を伸ばした。
「ありがとうございます。行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
先輩は階段を上がって行き、僕は階段を降りて行った。
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