Ⅱ
列車を降りると、そこは雪国であった。
という訳でもない。多少雪が積もっている位である。海から暖かい風が吹いて来ているらしく、意外と温暖な気候なのである。暖流がどうとか。
先輩の故郷であり、西北特急が止まるエトワリエでローカル線に乗り換えて、小さな魔力機関車に客車が一両くっついているだけの列車で少し行ったところに僕の故郷であるアルノースがある。アルノースという僕のファミリー・ネームは地名から取ったものらしい。
アルノースの駅ではそこそこの人が乗り降りする。といっても数十人ほどしかいないが。この田舎の駅ではそれでも『沢山の人々』だそうだ。王都に行ったらこの認識か全くの誤りであることに気づくだろう。
鞄を一つ持って僕は列車を降り、雪がうっすら積もったホームを歩いて改札を出ると、目の前に黒塗りの自動車が止まっている。領内で普及が少しづつ進んでいるトラックや鉄道の代わりに導入された乗合自動車ではなく、領内でも数台しかないセダンだ。魔導機関の音がポコポコとなる。車の前でボンネットに足を組んで座り、呑気にタバコをふかしていたのは女執事のリザだ。
首元にファーがついたコートを前を開けて羽織り、中はスーツだが生足にこれでもかという丈の短いタイトスカート。目に毒だし見ていて寒い。寒そう過ぎて逆に目に毒とは思えない中を覗こうという気になる者などいないだろう。え? 僕? 近所のガキが覗こうとしてリザにボコボコにされていたのをリザが家に来てすぐに見てしまっているから。セミロングの金髪の後髪の先端だけが赤く染められている。本人曰く永遠の友情の証でこれさえあればまず絡んでくるやつはいないらしい。ちょくちょく染め直している。
とはいえ美人がこんな格好をしていたら確実に目を引く。ウチに出入りのある人は慣れているが、そうでなければこんな、本人に言ったら「あ???」と威圧されるが、エロい格好でいたら視線を奪われるのは自明の理だが、理解していないのかリザはジロジロと見てくる通行人に対して舌打ちをする。そのついでに紫煙を燻らす。
リザにはなかなか話しかけづらい雰囲気がある。どうも昔王都で相当暴れていたらしく、王都のテッペンを取ったとか取ってないとか。そんなリザを父上が拾ってメイドとしたらしいがどうしてそういう展開になったのかがわからない。少なくとも王都のテッペンを取った女に勝てる程父上は強くない。母上ならまだ可能性はありそうだが。
「おかえりなさいませ、シャルル様。旦那様がお待ちでございます」
組んでいた足を解き、タバコは咥えたままだが恭しく一礼をしてきた。
「や、やあ、リザ、久しぶりだね。ウィレムは?
いつも運転はウィレムがしていただろう?」
僕が恐る恐るリザに話しかけると、リザは僕を睨みつけてからタバコを携帯灰皿に押しつけて火を消し、ポケットからハッカ飴を1つ取り出して口に入れた。
「ウィレムはぎっくり腰で休んでます。今日はアタシがウィレムの代わりでございます。アタシも一応免許は持っておりますので」
ハッカ飴を舐めながらリザは答える。行儀悪いよ。女執事云々以前に人間として。
これが女執事となったのはそもそもの使用人が少ないからに過ぎない。
執事のウィレムにリザ、メイド長のエルミーヌ、メイドのロゼットとサラ、以上である。ウチもそんな大貴族ではないから、5人雇えるだけでも凄いものだ。
いつのまにかリザは僕のすぐ隣にやってきて、僕の手から鞄をひったくり扉を開けて無言で乗るように促した。というよりアゴで「乗れ」と言ってきた。僕が車に乗ると、リザは扉を閉めてトランクに僕の鞄を入れて運転席に乗り込み、そして車は若干急発進した。
そしてすぐ止まった。聞こえてきたのはリザの舌打ちと悪態。
「クソッ! このアマァ‼︎ ザケンじゃねえぞ! 申し訳ございません、シャルル様。エンストしました。すぐに動かします故」
それからリザは一言も喋らなかった。
リザ、僕も運転は苦手なんだ。一緒に運転を練習しよう?
車は領内を進む。といってもどちらかというと領地というより大所有地と言った方が適切かも知れない。そんなにウチの領地は広くない。これが先輩のロミュ侯爵家の領地とかならば「見える範囲だけがウチの領地じゃない」なんて言えるのだが、ウチなら「見える範囲がウチの領地だ」といった具合になる。
大した産業がない、寂れているといえば嘘じゃない。領内唯一の希望といえば今急ピッチで建設が進む飛行場であろう。何人もの人夫が土を固めて舗装をし、格納庫を建設している。元々ロミュ領内にできる予定だったが小作人たちとの折り合いがつかず、結局大した産業のない、土地の有り余っているアルノース領内に作ることで決着がついたらしい。
まぁ、ウチとしても飛行場まで鉄道の支線ができ、それ以外にも飛行場で働く人や宿屋なんかで雇用が飛行場の周りでできるからそれはそれで良いのだろう。どうせ遊ばせていた土地だ。タダ同然の土地からお金が湧いてくるようなものなのだ。
そんな希望の薄い土地をしばらく進んだところにアルノース家の屋敷があり、リザがいちいち車から降りて門を開け閉めした。
「おかえりなさいませ、シャルル様」
車寄せに立っていた執事のウィレムは心配そうにしていたが、車に傷を付けずに帰ってきたのを見て安心したような表情で僕を出迎えてくれた。
ウィレムがドアを開けて、運転席のリザが降りて後ろのトランクから荷物を取り出した。
「リザ、お疲れ様。あとは車庫入れだけだ。できるな?」
「なめんなウィレム、ケツから突っ込むんじゃなきゃ余裕よ」
「バックで車を入れて欲しいのだが……」
リザはまた運転席へと戻り、車を移動させようとして再びエンストさせた。
「テメェ‼︎ 何様のつもりだアア? ブチのめすぞ犯すぞ野郎!」
車の中から聞こえてくる低い声と暴言。
ウィレムが天を仰ぐ。
「まぁ、バカギャルは放っておきましょう。恐らくあの口は一生直りません。
シャルル様、寒うございましょう。中へお入り下さい」
僕はもう諦めてしまった様子のウィレムに促されて実家の屋敷の中に入った。
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