#5 Frozen Christmas
Ⅰ
「うぅぅ……寒い!」
思わず駅のホームで叫んでしまう。唯一の
の救いは駅全体が屋根に覆われていることだろうか。ホームに雪が積もることはない。それでも何故か全面ガラス張りなので駅の中は薄暗いし、長距離を走る魔力機関車には雪がへばりついていて、貨物列車が通過するときには氷のかけらをホームに撒き散らしてゆく。
雪が凍ったのが飛んでくるのだ。危なくて仕方ない。
僕は鞄一つ持って駅のプラットホームを歩く。大きな荷物は先に郵便で送っている。今頃には届いているだろう、郵便列車が事故を起こしていなければ……
「3番線の列車は西北特急、カーリア行きです。列車は12時ちょうど発、あと10分後の11時50分に到着致します。なお、当駅では整列乗車にご協力頂いております。3番線の南側が降車ホームとなっており、お客様にお降り頂いた後列車が北側に移動してからご乗車いただけます。その際、赤色の線の上でお待ちいただけるよう、ご協力よろしくお願いします」
そんなアナウンスが延々とホームに流れている。しかもスピーカーが壊れていて音が割れてしまっているので、皆整列乗車に協力せざるを得ないような心理状態に陥っている。
音割れの不快な音はガラス張りの駅の中で反響してさらに不快な音を立てる。もはや国鉄の悪意しか感じられない。『王立〜』とか言って国鉄の中にも色々なのがあるが皆趣味が悪いようだ。
遠く、ホームの南側に列車が入ってきて、乗客がまるで振った炭酸水のように出てくる。一通り乗客が降りたのちにドアが閉まり列車はホームの北側へと進んでドアが再び開く。この時期独特の整列乗車だ。帰省客が多いからだ。
かなり早い段階からホームに並んでいた僕はゆっくりと先頭の機関車を眺めることができた。ダークブラウンの電気機関車だ。無駄に大きい気がするモーター音は魔力機関車や、先輩とブレスティアに行った時に列車を牽引していた新型電気機関車の手入れに気を取られてあまりしっかりと手入れがなされていないことを暗示している。よく見ると電気機関車のダークブラウンも塗りたてのダークブラウンではなく、汚れが溜まっていてところどころ錆も浮かんでいる。数十年後が思いやられる。
列車の中はきちんと掃除がされているのでまだマシだ。シックな雰囲気を醸し出している二等車の車内にはそれなりの富裕層や高級軍人が多く、そういう人々の風格、すなわちジェントルマンな雰囲気と車内の雰囲気が上手に合わさって1つの均質な空間を成している。
今日は僕はいつもの制服ではなく、よそ行きの少し高級な私服である。そこそこ値段のする羊毛の黒のコートに橙色のセーター、白色のズボン、帽子ももちろん欠かさない。
うん、きっとそれなりの下級貴族、すなわち家格相当に見えるだろう。
ちょっとした成金に見えるかも知れない。
だが、この格好を先輩に見せる訳にはいかないというのが共通認識であろう。
切符を見ながら席を見つけ、鞄を荷棚に上げてから座る。
座席の表生地は一等品ではないがお金をかけていることが手触りでわかる。
通路を挟んで反対側のスーツ姿の男4人組はガチャンという少し大きな音を立てて背もたれを動かして4人が向かい合わせに座れるようにして座り、何やらビジネストークのような会話を始めた。
外から発車ベルの音が聞こえてくる。それからしばらくして機関車の立てる大きな機械音とともに列車がごとん、ごとんと重々しく動き始めた。
王都は盆地の中にある。意外かも知れないが、王都は盆地の中にある。開拓によってすでにハゲ山と化してしまっているが唯一『皇帝山』だけはそのまま残っている。皇帝山は現役の活火山であり、温泉やその影響を受けた若干の暖かさの代わりに何度も王都壊滅をもたらしている。今は鉄道があるし、魔力による感知システムもあるが。
それはそれとして、やはり王都の外は王都と比べると少し寒い。
窓の外にはどんよりとした、もはや黒といっても差し支えのない雲と一面の若干茶色の残った銀世界が広がっている。列車はその中を轟音を立てながら、限界の響きを奏でながら進んでゆく。
何やら甲高い金属音がして列車が止まった。いよいよ限界を迎えてしまったようだ。きっとこれから救援の機関車が来るまでひたすらこの銀世界の中で待たされるのだろう。
銀世界の中には灰色のオオカミの群れがいる。野生のオオカミだ。冬でも獲物を探し求めて移動している。この地域のオオカミは冬になると人間の農作業が一段落するのを見計らって大移動を行う。
先を急ぐオオカミはすぐに僕の窓の外の視界から消えてしまった。それと対応するかのように雪が舞い始めた。
遠くから汽笛の声が聞こえてくる。割とすぐにやってきたようだ。列車の進行方向から聞こえてくる。ついつい僕はどんなのが救援の機関車としてやってきたのだろうかと気にしてしまう。まぁ、降りるまでわからないのだが。それもまた一つの楽しみ。
「アゥオオオーン!!」
機関車の汽笛に応じて、ほんの微かな声だがオオカミの遠吠えが聞こえてきた。まだそう遠くには移動していなかったようだ。若しくは別の群れ、きっと機関車を自分達の仲間か何かだと勘違いしてしまったのだろう。
列車にかすかな衝撃。遠吠えから数分。まぁ、手際は良い方なのか?
因みに国鉄内の協力者がどんな奴だったのかは聞かされていない。
当事者なんだから教えてくれても良いと思ったのだが……
それはそれとして、手際は良いのは良いことだ。きっと彼らはレスプブリカとは関係ないのであろう。もちろんレスプブリカがもっと恐ろしい悪事を考えている可能性もあるが。
よくないか、こういうのは。
列車は再びゆっくりと動き出した。
僕の故郷まではまだまだ長い。
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