#4.10 Larmes de une fille amoureuse

 ある日の昼下がり、僕は王都のあるカフェで紅茶を飲んでいた。ベルガモットの香りが僕の口の中を駆け回る。

「お待たせしちゃったね」 

 僕の向かい側に女性が座る。それだけでその女性の胸が揺れる。

「さっき入ったばかりです。お気になさらず」

「いいえ、その紅茶、少し覚めているじゃない?」

、僕は猫舌なのです。氷魔法をほんの少しだけこの紅茶にかけて飲めるほどに冷やしたのです」

 僕の向かい側に座っているブリジットさんが僕のことをじっと見てくる。

 僕はブリジットさんからつい目を逸らしてしまう。そんなことをすると余計な誤解を招いてしまうことは分かっているのだが、主に2つの理由によってそうせざるを得ないのだ。

 え? 2つの理由? そんなん自分で察しろ。

「ま、そういうことにしておきましょうか」

「ありがとうございます。して、今日はなんの用件でしょうか」

「んー? んーっとねー、わたしほら、あのーヴァンパイアハンターじゃない?」

「……そうですね」

「あの子には、ロミュにはわたしがヴァンパイアハンターであることを言ってないのよ。

 だから、ひょっとしたら、あの子、びっくりしてわたしと関わりにくくなるんじゃないかなって思っちゃって……」

 先日のヴァンパイアハンターなブリジットさんでも、需品科フォーニチュールなブリジットさんでもなく、ただ友達を失うのが怖いだけの少女がそこには居た。

「ねぇ、貴方にロミュのことをお願いできる? やっぱり、その……わたしあの子の隣にもういられないの。わたしがこうだと知ってもあの子はわたしの隣にいてくれるかも知れないけど……」

 ブリジットさんの目からついに涙が溢れてしまった。テーブルの木目の色が濃くなってゆく。

 僕はそっとブリジットさんにハンカチを差し出した。

「それでね、あの子が一緒にこれから居てくれたとしても、あの子の前で演技をするのがもう辛いの。あの子を騙し続けるのが……あの子のことが……だから、貴方にロミュの隣に立って、あの子のことを支えて欲しくて……」

「ブリジットさん、大丈夫ですよ。僕も頑張りますから」

 そんな薄っぺらいことしか言えない自分がとても辛い。もっと、もっと考えれば何か、何かないのか……!

 そんなんじゃ、永遠に先輩の隣には立てない!

「ふふふ、やっぱり貴方に頼んで正解だったかも」

 ブリジットさんは笑った。だがそのまま再び泣き出してしまった。

「貴方にだけは伝えておくわね。じゃないとわたしが前に進めないから。だから、貴方も墓場まで持ってって?」

「なんでしょう?」

「わたしね? その、ロミュのことが好きなの。同性だけど、恋愛対象として好きなの。だからね、あの子とは、別れなきゃいけないの。だから……本当に……あの子のことよろしくね?」

 僕はその後、夜まで一緒にいてあげた。

 帰ってから先輩に「シャル君! 私を差し置いてどこ行ってたの!」って怒られたけど、僕は苦笑いで誤魔化すことにした。

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