Ⅲ
僕が屋敷の扉を開けようとすると、すっとウィレムが割り込んできて扉を開けてくれた。
「腰、痛いんでしょ? 自分で開けたのに」
「リザも大袈裟ですね。別にぎっくり腰と申しましてもずっと寝ていないといけないほどのものでもございません。重い物は勿論お持ち出来ませんし、立ったり座ったりするのにしんどさがあったりということはございますがシャルル様のお荷物を持ったり、扉を開けたりすることくらいは出来ます」
そう言ってウィレムは笑うが僕は心配で仕方ない。
僕が屋敷の中に入ると中に2人のメイドがいた。
「……シャルル様、お帰りなさいませ!」
そう言ってメイド長のエルミーヌが深く礼をし、合わせてメイドのロゼットとサラが恭しく礼をする。
エルミーヌは礼の拍子に眼鏡を落としかけ、眼鏡を押さえた瞬間にヘッドドレスがエルミーヌの頭から落ちた。
「あっ、あっ、いけない……」
慌ててエルミーヌは落としたヘッドドレスを拾い、きっちりと頭の上に載せ直した。
「こほん、それではおぼ……シャルル様、お荷物をお預かりいたします。エルミーヌ、ちゃんと案内して、お着替えもお出ししなさい」
そう言って僕の荷物を半ばひったくるようにして受け取り、メイドのサラは去って行った。
サラはエルミーヌの前にメイド長をやっていたが「歳をとってしまってメイド長のお務めを果たすことがしんどくなってしまいました」と言ってメイド長の座を当時新米のメイドたったエルミーヌに譲って、自らはただのメイドとして未だ未熟なエルミーヌの補佐をしている。
こんなことを言ったらエルミーヌが落ち込んでしまうが、メイド長よりメイド長をしているただのメイドがサラである。
「シャルル様? 何か失礼なことを考えていらっしゃいましたね?」
そうエルミーヌが僕に疑いの目線を向けてくる。そんなに顔に出てるかなぁ? 僕の感情。
「さ、参りましょう。旦那様と奥様がお待ちです。メリッサ様なんか今朝目の色を変えて私に『今日兄上がお帰りよね?』とお尋ねになられていらっしゃいましたよ?」
うわ……我が妹メリッサよ、何ということをしているのだね。エルミーヌを困らせてはいけないと散々手紙に書いたと思うのだけれど……
「はああ……こっそりとメリッサ様の様子を私共が伺っていることに気付いたときの怒りの表情と共に見せられる乙女の表情……ああ、まるで少女マンガの世界にいるようでございます!」
エルミーヌが重度の少女漫画オタクであることをすっかり忘れてしまった。エルミーヌ自身も乙女の表情をして自分の世界に浸り込んでしまっている。
仕方がないので僕はエルミーヌを放って置いて、1人で自分の部屋へと向かう。
「あ、ちょっと、シャルル様〜酷いです! 置いてかないで下さいましー」
「シャルル様、酷いです。私を放置するなんて。そんなことしてたらモテませんよ?」
「うん、モテませんもなにも最初からモテようとは思っていないし、そもそもなんで追いついてこれるわけ?」
僕が自室の前にたどりついてドアノブに手をかけた時、エルミーヌが声をかけてきた。数十秒前、僕は確かに独り妄想に耽るエルミーヌを屋敷の廊下に放置してきたにもかかわらず、エルミーヌが、僕に追いついた。
どうして?
「私、かけっこだけは得意なんです。水泳や球技とかは全く駄目ですが」
「……意外」
「失礼なっ! 私だって全く何もできないわけじゃないですよ」
エルミーヌの必死の(?)弁明を軽く受け流しながらドアノブをひねってドアを開けると、肌に冷たい感覚が突き刺さった。
そして感じる重さ。びっしょり濡れた服によるものだ。
僕は水をかけられたのか、視線を前に向けると手にバケツを持った我が妹、メリッサ。
「まず聞こう。何故帰ってきたとたん冷水を僕に浴びせるなどという暴挙に出たのかな? 挨拶にしては手荒すぎると思うのだが」
妹メリッサは水が入っていたバケツを投げ捨ててソファーに座った。
「全然お手紙をくださらない兄上は兄上ではありません。別人です。お引き取り下さい」
「いや、手紙にも書いたよね? しばらく送れないって。そもそも怒られて以来そんな送ってないじゃん」
僕が反論するとメリッサは僕のことを睨みつけた。
「兄上は女心を分かっておられません。兄上から連絡が来なくなってメリッサはとても寂しゅうございました。メリッサは、メリッサは兄上がバレないようにお手紙を私に送ってくださることを期待しておりましたのに」
「……ごめん」
「メリッサの心は大海よりも広いので分かればよろしいのです。さ、お着替えもすでにご用意しております。まずは上着から……」
「ねぇねぇなんでメリッサが僕の着替えを手伝っているのかな?」
「え、妹は恋愛対象には入らないでしよう?」
「だからっていいわけじゃないよ? 今すぐこの部屋を出よう。着替えは1人でできる」
僕はメリッサを部屋から追い出した。追い出す時に舌打ちもくらった。解せぬ。
メリッサを追い出した後、僕は濡れた上着やシャツを脱いだ。そこで下着も濡れていることに気づき、まとめられた着替えに下着がちゃんと用意されているのを見て少し嬉しくなった。
「失礼いたします」
ノックと共にリザが入ってくる。
「洗濯物をお預かりいたします」
僕はリザに洗濯物を渡す。
「下着まで用意してたなんて、まさかこの屋敷のエルミーヌとか、サラとか、ウィレムやリザがグルなんてことないよね?」
「少し種明かしになりますが、少し前にシャルル様の着替えの所在を訊かれたことがございます。その時はアタシも忙しくて『ハァ? テメェアタシが忙しいことくらい見りゃわかるだろ』とキレかけてしまいましたが、メリッサ様の無邪気な表情には負けてしまいました」
リザがニッコリ、いや、そこじゃないから。
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