Ⅱ
僕たちに支給された上着はくすんだ深緑色で背中には『
何故白色にしなかったのだろうか、僕には疑問だったが、仕方ないので上着に袖を通す。
うん、ぴったりだ。色も僕好み。
え? ああ、本当に僕の好みだからね?
別にお世辞とかではなくて、僕の好みの色だけど、
隊長も袖を通して「ちょっと小さかったか?」などと呟いている。一方、先輩は「ダサくない?」などと不平不満を言いながら渋々といった様子で袖を通した。
続いて当日のマニュアルが配られ、中の地図には当日の憲兵の配置が記されていた。それによると、どうやら僕たちは4番街のパン屋の前らしい。
「うげ、4番街って、通りが広いからめっちゃ人が集まるとこじゃん。面倒くさそうなこれ」
僕の横からマニュアルを覗いていた先輩が言う。因みに先輩の手にはまだ開いていないマニュアルがある。
そうですか、自分でページをめくるのが面倒なんですね。
「まぁ、台の上にのせてもらえるって書いてありますから、下手な通りで台にのせてもらえないよりかはマシだと思いますよ?」
「たくさんの人間の中からシラミのような悪者を見つけるのってどれほど大変なことかシャル君知らないでしょ?」
「え?」
「目を凝らしても凝らしても人混みに紛れて見つからないのよ? 悪者って。出来るだけ普通の人に紛れようとするから。例えば痴漢なんかはほぼ見つけられないわね」
へぇ、それは知らなかった。
「よし、いいかー2人とも、ぼちぼち4番街行くぞー」
隊長に声を掛けられる。軍のバスが通りに止まる。
「じゃ、行きますか」
「そうね」
僕たちは隊長に続いてバスに乗った。
「なんか、恥ずかしいですね」
「何がよ」
「何がだ?」
先輩と隊長に聞かれるが若干隊長の方が聞き方が優しいような気がするって、痛い痛い、足踏まないでください。あと僕の心を読まないでください。
僕たちは実際に準備された台の上にのっている。リハーサルは明日。リハーサルの前の下見といったところだろうか。
「あの柵があるところが観客スペースの最前列だね」
そう言いながら隊長が前を指さす。
距離にして3〜4メートルといったところだろうか。所々に街路樹のイチョウが植えてあり、この時期は葉っぱが落ちているとはいえ、その太い幹は僕たちの視界を遮る。つまりは、そのイチョウ並木の裏側で悪事を働き放題であるということだ。
「意外と見通しが悪いのね」
先輩が若干びっくりしたような表情で言う。
「これじゃあ、本当の貧乏くじじゃない。まず悪事を実行する前に悪者と捕まえるなんて無理な話よ。特に痴漢とか、スリとか」
「昔、怪しげな薬を注射で打たれたっていう事件もあったぞ」
隊長が懐かしそうに言う。
「ちゃんと観客が声を上げてくれるかどうか。これにかかっているんじゃない?」
「はぁ、わかりました」
「あと、そうだな、例えば後ろがパン屋だろう? そうするとお昼時にパン屋に人が殺到してそこで犯罪とか、トラブルが起こる。パン屋だけならまだしも、他にも出店が出るからなほぼほぼアホみたいな祭りだしな。パレードの警備だけじゃないぞ〜こういうパレードの周辺も我々の職掌なんだぞ〜」
確かに僕の右側からパンの香ばしい香りがする。
「はぁ〜面倒くさ」
「これ、3人で回せるんですか?」
「「無理だな」」
「明らかな人選ミス」
「そうね、下セニア区あたりがいいんじゃないかしら」
先輩も隊長も、この仕事は身にあまりすぎると考えているようだ。
「でもな、シャルル、どんなアホみたいな任務でもな、明らかな人選ミスでもな、与えられた以上はやり遂げないといかんのだよ」
「そうそう、本部かもっと上に言って配置を変えてもらうにも、もう遅いしね?」
「……わかりました、頑張ります」
「そういえば、武器の使用ってどうなってるのですか?」
「え? どうだったっけ? シャルル」
隊長、僕の手元にマニュアルがあるからって僕に一々調べさせないで欲しいですね。
そう思いながら、僕は手元のマニュアルのページをめくる。
「あ、ありました。えーっと、読みますね、『武器の使用は非殺傷のものに限る』ってなってますね。つまり、これ、魔法しかなくないですか?」
「まぁ、警棒っていうのもあるけどただの憲兵には配られてないからね、あ、でも、ほら、ここに『
あれ? 『子守歌』って僕の二つ名では?
「そうだったそうだった、ここにアルビオニアにその名を轟かせた男がいるんだったな」
隊長まで、やめて下さいよ。
「はぁ、何かあったら呼んでください」
「頼りにしてるわ、シャル君」
「明後日は頼んだぞ、シャルル=アルノース少尉」
「……わかりました」
「よし、細かいことは明日決めよう、じゃあ、帰るか」
「そうですね、今日どうこう出来るわけではないですしね」
僕たちは台から降りてバスへと向かった。
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