#4.3 Samedi
Ⅲ
リハーサル当日は雪が降っていた。大雪というほどではない。なんなら積雪もない。雪が降って時々目に入るのがウザいくらいのものだ。
「やっぱり寒いじゃない」
先輩は涙目である。
「えー? この上着暖かいですよ?」
「確かにこの上着のなかは暖かいけど、暖かいんだけどね? これ、上着なのよ? 顔とか足元は寒いの? 分かる?」
先輩はその冷たい手で僕の上着の裾を引っ張ってくる。僕は先輩を頭のてっぺんから足の爪先まで見てから、素直を思ったことを言った。
「顔が冷たかったり、手が冷たいのは分かりますが、足は冷たいのは何故でしょう? ストッキング履いてますよね? その黒ストッキング、とても暖かそうですけど」
すると先輩は一瞬恥ずかしそうな表情を見せてから、少し怒ったような表情を作った。
「ねぇ、シャル君、もしかしてそう言う趣味っていうオチはないわよね?」
「……ないです」
「へぇ……」
先輩が悪い笑みを浮かべる。
「シャル君って、そういう子だったんだね。お姉さん初めて知った」
僕は上着のポケットの中から熱魔石を取り出して、先輩に差し出した。
「お納めください」
「ふーん」
先輩はまだ悪い笑みを浮かべている。
ポケットの中はどんどん冷えてゆく。
「なかなかやるじゃない」
「いや、先輩もそのくらいの準備しましょうよ。大体今日寒いかどうか位朝起きた時点でわかりますよね?」
「今日寝坊した」
「いや、それ理由になってないですよ。ていうかこの年で寝坊て……それ大人としてどうなんですか?」
「だって、昨日結局ブリジットと飲みに行く羽目になったんだもん」
「何やってるんですか、リハの前日ですよ?」
「しかもさぁ、ブリジットめっちゃ酒強いの! 昔からあの子酒強いかったけど、しばらく会わないうちにめっちゃ強くなってさー。
なんかブリジットにお酒で負けるのが嫌すぎて嫌すぎてしんじゃいそうだったから、私も頑張って飲んだんだけどね? 結局ブリジットには勝てなくてね? それでまたやけ酒しちゃったから、もう酔い潰れちゃった」
「すいません、僕多分爆睡してました……ってか、ブリジットさんとどこで知り合ったのですか?」
「えー? 何? 嫉妬とか? 自分の大事な幼なじみのお姉さまが知らない女に取られたってやきもちとか焼いちゃってるの?」
「は? 何ですか? そんなこと天地がひっくり返ってもあり得ないんですけど」
「あっ……そう……そうなの……」
む? 少し強く言い過ぎただろうか。これは少しフォローしておかないといかんな。
「先輩はあれですから……幼なじみですから。なんとなくいなくなる気がしないんですよね」
「へ? あ、あ、あ、あ、あっそうなの……そう」
先輩の言葉が詰まってしまった。一体どうしたのだろう。
「で、でも、ほらじゃあなおさら嫉妬してくれなきゃ納得できない! カガクテキに説明がつかないよ!」
「感情は自然科学では説明できないって聞いたことがありますよ? まぁ、僕も自然科学は専門外ですけど」
「私が納得しないの! 説明を要求する!」
「無理です。心理学者に聞いてください。餅は餅屋です。ところで? どこで知り合ったのですか?」
「同期なのよ。
まず先輩に御友人がいたことが驚きだ。そして同じ
「まぁ、シャル君が考えている通りで、あの子、魔力が表に出ないのよ。魔力が? 体内方向にベクトルがあるだかなんだか、私にもよくわからないけど、そういう訳であの子自身も得意な魔法は何かって言われたら身体強化系の魔法だからスパイとか『
あんなのって……どんなの? 僕は先輩に目で尋ねる。
「どんなのって言うとね……んーと、難しいわね、何というか、口が軽い? 性格も軽いわね? ホイホイ騙されて機密情報喋っちゃいそうな感じ?」
それは致命的だ。スパイの一言で国が滅びかねない。
「だからどこに行くんだろうって、私ずっと心配してたんだよね。それで自分の心配もしなきゃいけなくなったから、ブリジットにもかまっていられなくなって、でも何とかなったみたいだから、本当に良かった」
「それで? 久しぶりに飲みに行って、酔っ払って寝坊したと。まぁ、二日酔いにならなかっただけまだ及第と言えそうですね」
先輩が固まった。やっぱりなとしか思えない。これで二日酔いになっていたらそれこそもう処分ものだろう。
「な、何よ? だから何なのよ? え? そうやってシャル君は自分の嫉妬を隠す訳? 大事な幼馴染みの先輩が知らない女に取られたからって? シャル君って意外と重い系?」
心外な。全く言われる筋合いはないのに……
というよりこのままでは埒があかないだろう。
「これがブリジットさんが男の人だったら嫉妬した可能性があるかもしれませんがね。まぁ、ブリジットさんは女の人ですから……それはないですね」
僕の言葉を聞いた先輩はニヤニヤしていた。
「ふーん、嫉妬したかもしれないんだ」
昨日怒られていたのは何だったのだろうか。この人は全く反省していないようだ。もうこの件隊長に言っちゃおうかしら。
と思っていたら隣から『言ったらただじゃ済まさない』と言わんばかりのキツい目線が……ああ、純粋でかつ何も悪事を働いていない僕は隣からの目線で焼き殺されてしまいそう……
「ねぇ」
先輩が僕の左足を踏みつけてくる。まだ踏みつけるだけじゃない。かかとでグリグリとやってくる。
「痛い、痛いですって」
「誰が純粋なんですって?」
「人の心読まないでくださいよ、先輩!」
「マゾの嫉妬男にそんなこと言われたくはないわね。誰が純粋なのかしら、ね? 一体誰が純粋なのかしらね? シャル君、純粋っていう言葉はね、私のようなおしとやかなレディに使うべき言葉なのよ? どこかの誰かさんに使うべき言葉じゃないのよ、おわかり?」
「ほら、2人とも、何やってんだ、予行演習の隊列が来たぞ」
僕達たちのとなりの台の上でオペラグラスをのぞいていた隊長が僕たちを呼ぶ。隊長に呼ばれて僕たちも台の上に乗る。奥からパレードの予行演習の行列がやってきた。
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