Ⅸ
「で、どうせ聞いてるんですよね。私のこと」
若干投げやりになって聞いて来るのはリュシー。口調もすっかり変わっている。あれから2週間弱が経ち今日がガイダンスの日だ。カスノーン少佐はガイダンスの時で良いと言っていたが、今年は人数が多くあとでこうして談話室で会おう、という話になったのだ。
「聞いてるけど……」
「そうですよね。あの人達最初っからシャーさんに投げるつもりでしたもん、たぶん。直接は言ってこなかったですけど、そんな感じの顔をしてました」
普段のリュシーはこういう時ほど明るく振る舞おうとするのだが、やはり原因が自分にあるからだろうか、無理に明るく振る舞おうとしている様子さえ見られない。ガイダンスの途中もどこか上の空だった。
「それでね、まず最初に僕が聞かなきゃいけないことがあるんだけど」
僕があまりゆっくりもしてられないので、早速本題に入ろうとすると、
「どうせ、先輩も公安情報庁に行けって言うんですよね」
リュシーが僕の言葉を遮って来た。残念、僕はリュシーに行って欲しくないんだ。
「この間、ウチの親から手紙が届きまして、『ウチのことは気にせずにグリモ家の人形をもって国家に仕えてこい』って書いてありました。先輩には前に言ったと思いますが、ウチは人形屋を代々やっていてそれこそギルドがあった頃はギルドの頭を何人も出していたんですけど、私は……あまり人形を作る才能がないので……」
ついにリュシーは言葉に詰まってしまった。多分、長女なのにも関わらず家を継げなかったのが辛かったのだろう。前に聞いたところでは、妹よりも魔法の才能はあるが人形屋に一番必要な人形を作る才能がなかったらしい。
実はそれにすら僕は確信に近い疑いをもっているのだが。
「それで? 半分家を追い出されるような形だったのにまだ何かと口を出してくる実家が嫌だし、まだどっちに行くか決められない自分も嫌だと」
「……はい」
淡々と話を進める僕に対して、リュシーは今にも泣き出してもおかしくないような、必死に涙を堪えている表情に怒りの色を混ぜた。
「ふーん……」
僕はわざとらしく体を伸ばした。リュシーが僕を、そうだと思わせない程度に睨み付けている。
「……これさ、誰も言って無いんだけどさ、」
リュシーの身体が少し反応した。僕の一言でリュシーが
「リュシーってさ、人に物事を伝えるセンス、要するに事務連絡のセンスが致命的にないよね」
「は?」
リュシーは半ギレの様子だが僕はそのまま続ける。
「気づいてなかったの? 訓練とかの時にリュシーがくれる報告の類って、大体何かしら間違っているから毎回毎回僕が一々電話して確認してたんだよ?」
「えっ?」
先程までの半ギレが一転、ギョッとしたような表情へと変化した。
「そんな人間がさ、公安情報庁に入ってスパイなんかやってみなさいよ。下手したら戦争になるよ?」
「……私に、事務連絡のセンスがない?」
「うんそう」
僕があくまでも事務的に伝えると、リュシーは大きく肩を落とした。
「リュシーのご両親もさ、だから継がせなかったんじゃない? 客からの注文通りに人形を作れないってことでしょう? それは人形屋にとって致命的だからね」
「じゃあ〜、私に才能がない訳じゃないんですね?」
普段の口調を取り戻しつつ、リュシーが聞いてくる。
「何の才能?」
「人形作りのです」
「……僕は人形屋じゃないからわからないけど、リュシーの作った人形は、良いと思うけど。特にあのガイコツのやつとか」
「あー、あれ〜駅前の雑貨屋さんで〜安かったんですよね」
「えっ?」
「ていうか〜人形作ったのは私じゃないですよ? ぬいぐるみの類は〜私ですけど」
なんと、ここで衝撃の事実が発覚してしまった。
「じ、じゃあ、たまに人形弄ったりしてたのは? 何?」
「あ〜あれは作ってたんじゃなくて〜改造してたんですよー」
「え?」
「詳しくは〜、秘伝なので言えませんけど〜実家から送って貰った人形を〜改造してました」
「へ、へぇ〜」
「何なんですか〜また壊れちゃいましたか〜」
リュシーは今度は呆れたらような顔をしたが……誰の所為だよ、誰の。
そう言いつつも、リュシーはどこかスッキリしたような表情で伸びをしている。
「私〜才能ないんですね。最初から選択肢なんて〜なかったんですね」
「そうだね、まぁ、
「そうやって〜しれっと勧誘してくるの〜やめません?」
どうやらバレていたらしい。そりゃバレるか。
「でも、私凄いショックなんですよ〜? だって結局何時間も、合計すると何日って単位で悩み続けたのに〜結果は灯台下暗しだったじゃないですか」
リュシーは続ける。
「そう考えると〜まぁ、そう考えるのも私とシャーさん位しか〜いませんけど、なんか〜アホくさくなりますよね〜」
「……どういうこと?」
僕が聞き返すとリュシーはまた呆れたような顔をした。
「人生って一回しかないのに〜、時間を無駄にしてしまったんですよ? アホみたいな話だと思いません?」
「ん〜どうかなー」
少なくとも僕はそうは思わない。
「結局さ、今回まで僕以外の誰もリュシーの明らかな欠点に気付いてこなかったんだよね。ってことはさ、このままだとリュシーがそれに気づかずに生きていくっていう可能性も十分にあるわけでさ、そうやって生きていって、将来取り返しのつかないようなミスをしてしまった時にそれをリカバリーするための無駄な時間が、今リュシーがその欠点に気づけたことによって無駄にしてしまう可能性が減るって考えてみれば、この無駄な時間が無駄ではなくなくなるんじゃないかな?」
僕が優しい口調で語りかけるとリュシーはそのまま考えこんだまま動かなくなってしまった。
チョロいなこいつ。割と先が思いやられる。今回は正論をついただけだからまぁいいとしても、僕が詐欺師だった場合にはどえらいことになるわけで、ましてや
本当に僕が気づいてあげられて良かった。
リュシーは考え込んでうつむいてしまったまままだ頭を上げない。
あれー? リュシーさん?
「ねぇ……リュシー?」
僕が声をかけてみるとリュシーは勢いよく頭を上げて、キョロキョロとやや短めのポニーテールを鞭のように振り回して、辺りを見回した。
「ねぇ……リュシー、寝てたよね?」
「はい、なんでしょう?」
こいつ、シラを切るつもりらしい。
せっかく人がいい話をしてやったというのに。
「ねぇ……寝てたよね?」
「だから、何なんですか?」
リュシーの声が二回目にしていよいよ怖くなって来た。
「いや、何でもないです。はい」
僕に折れる以外の選択肢は無いも同然だった。
僕とリュシーの間に沈黙が走る。
「あ、銀髪さんだ」
あっという間に沈黙を破ったのはリュシーであった。感謝。
リュシーは先輩に手を振っている。初めは先輩は僕とリュシーに気づかず、辺りをキョロキョロと見回していたが、やがて僕とリュシーに気づいて、少し嫌そうな表情を見せてからこっちへとやってきた。
「何なんですか〜? 銀髪さん、せっかく〜人がフレンドリーに接してあげたというのに、あからさまに嫌そうな顔をして、ひどいですよ〜」
どうやらリュシーも気づいていたらしい。
さて、先輩の言い分はどうだろう。
「だってさ〜、脱がされたくないし、ましてやもがれたくないんだもん」
先輩それ本気にしてたんですか? リュシーはそんなに怖い子じゃありませんよ? 普通にそれ冗談だと思いますが。多分。
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