#3 Red rails





「へえ、じゃあ、やっちゃって〜良かったんですか?」

 そう言って先輩を下から見上げるリュシーはポケットからナイフを取り出してテーブルに置いた。だからなんでそんな物を持ってるの?

「やっていい訳ないでしょ。普通に考えなさいよ」

 先輩は顔を引きつらせながら答える。リュシーと先輩の相性はこの上なく悪いようだ。

 まぁ、悪いだろうなという予感はしていたが。それでも僕はまだほんの僅かな可能性に賭けていたのだ。

 残念ながら外してしまったが。

「フフフフフ」

「銀髪さんって〜かわいいですよね。本当に〜純粋。すぐ引っかかる。銀髪さん分かっていたのに〜何にも言わなかったし」

 リュシーは笑い出した。ほーらやっぱり、冗談だ。

「は? あんた学生の癖に何私で遊んでんのよ」

 先輩は口調は怒っているが顔は安堵の色を見せている。

 まさか本当にもぎ取られると思っていた……?

「いや〜面白い、どうせ銀髪さんは私に勝てないのに。私に『学生の癖に』ですって〜」

 リュシーはいよいよ大爆笑し始めた。まぁ確かに先輩は魔法の特性としてリュシーに勝てないが、さすがに言っちゃうのどうだろう? ちょっと失礼すぎやしないか?

 そろそろ一言言っておいた方がいいかしら。

「は? 勝てないから何? 何してもいい訳? あんた人脈出来ないわよ?」

 僕が何かを言う前に先輩が言った。今度こそ顔も怒っていた。年上としての意地を張っているようにも見えるが。それでも先輩は怒っていた。

「あ、私には〜シャーさんが〜いるので、いざという時に〜頼る人は〜ちゃんといます」

 ……なんで? 何で僕にはそんなに懐くのか僕には良く分からなかった。

「ふーん、負けないから」

 ……なにを? 先輩はリュシーを睨みつける。

「その言葉〜そっくりそのままお返しします」

 ……だからなにを? リュシーも先輩を睨み返した。

 僕の知らないところでどんどんと新たな対立構造が成立して行く。これは……レオノール少佐の胃に穴が空きそうだ。

「シャル君、そろそろ出ないと間に合わないわよ?」

 先輩は僕の方を向いた。

「あ、もうそんな時間ですか?」

 時計を見ると確かに出発しなければいけない時間だ。

 僕はを持って立ち上がる。

「シャーさん、気をつけてくださいね? 本当に、危ないことはしないで下さいね?」

 ぎくっとしたのは先輩だった。ダメじゃないですか。あなたが言い出したのに。

「あー、うん、気をつけるよ」

 僕もリュシーに答えるが、これはマズかったと思う。

 特に後で何かが起こったわけではないけれども。

「ふーん、ならいいですけど。じゃあまた会いましょうねー」

 リュシーはゆるゆると手を振った。

 僕も手を振って返した。



「ねぇ、ちゃんと持って来たわよね?」

 大学の前からトラムに乗ると先輩が僕に聞いてくる。

「何をですか?」

「これ」

 先輩はそう言いながら、中指から小指を曲げて、親指と人差し指を直角になるようにして伸ばした。

「ええ、持ってこいってうるさいですから、持ってきました。杖もサーベルもあるのに必要ないとは今でも思っていますがね。ちゃんとの中にありますよ?」

 要するに、拳銃ってやつだ。銃は反動があるから正直嫌いだ。なので今日も僕は持ってこないつもりだったが、先輩に怒られたので渋々持ってくることにしたのだ。

「ネチネチ言わないの、男らしくない。それがあればあいつらが暴れても一発で黙らせられるんだから。あとそれ管理方法としてどうかと思うよ。カバンの中に入れておくの」

 先輩はそういうが僕には「子守歌」があるので全く必要ないのだ。「子守歌」を使えば暴れても一発で黙らせられるし、死ぬこともない。あとで警察に引き渡して取り調べしてもらえればを一網打尽にもできる。自画自賛ではないがまさしくパーフェクトな魔法なのだ。

「先輩、ここでこの話はやめましょう? トラムには誰が乗ってるのか分からないのですから」

 そう、大問題が1つあって、僕たちが話をしているのはトラムの中なのだ。当然周囲には一般市民が乗っている。勿論、トラムは公共の乗り物だから怪しい連中が乗ることも十二分にありうる。よって、ここにレスプブリカのシンパがいても何らおかしくないのだ。勿論そのシンパからこの間の男達に僕たちの計画が漏れることも十分あり得る。

「ここにあいつらの仲間がいたらどうするんですか?」

 僕は尋ねるようにして窘める。

「もしそうなったとしても大丈夫よ。シャル君が『子守歌』でなんとかしてくれるから」

 などと、全くやる気の失せるようなことを言うのだ。もう嫌になっちゃう。

「結局、僕頼みですか……」

 僕がため息をつくと、先輩は少し申し訳なさそうな顔をした。

「しょうがないじゃん、私だってシャル君に頼りきりにならない方法を考えたけど、結局それが1番手っ取り早く事が解決できるのよ。私もせっかく魔法が使えるのだから何とかしてあげたいけど、列車の中でどうやって火を使うのよ。あいつら爆弾持ってるのよ?」

 先輩は申し訳なさそうな顔をしながら、段々と逆ギレし始めている。これ本当に上手く行くのだろうか……いや、上手く行って貰わないと僕たちは列車が爆破されて死ぬことになるのだけど。

「それはそうですけど……」

 そんなことを言われたら拳を振り下ろせなくなってしまう。

「分かった、今度ご飯奢ってあげる。だから頑張って!」

 先輩はそんなことを言うが、それで釣られるのは子供だけだ。小さい頃はそうやって釣られることはよくあったが、僕は今はもう大人になったのだからそれで釣られることはもうない。

 まぁ、奢ってくれるのはやぶさかではないが……

「じゃあカ○ネパン1週間分で、ってそうじゃなくて、トラムの中で話していたらバレるかもしれないでしょってことです」

 僕が抗議すると、先輩は大きく溜息をついた。やれやれという手振りまで付いている。

 何だかますます腹立たしいと思っていると、先輩は僕の髪の毛を引っ張り耳打ちしてきた。

「あいつらの仲間にバレたとしても、電話が持ち歩けない限りあいつらには伝わらないから。もし伝えようとする輩がいれば計画の前倒しをすればそれで十分よ」

「わ、分かりました、分かりましたから首痛いから、やめて下さい」

 内心僕は成る程と思っていた。だが痛い。ただでさえブレスティアのトラムは乗り心地が悪いのだ。

「シャル君が悪いんだからね! 物分かりが悪い!」

 先輩はビシッと指を指してくる。人が多いんだから、やめましょう。他の人の邪魔になります。

 ブレスティア駅までは3駅だ。あっという間にブレスティア駅につく。僕達は車掌に運賃の小銭を払い、トラムを降りる。そのまま切符を取り出して駅の中に入り、改札を通ってホームへ。ホームには王都行きの特急列車が待っていた。列車を引っ張るのは先日先輩が欲しいと言っていたのっぺり顔の機関車だ。先輩は指を咥えて物欲しそうに機関車を眺めていた。子供ですか。そう指摘したらポカポカ殴られた。やはり子供っぽい。何だか幼かった頃を思い出す。

 そう、この作戦に失敗したら僕たちは死ぬ……かもしれないのだ。そう考えると少し手が震えてきた。やはり怖いのだろう。それに気づいた言い出しっぺの先輩が手を握ってきた。少し恥ずかしいが心は落ち着いた。 

 『ロミュの魔女』がここにいる。先輩は正真正銘の二つ名持ちなのだ。この人は実際に戦った事がある人なのだ。

 だから……大丈夫。自分にそう聞かせる。

 まだ車内の準備が整ってないのか、列車の扉は閉まったままだ。僕たちは列に並んで扉が開くのを待つ。

 王都へと戻る特急列車……『西北特急』の発車まではあと20分。

 それは、まるで2時間のように感じられた。

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