その後車の中でしばらく先輩にロリコンだのロリシャルだの幼女趣味だの変態だのと延々と罵られ続けた。一体どうしちゃったんだろうこの人。それこそ小さい頃からの知り合いだが昔はもっと優しくて、いかにも侯爵令嬢って感じで、こんな極東で言うところの『ツン=デレ』な人じゃなかったのに……

 最終的に先輩が僕を延々と罵り倒して満足する頃には本部に着いていた。



 ちなみにこの建物を基地と言うのか、それとも駐屯地というのか、未だに僕は知らない。多分クラーナ区憲兵の誰も知らない。まぁ3人しかいないが。建物の構造としては、1階に公用車のガレージがあり、2階に本部があり、3階と4階は寮になっている。訓練施設はない。訓練を受ける際には王城内の近衛連隊と魔法旅団の訓練施設を使う。なんなんだろうこの建物は。なんでわざわざ作ったのだろう?因みに僕は取り敢えず仕方がないので『本部』と読んでいる。うん、やはり僕にはどこにでもある普通のビルにしか見えない。


 助手席の僕は本部の前で降ろされた。

 雲の間から射し込む西陽が少し眩しい。僕の知らない間に天気は回復に向かっていたようだ。 


 普段は日光など当たっただけで疲れるから苦手だが、今日は何故かそうは思わない。むしろ若干心地よさを感じる。あと、僅かな心地良い疲労感。


「私、車を止めてから上に上がるから、先に上に上がってて」

 と先輩は言う。それくらい分かっていますよ。先輩。

 なので僕は上に上がることにした。ここでぼーっと先輩を待っている必要もないし。

 どうせ大量の書類仕事が待っているのは変わらない訳だし?

 あれ? ガレージに隊長が普段使っている紺のセダンの公用車が止まってる?




「ただいま戻りましたー」

 僕が本部に入ると、

「おかえりー。災難だったな。書類仕事の前に警察から呼び出しをくらった挙句に交通整理をやらされるとは」

 おや、いつのまにか隊長のエミリアン=ローラン大尉が帰って来ていた。王宮での会議はどうしたのだろうか。今日は朝からの会議が長丁場になりそうなので、それが終わったらそのまま娘さんの誕生日プレゼントを買って帰る、と言っていた筈だ。そしていつになったらその会議に僕を連れて行ってくれるのか。僕が配属されて1ヶ月位経った頃に「今度王宮の会議に連れてってやる」と言われてから半年以上経っている。

「隊長こそお疲れ様です。今日は本部には戻らないと聞いていましたが?」

 僕は取り敢えず訊いてみる。

「あー、さっきのほら、君たちに行ってもらったあのトラックが突っ込んだ件?あのトラックの所有者がレスプブリカのスパイとつるんでいたらしくて、公安情報局が泳がせてた人物らしいのね。それですぐに戻って待機していた方が良いってことで会議を抜けて来た。というよりも半分追い出されて来た。俺はこのまま待機しなきゃだから、今日は家に帰れそうにないね」

「ですが、隊長今日は娘さんの誕生日プレゼントを買いに行く予定では?」

 普段なかなか帰れないがために、娘さんはあまり懐いてくれず、こういうところで機嫌をとる必要があるそうだ。確かに自分の娘に懐かれないのは辛そう。

「うん、でも娘の誕生日は来週だから、明日にでも買いに行けばいいよ」

 僕はそんなんでいいのか? とも思ったのだが、隊長のことだ。何か考えがあるのだろう。僕は無理に帰すのも失礼だと思った。

「そんで、戻ってきたはいいんだけど、連絡も何もないからシャルルとジャンヌの書類もある程度片づけておいたよ」



 聖人かっ‼︎

 本部に戻ったら山のような……と言ったら言い過ぎだが、とにかく結構な量の書類仕事を残業して片付けなくてはと半分覚悟を決めていたのに……


 先輩は「は? 自分の書類位、自分でなんとかしなさいよね!」とか言って手伝ってくれず、最終的に残業する羽目になるのに……


「あ、ありがとうございます……うぅ……」

 あまりの聖人ぶりに、何だか泣けてくる。

「え?ちょ、シャルル? 何で泣いてるの?

 え? 俺何か悪いことした?」

 隊長は何も悪くない。むしろ素晴らしいお方だ。

「隊長は……何も悪く……ないです……」

 すると、車を戻した先輩が入ってくる。

 先輩の足音が少し乱れた。びっくりしたのだろう。

「ただいまって……シャル君、なんで泣いてるの? それでもって隊長は何シャル君泣かせてるのですか?」

 先輩の若干引いたような声に、隊長は完全に硬直してしまっていた。それこそ石膏像のように。

 石膏像は口をきけないので、せめて涙声だけでも堪えて僕が先輩に答える。

「隊長が僕らの分の書類仕事をやって下さいました……」

「だから何?」

 先輩はまだ理解していないようだ。首を傾げる。

 この人……鈍すぎる。

「どこかの誰かさんとは違って、親切にも空き時間に僕達の仕事を手伝ってくれるってことです」

 

 ふと隊長をみると、石膏像が白から青へと変色している。どうしたのだろうか。

「ねぇ……」

 先輩は僕の首を掴んだ。それもかなり力を入れて。この人結構握力あるんだよね……

 凄く強い力で首が絞められている。しかも微妙に息ができるように絞められているのが尚更辛い。どうやっているのだろう?

 え? なんでそんな冷静なんだって?

 そりゃあ、いっつもこの人は怒ると……ねえ?

「ストレス抱え込んだ挙句に爆発させた思い上がりの新兵を止めて、宥めて、慰めてあげたのは誰かしら?」

 あ、やば。

「……」

「私、シャル君に誰かって聞いているのだけど?」

 あ、マジなやつだこれ。

 その後、小一時間説教をくらった。





「全く、隊長も隊長です! シャル君のこと甘やかしすぎです! 今シャル君に必要なのは艱難辛苦でしょう!」

 まだ興奮されやらぬのは先輩だった。何だか銀髪が紅く見える。

「まあまあ、シャルルはよくやってくれてると思うよ。そういうジャンヌこそどうなんだね。少しシャルルへの当たりがキツすぎやしないかね」

 石膏像もとい隊長は30分経過したあたりで復活していた。

「そんなこと……ないです。これは、この性格は、昔からこんな感じでした」

 途端に先輩は歯切れが悪くなった。

「へー本当? まぁ、いいけどさ。でもずっとそんなんじゃあいつか嫌われるかもよ?」

「それは、分かっていますけど…」

 先輩は僕の方をチラチラと見てくる。別に最初から僕は気にしていないのだが…

「はぁ、今日はもう上がりなさい。君達も疲れただろう」

 こういう時に隊長って大人なんだなーと切に思う。

 僕も昔、国防大学魔法科にいた時小隊長をやったことがあるが、こうは上手にまとめられなかった。

 隊内のトラブルが拗れに拗れまくって結局収拾がつかなくなってしまい、教官に間に立ってもらってようやく解決することができた。それでも隊内にしこりは残ったし、僕は教官にしぼられたけど。

 やっぱり上に立つ人は経験の数が違う。

「じゃあ、今日は上がります」

 先輩は言葉少なに上の階の自室へと戻っていく。そんなに元気をなくすようなことだったろうか。

 まぁ、僕があれこれ考えても仕方あるまい。僕には先輩の真意など知る由もない。

 僕もお言葉に甘えて上がらせてもらおうか。そろそろ帰り支度をしよう。

 といっても、この直ぐ上が寮なので、最悪忘れ物をしても直ぐに戻れるが。

 鞄に今日持って上がる荷物を詰め込んで、鞄を肩にかけた僕はドアの方へと向かい、ドアノブに手をかける。

「あ、シャルルちょっと待って。昨日提出したのかな……この報告書に不備がある……ってかこれ全然違うよ。様式が違うってこれ。ダメだよそろそろ様式を間違える癖を直さないと。流石にこれはやり直してから上がって」

 


 結局残業かーい! 今までの流れ全く意味ないじゃん!

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