Ⅱ
「なんで僕らは王都警察に命令されなければならないのでしょう」
「知らないわよ」
「僕らって軍人ですよね?」
「そうよ?」
「じゃあなんで警察に指図されてしかも命令形なのでしょう?」
「その理不尽がまかり通るのが
不機嫌な色の空の下を、緋色のセダンの公用車で移動する僕の疑問にこれまた不機嫌そうに応えるのは、やっぱり緋色のセダンを運転するジャンヌ先輩。保身ではないが、僕は免許は持っている。だが隣に座っていた先輩が半泣きになるレベルで運転が下手なので、先輩に同乗者がいる時の運転を禁止された。
そう、警察の下働きみたいなこともさせられるのだ。
だから
……を除いて基本魔法が使えると
「人手が欲しいなら空軍基地の憲兵隊を呼び出せばいいし、軍に泣きつかなくてもよその警察署から応援を呼べばいいのに」
面倒くさいったらこの上ない。
「不平不満だらけね」
先輩は相変わらず興味がなさそうだ。
「そりゃそうですよ。キッチンから戻ってさあ書類仕事だと思ったら、無線で『トラックが暴走したから今すぐ来い。』ですよ? もしこれがテロだったとしても、後から情報を警察と軍と公安情報局とで共有すれば十分じゃないですか!」
「どうどう、ちゃんと
「このご時世に必要ですかねー。今はもう大分無線が普及してきたのに」
先輩の「どうどう」は結構可愛いと思う。
それを聞いて僕は少し気分が落ち着いてきた。
まぁ本人の前でそんなこと言おうものなら次の日朝日は見られないだろうが。
「そんなもんよ。大きなトラブルでも起こらない限り変わらないわね。……ほらそこの角を曲がったとこよ。降りる準備をして」
角を曲がると、そこには道を塞ぐように大きな人だかりがあった。
車から降りて最早馴染みになりつつある警察関係者に簡単に挨拶を済ませると、僕らはトラックの暴走現場の手前で人々の誘導に勤しむことになった。
「すみません! そこ入らないで下さい! あーあなたもダメです! あとそこ!道開けて下さい! 車が入れないでしょう!」
野次馬が沢山集まってくる。
最早巨大なリヴァイアサンのようだ。
現場に入ろうとするリヴァイアサンを制止するのは我々ちっぽけな憲兵とお巡りさん。正直鬱陶しい。黙れ、働け、今日は平日だ。
「ねぇそこ! 警察の車の邪魔って何回言ったら分かるのよ! いい加減退きなさい!」
隣の先輩も本当に大変そうだ。特に口調が。先輩の綺麗な銀髪がだんだん紅く染まりつつあるようにも見える。数分前の呑気な僕を殴ってやりたい。
「おい邪魔だよ! 退けよ! 俺は新聞記者だぞ分かってんのか? 真実を伝える義務があんだよ!」
面倒くさいのが来た。意味不明な正義を振り回すバカが。
いいぞ、もっと掻き分けて進め。取り敢えず
その辺一周してこい。
「おいそこの憲兵! 俺を規制線の中に入れろ! 『モーニング=タイムズ』の記者だ!」
だからなんだ。あんたが現場を見ても何もわからないだろうに。実際僕もよく分からないし。情報が欲しけりゃ警察の公式発表を待つのが利口だ。
「申し訳ないですがいくら『モーニング=タイムズ』さんとはいえ中に入れるわけにはいきません。ですので、クラーナ警察署で公式発表をお待ちいただけないでしょうか」
僕としては満点の応答だ。愛想もいい。だが記者はどこか不満そうだ。
「またそうやって軍は情報統制するのか!
民主主義への挑戦か!」
何だこの記者は。僕はこれ以上記者の戯言を聞く気になれなかったので、何か騒いでいるのを聞き流すことにした。
それにしても不快な金切り声だ。あーイライラする。精神干渉魔法を使って殺そうか、先輩に押し付けるか。どちらかしないと精神衛生上問題がある。でも先輩に押し付けるのも可哀想だな。最終的に髪の色が真紅になられても僕は責任を取れない。
僕のストレスがいよいよ限界に達しようとした時、僕の目の前に銀色が割り込んだ。
「記者さんは現場を見て何が起こったのか、誰が起こしたのか全て分かるのですか?」
先輩だった。
先輩はよそ行きの笑顔で続ける。
「それに鑑識さんも刑事さんも今凄く忙しいのです。あなたにその邪魔をして捜査を遅らせる権限がどこにあるのですか?」
どうやらこの記者は先輩が自主的に対応してくれるようだ。よし、逃げよう。
「憲兵さん。ここって通れないの?」
「おわっ!」
幼い声で、記者から逃げられて若干ほっとした僕に問いかけるのは6〜7位の女の子。
少しびっくりした。
ん?どこかで見たような…
「ごめんね。この中は今大変なことになっているからね?今は入れないんだ」
気を取り直して、できるだけ優しそうな表情で応対する。
「でもね? わたしの家あそこなの」
彼女が指差したのはトラックが暴走して突っ込んだ建物の隣の水色のアパルトマンだった。
どうなんだろう。住民は入れるのだろうか。
「じゃあお兄さんが今ちょっと聞いてくるからここで大人しく待っててね?」
「うん!」
うん、いい子だ。素直な子は嫌いじゃない。隣から舌打ちのようなものが聞こえてきたが僕は気にせず聞きに行った。誰だろう?
実際、聞いてみるとこれが意外で、「あーいいよー」といった適当な返事が返ってきた。そんなんで大丈夫なのだろうか。あと態度悪くないか?僕はその人の部下でも何でもないので、何だその態度は?って思ったが、まぁ、とにかくいいそうだ。
「いいって。お兄さんが送ってあげるよ」
できるだけ優しそうな表情でその子に伝えると、
「じゃあ行くー」
子供らしい返事が返ってきた。
僕は数メートル先のアパートまでその子を送る。その子は僕の制服の裾をしっかりと握っていた。
アパートの中に入り、階段を上がる。ちゃんとその子のスピードに合わせるのを忘れない。
あっという間に部屋に着いた。僕がドアベルを鳴らすと、中から母親らしき女性が出てきた。
……やっぱりどこかで見たような。
「娘さんがお戻りです」
そんな感情は隠して、憮然とした表情で敬礼をする。
「あら、わざわざありがとうございます。本当は入れてはいけないでしょうに。マリー、早く入りなさい」
えっそうなの……
まぁ、いっか。
「いえいえ、任務を遂行しただけです」
マリーと呼ばれたその子は中へと入って行く。
「マリー、ちゃんと憲兵さんにお礼を言った?」
「ありがとう! 憲兵さん!」
「いえいえ、どういたしまして」
僕は少し腰を屈めて敬礼した。
「本当にありがとうございました。その……お礼はどうすれば……」
「いえいえ、そんなものは必要ありません」
「でも、特別に入れて頂いたのにそういうわけには……」
「これこそが区憲兵の仕事ですから。それでは失礼します」
母親は納得のいった表情を未だ見せていないが、僕は敬礼をして去ることにした。
「ていうことがあったんですよー」
僕は帰りの車の中で先輩に一部始終を話した。
「…」
「どうしました? 先輩?」
「『どうしました?』じゃないわよこのロリコン! 変態! 幼女趣味!」
は?
「よくもまぁそんな幼女を誑かしておいて平然としていられるわねロリシャル!」
先輩は僕の腕を容赦なく殴る。運転中にやめて欲しい。あと普通に痛い。
それにしても先輩は一体何に怒っているんだ?
「それで? 本音は?」
「可愛い女の子とお近づきになりたかった!
シャル君ずるい!」
一体誰がロリコンなんだって?
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