第4話 ヴィシュヌ神は、10の姿に変身してこの世界を維持する

 私は苛立っていた。私も、彼女も、体を求め合っているのに、さっきから何かが邪魔をする。

 私は、場所なんかどこでもいい、という気分になり、歩きながら彼女の尻を強く撫でた。こんなことは、妻との間では一度も無かったことだ。羞恥心や道徳心をすっかり忘れて、まるで空腹を満たすように体を求めるなんてことは……

 月明りの中に、地元の小学校の校舎が見えてきた。

 そうだ、あの中にもぐりこんで……

 近づいてよく見ると、それは、私が、いや、私だけでなく彼女も通った小学校の木造校舎にそっくりだった。ペンキのはげた板壁も、黒光りする廊下も、まるで昔のままだった。

 二人して校舎に入って行くと、一つの教室に蝋燭のほのかな明りが灯り、人がひしめき合う気配があった。そこでは、同窓会が行われていた。小学校時代の見慣れた顔が並び、皆、幸せそうに語り合っていた。教室には、熱帯の花の匂いと、どこから聞こえてくるのかわからないが、バリのガムラン音楽が流れていた。

 懐かしい担任の先生が「やあやあやあ」と言って近寄って来た。彼はひとしきり昔話をすると、相変わらずの口癖で、「求めるものを手に入れなさい」と言って立ち去った。はやく女を抱いてしまいなさい、と言っているように聞こえた。

 その後、旧友たちが入れ代わり立ち代わり話をしにきた。私の友達もいれば、彼女の友達もいた。小学校三年の時交通事故死した友達もいた。色々な友達が順番に挨拶しに来た。一巡すると再び最初に戻り、また同じ顔が現れた。彼女はにこやかに話しながら、見えないところで、豊満な乳房を私の腕に押し付けた。友達の輪はいつまでたっても終わらない。古い友達から新しい友達へ、そして、また最初に戻って、古い友達から…….。彼らは、私たちが二人になるのを邪魔しているのだ。その考えはやがて確信に変わった。私と彼女はじれったくなり、すきをみて後退りし、仲間から離れた。

 まわりを見回渡すと、木造のはずだった校舎はいつのまにか鉄筋コンクリートに変わり、鉄筋ビル特有の平らな屋上に私たちはいた。私の小学校は、私が五年の時にコンクリートビルに新築されたのだ。私はその時、その奇怪な時間の経過を、まったく自然に受け入れていた。振り返ると、同窓会は、屋上の一角で、蝋燭の明りを囲んでなごやかに続けられていた。それは永遠に続くように思えた。私は、友達との平穏な時間を捨てて行くことにほのかな寂しさを覚えながら、それでも強い情欲に促されて、彼女を連れて遠ざかった。

 屋上には、私の小学校にあるはずのないエレベーターがあった。いや、正確には、当時から運搬用のエレベーターがひとつあったのかもしれない。私たちはその、妙に広い、六畳間くらいあるエレベーターを使って一階に降りた。

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