彼方の君へシオンを送る

たぬきぐま

第1話 彼方の君へシオンを送る

 暗い山道を青年は一人歩いていた。俯いた顔を上げ周りを見渡すが辺りに人の気配はない。検索して出てきた崖と崖を結ぶ橋、自殺の名所。そこが青年の目的地。暗がりに紛れた水溜まりに踏み込んでしまい思わず舌打ちが出る。しかしどうせ今日までしか使わない靴だと思い出し、冬の始まりの風に足を冷やされながら青年はまた歩き出す。森の道も終わり視界が開けたところには、灯り1つなく所々錆び付いた橋が架かっていた。

「やっと着いた。」

徐々に早くなる鼓動を誤魔化すように青年は独り言を漏らしながら橋の半ば辺りまで進む。

「陽太!」

そう自分を呼ぶ女性の声を思い出す。彼女なら俺を止めるのだろうか、それとも。そんな未練じみた思いが陽太の頭をよぎる。冷たい汗が背中に伝うのを感じながら陽太は手すりに登り腰掛けた。そして眼下に流れる川を見下ろしながら自分の感情を整理する。大学生になり初めてできた彼女。夏が始まる前付き合い始め花火や旅行などもした。いろいろな思い出を作ったその彼女はいま、陽太の親友の隣にいる。寝取り寝取られ男女関係のもつれ、そんなものはよくある話なのだろう。しかし陽太はそれを受け入れることができなかった、この橋に向かってしまうほど。少し強い風が吹き陽太の手に力がこもる。

「ねえ、あなたはどうして死ぬの?」

突然の声に驚きバランスを崩した陽太は、手すりにしがみつくようにした挙句橋の歩道へと転げ落ちた。

「わあ、そんな驚くとはと思わなかったよ。ごめんね。」

陽太はそう話す声が聞こえる方を見ると、そこには制服を着た少女が立っていた。いや、正確には立ってはいない。なぜなら少女には立つために必要な足が存在していないのだ。

「ねえ、黙ってないで質問に応えてよ。君はどうして死のうとしているの?」

「し、親友に・・・・恋人を寝取られた・・・・から。」

陽太は息がうまく吸えずに言葉が途切れ途切れになる。

「ふーん、そんなことか。とりあえず深呼吸しよう、深呼吸。」

そんなこと、という言葉にひっかかりながらも陽太は深呼吸をする。

「落ち着いてきた?驚かせてごめんね、私は瀬戸七海。見ての通り女子高生の幽霊です。君は?」

そう軽い口調で言う七海に陽太はさらに戸惑う。しかし現に彼女は幽霊そのものだ。なにせ足がない上に先の景色が透けて見えている。

「山上陽太、見ての通り自殺志願者。」

震える声で陽太が応えると七海は笑う。

「自殺志願者ね、とてもそうは見えなかったけど。あんまりにも怯えた目をしていたから思わず声かけたくらいだもの。」

「お前に俺の何がわかるんだよ!」

自分の決断を笑われたように感じた陽太は思わず声を荒げる。すると少し七海は悲しげな表情を浮かべ今度は自嘲気味に笑う。

「ごめんね、君の過去を笑ったつもりはないよ。ただ君は私とは違って、生きていたいようにしか見えないんだ。さっきだって君はあんなにも必死に生きようとしていた。」

その言葉にハッとする陽太。それはほかの誰でもない七海の言葉だからかもしれない。深く考えずとも自殺の名所に現れる幽霊とはそういうことなのだろう。

「死にそうな所を助けてあげたんだから感謝されこそすれ、怒鳴られる筋合いはないのに酷いよ。」

黙り込む陽太に七海は茶化すように言葉を投げかける。

「そ、それは・・・・。ごめん。」

謝る陽太を見て七海はまたうれしそうに笑う。よく笑う幽霊だ。

「冗談だよ、冗談。じゃあ自殺を止めてあげたお礼に私のお願いを1つ聞いてよ。どうせ死ぬなら私のお願い叶えてからでも遅くはないでしょ?」

唐突に七海はお願いとやらを話し出す。

「その頼み方は意地が悪いんじゃないかな。断れば俺は地獄に落ちそうじゃないか。」

「自殺したら私みたいに地獄にも落ちられないんだけどね。」

ブラックジョークに思わず引いてしまう陽太をみて、七海は焦ったように取り繕う。

「だから、ね?お願い!一日だけ!」

断れる雰囲気でもなく陽太は七海のお願いとやらを聞いてみることにする。

「一日だけなら、まあ。それでお願いって言うのは?」

「本当に?ありがとう!私のお願いはね、私の好きな人に私の言葉を届けて欲しいの。」


 「私の未練はね、生きていた時に付き合っていた男の子についてのことなの。」

橋まで来た道のりを逆戻りしながら七海は話を続ける。

「付き合っていたと言っても最後は別れちゃったんだけどね。」

それが原因で自殺を?とは聞くわけにもいかずそのまま黙って話を聞く陽太。

「別れたと言ってもね、不本意というかなんというかって感じだったんだけどね。」

「不本意?」

「そう、不本意。別れたくなかったんだけど私から別れを切り出したの。それでそのままここに来てさよならーってこと。」

七海は手を振る仕草をする。

「これは聞いていいことなのかわからないけど、どうして?」

躊躇いながらも陽太は尋ねた。

「よくある話だよ、いじめを受けたから。」

軽い調子のまま七海はいじめという言葉を使う。いじめ、好きな人と別れて自殺してしまうほどの。決して生半可な覚悟で橋へ来たつもりのない陽太にすら重く感じられる。

「そんな難しい顔しないで。終わったことだもの。」

七海は誤魔化すように笑う。

「でも頼み事するからにはちゃんと話しておかないとね。」

そう言うと七海は自殺に至った経緯を話し始めた。


 それは2年前の話、高校三年生の七海には想いを寄せる人がいた。その人の名前は飯田一心。きっかけは些細なことであったが、彼の優しさと端正な容姿に七海の頭は一心でいっぱいになっていた。そして幸運なことに三年のクラス替えによって七海と一心は同じクラスになり、さらには委員会まで同じになれたのである。しかしこの幸運が七海の人生の歯車を狂わせてしまったのかもしれない。委員会が同じと言うこともあり七海と一心の距離はすぐに縮まり、七海はついに玉砕覚悟で一心に告白をする。振られてもかまわないという思いでいた七海だが、なんと一心の答えはOKであった。なかば浮かれ気分のまま翌朝を迎え教室に入ると、すぐにクラスの中心的な女子である斉藤凜が七海を呼び出した。なぜか凜は七海と一心が付き合っていることを知っており、激しく七海を責め立て罵倒してくる。きっと凜も一心に好意を寄せており格下だと思っていた七海に一心を取られたことが気にくわなかったのだろう。いじめが始まったのはその日からだ。ヒエラルキーとは残酷なもので昨日まで仲良く話していた友人すら凜の一声によって友人でなくなった。物は頻繁になくなり、無視をされ、話しかけられたと思えば罵倒され、ついには直接的な暴力まで振るわれた。七海は自分の存在が否定されていくような気がした。それでも七海は一心だけを頼りに耐えていた、一心だけは自分を肯定してくれるはずだと。しかし次第に激しくなっていくいじめによって、七海の心はついに折れてしまった。せめて一心へ迷惑はかけないようにと別れの手紙を下駄箱にいれ、そのまま七海は自殺スポットとして有名な橋へ向かった。

 手すりを乗り越えると七海を押すように風が強く吹き手に力がこもる。そして七海は諦めたように目を閉じ手の力を抜く。

 目を覚ますと七海はなぜか橋の歩道に倒れていた。七海は混乱しつつ、辺りを見渡し自分の身の回りを探る。しかしそこには持っていたはずの鞄も携帯も、財布もない。ポケット二手を入れると欠けてしまったお気に入りのキーホルダーだけが入っていた。


 陽太は布団に入り目を閉じて今日の出来事を整理する。瀬戸七海、あの橋で自殺した幽霊。七海は生前の話をした後三つ幽霊の自分について話をした。一つ目は七海の姿が見えるのは陽太だけであること。なぜ陽太だけに見えるのかは自分にもわからないらしい。二つ目に七海は何も触れることができず全てすり抜けてしまうこと。これは陽太も触れることはできず、ほかのものと同様に七海の手は陽太の体をすり抜けた。三つ目に生前できなかったことは今もできないと言うこと。例えば壁抜けや空を飛ぶことはできない。そのため一心に会いに行こうにも電車にも乗れず歩こうにも道がわからないため会えずにいたらしい。幽霊も案外不便なのよと七海は笑っていた。なぜ彼女は笑えるのだろう、少なくとも陽太は笑えないでいる。彼女の笑顔を思い浮かべ真似をするように引きつった笑顔を作り陽太は眠りについた。


 翌日、陽太と七海は隣駅のカフェにいた。七海は一心と付き合っていたものの、知っているのは最寄り駅までらしい。そのため最寄りの駅で張り込んで探すしか手段はなかった。そして探す間に七海の一心への言葉を手紙に書き落とし手紙を完成させた。

「どんな顔かくらい教えてくれたら俺も探せるんだけどなにか特徴はないの?」

小声で陽太は七海に問いかける。

「うーん、特徴か。そうだな、君よりずっとイケメンだよ。」

「お前なあ。」

そんな会話や一心についての惚気話を聞かされていると、突然七海が大きな声を上げた。思わず陽太は店内を見渡してしまうが誰も七海の声を気にしていない。陽太は七海の声が自分以外に届かないことを改めて実感する。

「いた!一心君だ!ほら行こう!」

そう言って七海は陽太を急かす。陽太は食器を片付け店のドアを開けると七海は外へ飛び出した。

「一心君!私だよ、七海!」

そう声を上げるが一心と呼ばれた青年は何も反応しない。

「あれが・・・・。確かにイケメンだな。」

陽太は感心したような独り言を漏らす。

「そんな、どうして。」

七海はショックを隠せないような表情をして言う。どうやら想いが強ければ声が届くと言うことでもないらしい。

「とりあえずついて行こう。」

陽太は動けずにいる七海に声をかけ一心の後を追うことにした。

 電車に乗ること数駅、陽太と七海は繁華街の駅へと降り立った。一心は改札前にある柱の前に立って誰かを待っているようだ。陽太達は一心が見える位置で同じように立ち止まる。数分すると一心の待ち合わせ相手と思われる女性がやってきた。よく似合った流行のファッションに身を包んだ女性、一心と並んで立つと様になっていたが七海の手前そんなことをいえるはずもなかった。

「嘘、なんで?なんで一心君といるの?」

女性を見た七海は驚いたように震えた声を上げた。

「どうかした?あの女の人が知り合いとか?」

「知り合いというか、その、昨日話したいじめの主犯の・・・・。」

「斉藤凜、か。」

七海が言う前に陽太は察する。その2人がこうして並んでいるのは第三者の陽太ですらいい気はしない。歩き出した一心らを追うように陽太と七海も歩き出す。冬の風が2人の間を通り抜ける。陽太は七海にかける言葉を見つけることができず、ただ一心を見失わないように歩く。しばらく歩くと一心と凜はカラオケ店に入り、後を追って陽太も入り手続きを済ませる。

「ごめんね、お金。」

七海が数分ぶりに口を開く。そこに笑顔はない。

「いいよ、どうせ明日にはそんなこと関係なくなるし。」

部屋に入るも気まずい空気のまま、カラオケから流れる宣伝だけが響いている。

「と、とりあえずなにか歌う?」

そう言った後に陽太は自分の過ちに気づく。

「マイクも持てないし、採点もしてくれないけどそうするよ。」

少し笑いながら意地悪そうに七海は言う。

 そこから2人はなにか気持ちを吐き出すかのように歌った。きっとどんなロックンローラーだって乗せられないほどの感情を、歌った。

 外に出ると七海の顔は幾らか晴れていた。しかし未だ七海の言葉を一心に届けることはできていない。チャンスを伺いつつ同じように店から出てきた一心の後を追う。一心と凜の様子を見ても2人は付き合っているとみても間違いなさそうだ。果たして一心は七海と凜の関係を知っているのだろうか、どちらにしても今は一心へ七海の言葉を届けること以外できることはない。そう考えている間にも一心達はまたほかの店に入ろうとしている。

「ちょっと、私の手紙渡す気ある?」

「あるけど流石にあの間には入りづらいだろ。」

「2人の空気ぶっ壊してくれた方が私的にはありがたいんだけどね。」

七海に釘を刺されつつ陽太は一心らが入った飲食店に向かう。


 陽太は運ばれてくる料理を口に入れつつ、仕切りで区切られた隣にいる一心に気を配る。ふと顔を上げて七海の方を見ると物欲しそうに料理を眺めていたが、陽太の視線に気がつくとすぐ目をそらした。

「そういえばもうすぐじゃなかった?」

凜の話し声が聞こえる。

「なにが?なにか大事なことあるっけ?」

一心は心当たりがなさそうに聞き返すと凜はあきれたように答える。

「なにって、酷いなあ一心は。あれだよ、瀬戸七海の命日。」

七海という言葉を聞いて思わずむせてしまう陽太。そんな隣の席の様子を気にもとめないように一心と凜は会話を続ける。

「あー、七海ね、懐かしいな。」

「ほんとに酷いなあ。死んだ元カノのことくらい覚えてあげなよ。」

思わず七海の方を伺うと動揺したように固まって動けないでいる。

「そうはいっても忘れたいくらいだけどな。あいつのせいでしばらく散々だったし。変な噂流されたりな。」

その言葉は七海から聞いた一心のイメージとはかけ離れている。七海はまだ下を向いて動かない。

「そもそもなんであんな女と付き合ったの?ほかにいくらでもいたでしょ。」

「たまたまあの時フリーだったし、すぐヤれそうだったからってだけ。まあヤる前に誰かさんのせいで振られた挙句死んでいったけどな。」

「さいてー。」

笑いながら話をする2人とは対照的に陽太は俯き手には力が籠もる。すると一滴、二滴と水が陽太の手に落ちてきた。顔を上げると七海の頬には涙が伝っていた。


 陽太と七海は店を出て路地裏に並んで座った。今も一心と凜は楽しく七海を嘲笑っているのかもしれないがどうでもいい、彼らについて考えただけで吐き気がしそうだ。こういう時に七海にかける声が見つからないから、親友に彼女を寝取られるのかもしれないと陽太は自嘲する。陽太は七海には触れられない、それどころか心に寄り添うことだってできてやしない。

「私、馬鹿だね。1人で舞い上がって、死んでからもまだ勘違いしてたんだね。」

七海の涙がアスファルトを濡らす。どうして七海はここまで傷つかなければいけないのか、陽太にはわからずにいた。理不尽に七海は傷つけられ、傷つけた奴はのうのうと生きている。彼女はそんな仕打ちを受けるために幽霊となっていたとでも言うのだろうか。なにか声をかけようと横を見た時、陽太は七海がはっきり見ていることに気がつく。先の景色が透けていない、七海が確かにそこにいるように見えるのだ。手を伸ばすと陽太の手は確かに七海の肩に触れた。

「え?」

驚いたようにこちらへ顔を向ける七海。

「ほ、本当に触れた。」

2人は情けない顔を見合わせ、そして笑いがこぼれる。

「そんな、どうして?なんで触れるの?」

「俺にもわからないけど、なんだろう。恨みの力とか?」

陽太はそう言いながらハンカチを七海に手渡す。ハンカチは七海を通り向けることなくしっかりと握られる。

「人を怨霊みたいに言わないでよ。」

七海は涙を吹きながら笑っていうと立ち上がった。

「これからどうするの?このまま成仏はできなさそうだけど。」

「未練というか、やり残したことを一つ思い出した。」

そう言って七海は走り出した。呆気に取られてそれを眺めていた陽太は我に返って七海を追いかけた。


 「一心君!」

七海は叫ぶ。その声で振り返った一心と凜は七海をみて驚きとも恐怖とも取れる表情を浮かべた。陽太は壁の後ろに隠れて様子を眺める。

「な、七海?まさか、だってあいつは・・・・。」

「そうだよ、死んだよ。でもね、会いに来たよ。」

一心の言葉を遮るように七海は答える。一心と凜の顔はどんどん青ざめていく。

「そんな、こんなのありえないよ!」

「ありえない?私はただ凜と一心君にお礼をしに来ただけだよ。」

そう言うと2人に向かって七海は走り出し、そのまま綺麗な跳び蹴りを一心にお見舞いした。そしてその流れで香港スターも顔負けな回し蹴りを凜に繰り出した。

「地獄で待ってるから!また会えるのを楽しみにしてる!」

倒れ込んだ2人に向けて七海はそう吐き捨ててこちらへ歩いてくる。

「お見事。」

一仕事終えた七海に声をかける。

「見てたの?やめてよね、可憐な乙女のイメージが崩れちゃう。」

七海はそう言って笑った。


 陽太と七海はあの古びた橋へ向かう山道を歩いていた。七海の姿はさっきよりも、いや会った時よりも薄くなっている。

「ねえ、今日はありがとうね。」

七海の言葉が柔らかく響く。

「死にかけの男が役に立てて良かったよ。」

「ううん、あなたで良かった。」

陽太は返す言葉が見つからなくて黙ってしまう。

「私がまだ成仏できてない理由、わかる?」

陽太が言葉を返す前に七海が問いかける。

「まだあの男に恨みがあるとか?」

「そうじゃないよ。」

「ほかにいじめてきた奴に怒っているとか?」

「違うよ。」

また無言の間が流れ、風で揺れる葉の音が2人を包む。

「君だよ。私の心残りは、君。」

思いがけない答えが返ってきて陽太は驚く。

「俺?なんでまた。」

「私は君に死んで欲しくない。私の分まで生きて欲しい。」

「俺は・・・・。」

陽太が言葉を出そうとしたとき、森が開けた。満月が明るく橋を照らしている。

「山上陽太君、生きて。君が悔いを残したまま死んで欲しくない。君には笑って死んで欲しい。」

透けた体とは対照的に強く意思の籠もった声だ。

「・・・・。わかった。」

陽太が頷くと七海は笑う。

「よかった、断られたらどうしようかと思ったよ。じゃあこれ上げる。私のこと忘れないように。」

七海はポケットから耳の欠けた熊のキーホルダーを取り出し陽太に渡す。

「忘れないよ、絶対に。」

「そう?それなら私が生きていた甲斐が、いや死んだ甲斐があったかな。」

そんなこと言うなよ、そう言いたかったのに言葉がうまく出てこない。

「泣かないでよ。生きていたくなっちゃうじゃない。」

そんな陽太を見た七海は困ったように言う。

「君に、生きていて欲しかった。もっと早く会いたかった。」

そう陽太が言うと七海は静かに首を横に振った。

「きっと私が死んだからこそ君に会えたんだよ。君を止めるために私は幽霊になったんだ。だから泣かないで、笑って送って欲しい。」

頷く陽太を見ると七海は悲しげに笑う。

「じゃあもういくよ。もしどこかで会えたらよろしくね。」

「さよなら、七海。」

まだぎこちないかもしれないが今できる精一杯のもので七海を送ろうと、涙を頬に伝わせながら陽太は笑顔を作る。七海はそれをみて満足そうな、安心したような顔をして消えていった。


 綺麗に晴れた空の下、山道を青年は一人歩いていた。青年の手には熊のキーホルダーとシオンの花束が握られている。風が優しく頬をなでるように吹くと、青年は立ち止まり空を見上げる。そしてすこし笑みをこぼしてからまた歩き出した。

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