第43話 あとは自分の足で

「いやはや、君は本当に凄い人だね」


 体育館を出て、すぐ側にある倉庫の陰に私と秋ヶ島先輩は入ると、開口一番に彼女はそう口を割った。


「私自身は軽率だと思っていますが、情報を貰ってしまった以上『依頼』には応えないといけないので、それだけの話です」


 私はつっけんどんな態度で返すが、秋ヶ島先輩は薄ら笑いを崩さない。


「私はね、今まで求める情報の代償として様々な『依頼』をしてきたが、正直それは情報に対して非常に緩いものばかりだったんだよ」

「……? まあそれはそうでしょう。無理難題であればあそこまで皆が情報を得ているのは不自然だと思いますし」


「まあ、ひっきりなしに来られても困るから、守秘義務契約をさせて、2回目以降は厳しい依頼を吹っかけたりしたのだけれどね」

「それが妥当だと思います」


「私はあくまで恋路に悩む人の背中を押せるようマイルールに則った上で指南をし、そして成就すれば私も嬉しい、それくらいの思いでしかやっていないのさ」

「ですが人の欲というのは際限のないものです」


「その通り。そして私も同様欲深い人間だ。現人神などでは決して無い、根底にあるのは普通の人間と変わらないんだよ」

「? はぁ……」


 私は秋ヶ島先輩の言っている意味が分からず、間の抜けた声で返す。


 現人神は言い過ぎにしても『宝明高の影の支配者』ではあると思うけれど……と考えている内に彼女がまた口を開く。


「故に私はここ数ヶ月でマイルールを3回も破った。これは恋路を指南する者としてあるまじき行為でね」

「それは――自分のルールなのですから好きにすればいいと思いますが」


「無論破ったのには理由があるのさ、これまでの平易な恋愛相談とは違う状況が増えてしまったせいでね」

「その一人が私――という訳ですか」


 秋ヶ島先輩は小さく首肯する。


「だからこれを最後に恋愛相談室は閉鎖しようと思っている。良かれと思っていたが、人の人生に土足で踏み入るのは性分ではないらしい」

「ですが人の人生の覗き見はし続けると?」


「君は私のような人間は嫌いだと思うけど、誰に迷惑をかけるつもりないから安心してくれ給え、性癖自体は直せないものなんだよ」


「おーい! せおりーん! そこでなにしてんのー? 練習しよー!」


「おっと、心優しい彼女からの呼び出しが入ったようだね。ではもう会うことはないと思うが、君の恋路は陰ながら応援させて貰うよ」

「秋ヶ島先輩」


 告げるべきことを告げ、夏目さんの声に警戒をした彼女はさっとその場から離れようとしたので、私はその背中に声を投げかけた。


 秋ヶ島先輩は、振り返ることなく返事だけをする。


「なんだい?」

「――ありがとうござました。ですが、私は自分の力で想い人の側にいたいと思っていますので」


「それが正しいあり方だよ、人に頼るのは間違いではないが、最後にどうするかは君が決めることだしね。何でも頼っていては実る恋も実らない」

「そうですね。では、私も戻ります」


 それだけ伝えると、今度こそ私と秋ヶ島先輩は別れを告げた。


「…………」


 ――もしかしたら、彼女は私の背中を押しにきたのかもしれない。


 最近は受験が忙しくて、妹に話すのを遠慮してしまっていたから、相談の出来る相手がいないままここまで来てしまっていたし。


 もしそこまで見抜かれていたのだとしたら、やはり秋ヶ島先輩は気味の悪い人だけれど――でも。


 自分の意志に芯が入ったような気がして、少し背筋が伸びていた。


 あとはもう、走り切るだけ。


       ◯


 さあさあ! いよいよ球技大会が始まったよ!


 まあ本来球技大会なんてお遊び程度のものだし、実際皆も楽観的というか、優勝できればいいなーくらいにしか考えていないんだけど。


 私達のチームはそうはいかないよ! 何せ私を含めバレー部は3人いるし、スポーツ万能なせおりんだっているからね!


 とはいえ、他のクラスにもバレー部の子はいるから本来力の差は拮抗する所だけど……私達は半端ない練習をしてきたからね!


 悍ましいことに普段の練習もしつつ、せおりんと部長が考えた緻密な戦略を頭に叩き込んでたからね……でもお陰で負ける気は皆無なのです!


「皆、ここまで私の我儘に付き合ってきてくれてありがとう」


 試合が進行し始め、球技大会が盛り上がりを見せ始める中、いよいよ私達の試合の番となり、円陣を組んでいたせおりんがそう口にする。


「いいってことだよせおりん。体育祭でもここまでした覚えはないってくらい練習したからね、ここまで来たら優勝しか見ていませんよ」

「ありがとうゆかっち……それに皆も。あれだけ練習したのだから緊張する必要はないわ、やってきたことをする、それだけよ」

「よし! じゃあ皆、優勝目指して頑張ろー!」


「「「「「「おおーーー!!!」」」」」」


 そしてせおりんにMVPを捧げるんだよ! えいえいおー!


       ◯


 いよいよ始まった球技大会。


 バレーは各クラス2チームが選出され、計14チームで、AブロックとBブロックの総当り戦で行われる。


 デュースなしの21点先取で、1セットを取った方が勝ちとなり、両ブロックの最多勝利チーム同士が決勝を争う。


 つまり最多で7試合もすることになるのだ。想像以上にハードな大会に遊び感覚でやっているチームは早々に音を上げ、プレーが散漫になっていく。


 そのお陰もあり、俺達のチームは練習通りの力を発揮し危なげなく勝ち点を積み上げ、5試合を終えた段階で全勝、決勝進出をほぼ手中に収めていた。


「よし、勝った……!」

「やったわね!」


「あ、お、おう……」

「?」


 そして石榮いしえさんと歓喜のハイタッチ。だが幼馴染と知っている俺はそんな行為すら恥ずかしくつい顔を背けてしまう。


 い、いかん……折角集中出来ていたのに――あっ、そういえば、美冬姉が指揮しているチームって結局どのチームだったんだ……?


「おっ! 見て見て! Bブロックも中々奮闘してるよ!」


 なんとか石榮いしえさんから気を逸らそうとそんなことを考えていると、ふいに夏目さんがそんな声をあげたので、俺も目を向ける。


 そこにあるのは試合結果のボード――だが俺は違和感を覚えた。


「いやーまさか私達のクラスがどちらも首位なんてね! もしかして決勝は身内同士の戦いになっちゃうかもよ~?」


 夏目さんはご機嫌な声でそう言うが、俺は嫌な予感がしてしまっていた。



 まさか美冬姉の指揮するチームって……。

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