第42話 季松くんには逆効果?

 どうやら石榮いしえさんは俺の幼馴染らしい。


 言い方が悪いのは承知の上だが、あの公園で出会った表情すら分からない引っ込み思案の女の子は、超絶美人の転校生として帰ってきたのである。


 さて、ここで俺の感情を整理させて頂くとしよう。


 バックンバックンのドッキンドッキンである。


 何せこれが単に顔を合わす程度の幼馴染なら『べっぴんさんになったなぁ、もうちょっと話しとけば良かったわ』くらいで済む話なのだが。


 短い期間とはいえ、しっかり関係を持ってしまっているのである。


「いやー……しかもなぁ……」


 今までの石榮いしえさんの謎めいた行動は要するに恩返しだったのだ。しかも遥か昔の幼少期に俺がした些細なことに対しての。


 そうとなれば本来俺はその必要はないと伝えるべきなのだが、妹さんからは『絶対に姉には言わないで下さい』と釘を差されてしまっている。


 何なら『これは姉がしたくてしていることなので、素直に受け取って貰えると嬉しいです』とまで言われてしまっているのだ。


「そりゃ有り難い厚意ではあるけども……」


 それにしても――何故彼女はあの時の自分であると俺に伝えないのだろうか……昔ならさておき、今はあんなに凛々しく構えているのに。


「そりゃ事情があるのかもしれないけども……いやでも待てよ……?」


 ま、まさか、伊藤の言う通り、本当に俺のことが好きで素直に好意が示せないから厚意に甘んじているとかじゃないだろうな……?


 い、いや、馬鹿な考えはよせ! あくまで彼女は恩着せがましくしたくないから真意を話していないだけなのだ、思い上がるんじゃねえ!


季松すえまつくん?」

「はひィ!!?」


 しかし人間というのは悲しいまでに思い込みに左右させられる生き物だ。


 事実、ここ最近はバレーの関係もあって普通に話せていた筈なのに、石榮いしえさんの呼びかけに敏感に反応をしてしまう。


「きゃっ! ご、ごめんなさい、驚かせてしまったかしら」

「い、いいいいや、ぜ、全然! 全然そんなことないから!」


「そ、そう……?」


 いかん、何をやっているんだ俺は……妹さんに内緒にと言われているのにこんな反応しては石榮いしえさんが気付いてしまうだろうが……!


 変な勘繰りなどせず冷静に対応するのだ、そう、いつも通りに――


「やあ石榮いしえさん今日も絶好のバレー日和だね」

「え? ……ええまあ、良い天気ではあるけれど、バレーは体育館でやるものだからあまり関係はないような……」


「あ、ああ……そ、そうですわよね、俺ったら何を言っているのかしら……」

「???」


「そ、それよりも! ば、バレーの練習の話だったかな!?」

「は、はいっ……! い、一応明日が本番だから最終的な戦術の確認をしようと思っているのだけれど、あの、放課後大丈夫かしら?」


「も、勿論大丈夫さ! 優勝の為には最後まで気は抜けねえからな!」

「え、ええ……そ、それじゃあ放課後体育館に集合で、迷惑をかけて申し訳ないけれど、一緒に頑張りましょうね」


「モッチのロンロンだぜ!」

「モッチ……?」


 俺のあまりに奇妙な態度に石榮いしえさんは不審な表情を浮かべるが、『じゃあ宜しくお願いね』とだけ告げられると、何とかその場から去ってくれた。


 俺はその姿を引きつった笑顔で見届けると、深く大きな息を吐く。


「ふぅ~~~~~~~~~…………こ、これはマジでヤバいぞ……」


 石榮いしえさんを意識してしまって、顔をまともに見ることが出来ない……。


       ◯


「ゔぇん!」

「ああっ! 季松すえまつくん大丈夫!?」


 放課後。


 季松すえまつくんが、私達の練習に付き合ってくれているバレー部員が打ったサーブを顔面にまともに受け倒れてしまう。


「だ、大丈夫大丈夫……血は出てないから……」

「ハードな練習続きだからちょっと疲れてるのかもね、集中を切らすと危ないから、ちょっと休んだ方がいいと思うよ」


「そ、そうだな……悪い……」

「いやいや、季松すえまつくんも頑張ってるもんね」


 夏目さんにそう忠告を受けた季松すえまつくんは素直にコートから下がると、壁に座り込んでふうと小さく溜息をついていた。


 ……何か、おかしい気がするわね……。


 確かに季松すえまつくんはあまりスポーツが得意ではないと言っていたけれど、それでもここまで私の練習に付いてきてくれていた。


 その成果もあって、少なくとも今の彼は間違いなく初心者の域を抜けている。だから疲れていたとしてもあんなミスをするとは思えない……。


「寧ろ心ここにあらずといった……まさか夏目さんが……?」


 いえ、でも夏目さんの行動は私が注意深く監視しているし、何ならずっと練習に付き合って貰っているから抜け駆けをするタイミングなどない……。


 それこそ『私とせおりん最近超にこいちだよねー』って嬉しいのか困っているのか分からない顔で言われているくらいなのだから……。


「そうなれば考えられるのは……」


 まるで動向の分からない崎山先生が、何か手を打った……?


 正直あれだけ大胆な行動に出続けていた彼女が、球技大会を目前としながら何も動かないのは奇妙とは思っていた。


 いくら季松すえまつくんが私のことを見てくれている(実際本当に心躍るくらい彼は私から目を離さなかったので最&高だったのだけれど)としても、崎山先生の動向まで制御出来るという理由にはならないのだから。


「――集中を切らした状態で練習は良くないから、実践を前に一度休憩しましょう、体調が良くないと思ったらすぐに私に報告して頂戴ね」


 杞憂と考えるべきではない。練習に身を入れる為にも、今一度考えを整理しておくべきね――と、水分補給を行った時だった。


「! ――……」


 私にしか見えない角度で、一人の女子生徒がペコリと丁寧に頭を下げる。


 てっきり彼女はあの部室に何かの呪いで死ぬまで縛り付けられているのかと思っていたけれど、どうやらそういう訳でもないらしい。




 ――とはいえ、私はあまり秋ヶ島先輩が好きではないので、こちらから率先して会いたいとは思ってなかったのだけれど。

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