第41話 美人転校生は幼馴染
無論そんな名前に馴染みがある筈があろう訳がない。
だがどういうことか、その言葉に違和感を覚えない自分もいた。
だからなのか、遠く淡い、それでも確かに残っている記憶がすっと俺の視界を染めたような気がした。
◯
「ブロッコリーなんてにんげんがたべるもんじゃねえから!」
小学生時代の俺というのは、まあ簡潔に言って我儘なガキである。
学校では我が物顔でクラスを掻き回し、それでも面白い存在だった為男子からの評判は良かったが、女子からの評判はすこぶる悪い、そんな幼少期。
しかし、クラスでお山の大将を気取ることは出来ても、一家のボス猿はまごうことなき母親。
どれだけ自分の強さを誇示しても、母親にマウントを取られ続けるのは当時の俺は面白くなく、よく反抗したものだった。
因みに父親は母親の尻に敷かれているので味方にはなってくれない。そんなある日の朝、俺は大嫌いなブロッコリーを口にねじ込まれたのである。
「あっ! 正人! 待ちなさい!」
「ほうほんないへいへやるはばーか!」
我慢の限界に達した俺は、ランドセルを背負い負け犬の遠吠えをかますと、反逆の気持ちで登校とは違うルートへと逃げ出した。
もう学校になんて行ってやるか! そんな気持ちで走り続けていたのだが、いつもと違う朝の風景に俺の気分は妙に高揚し始める。
皆は学校に向かって歩いているのに俺は違う。サボるってこんなに気持ちがいいのかと、気づけば鼻歌混じりにスキップをしていた時だった。
「……ん? んん……?」
放課後、友達と遊ぶなら何処かランキングトップ3には確実に入る公園の、滑り台の頂上に人がいることに気づく。
年は自分と同じくらいか、体育座りで微動だにしない女の子を見て何故か俺は不思議より先に嬉しさがこみ上げてきていた。
まさか学校をサボる仲間がいるなんて! しかも女の子だ!
無論この齢で疚しさを持ってそう思ったのではない。
寧ろ日頃から女の子には自分の行動を咎められることが多かったので、同じ考え方をする子がいた事実に嬉しくなったのである。
「おーい!」
「!」
俺は思わず叫んで彼女に手を振るが、ピクリと身体を震わせた彼女は一瞬だけ俺の顔を見るとすぐにまた俯いてしまった。
このような反応、今の俺なら家に帰ってから自分の行いを無限に反省するレベルで凹んでいただろう。
だが昔の俺はウザい客引き並の粘り強さがある。こんな所で引き下がるような軟弱なメンタルで生きてはいない。
「おはよう! ねえ何をしてるの?」
「…………」
しかし彼女も彼女で弱メンタルの持ち主なのか、俺の言葉には一切反応しようとしないので、痺れを切らした俺はそのまま公園内へと侵入。
あっという間に滑り台に辿り着くと、滑る側から彼女の下へと辿り着いた。
「ねえねえ、いくらなんでも朝から暗すぎじゃない?」
「…………うるさい」
我ながら随分と無遠慮な男である。
だが先にも述べたように喋るのを辞めないのが当時の俺の無鉄砲さ。
「もしかして学校に行きたくないの? いやなことでもあった?」
「……もう学校行ってもいみなんてないから」
「え! も、もしかしていじめられてるの……?」
「ちがう……でもいきたくない」
その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす、もしそうだったら間違いなく自分の中の正義感が立ち上がっていたことだろう。
いやはや昔の俺には敬礼である。思春期で性格が180度変わった俺に是非ともグーパンを入れて欲しいものだ。
「んー……じゃあ家には帰らなくていいの?」
「おうちはもっとかえりたくない……」
「それはこまったね……そっかぁ……じゃあさ! おれも学校行きたくない仲間だからいっしょに遊ばない?」
「へ……? きみもいきたくないの?」
ずっと俯いたままだった彼女がようやくそこで顔をあげる。
前髪が長くて感情を窺い知ることは出来なかったが、でも俺は反応してくれたことが何より嬉しく、声が弾んでしまう。
「うん! だって行きたくないのに行ったって楽しくないし」
「……でも、学校は行かなきゃいけないものって、おかあさん言ってたよ」
「そんなのおとなのつごうだよ。それに学校に行ってるのはおれたちなんだし、決めるけんりはおれたちにだってあるよ」
「そ、そうかな……?」
何と生意気なクソガキなことだ、母親はさぞ苦労したことだろう。こういう部分は思春期を経て大人しくなった自分に敬礼をしたい。
「だから、行きたくなったらまたいく、無理するひつようなんてない」
「じゃあ……行きたくなくてもいかないといけない時は……?」
「えっ、うーん……そうだなぁ……うーん……」
小学生が答えるにはやや難しい質問だ。実際大人でも『それでも行くしかない』という言い方しか出来ない気がする。
俺もそれが間違いとは思わない、でもその時の俺はこう言ったのだ。
「ううん……分かった! どうしても行かないといけないなら、帰ってきたいとおもえる場所におれがなるよ!」
「え……? ど、どういういみ……?」
「だって学校に行きたくないし、家にもかえりたくないんでしょ? だったらおれが帰りたくなる場所になれば行ってもつらくないじゃん!」
「! ……ほ、ほんとうだ……」
「ね? だから遊ぼう! 二人だけのひみつの、楽しい場所を作ろう!」
「――…………うん!」
一歩間違えば胡散臭い大人になっていそうな発言だが、要はこのクソガキ、母親の逆鱗を忘れる為に遊びたかっただけなのである。
無論、この後母親にばばちるほど怒られたのではあるが、物静かで暗い彼女の不安を取り除こうと、俺は毎日公園に通うようになった。
自分に自信がないと言えば彼女の良い所を見つけて口にしたし、彼女にとって楽しい場所になるよう遊ぶだけじゃなく沢山笑わせたりもした。
すると徐々に彼女も自分から会話をするようになり、彼女がいなくなる数日前には普通に笑顔で、大きな声量で話せるようになっていた。
――そんな頃だったと思うが、彼女はこんなこと言っていた気がする。
「きみがいなかったらわたしはどうすればいいか分からなかった」
「でももう怖くない。だってきみがここにいてくれるから」
「きみのことはずっと忘れない、だから絶対また会いにくるね」と。
俺は彼女が元気になってくれて、そう言ってくれるのが何より嬉しかった。
ただ『会いに来る』はまた明日ね、くらいにしか捉えていなかったのだ。
だからそれが暫しの長い別れとは思わなかったし、実際居なくなった時俺は幽霊とずっと遊んでいたのではと恐怖すらした。
何故なら前髪が長くて素顔が最後まで分からなかったから。
でも。
今なら分かる。妹さんから発せられた
どうして
「――君は俺の幼馴染だったんだね」
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