第39話 すれ違っても繋がっている

「せおりんが落ち込んでおられる……」


 ここ最近、あれだけせおりんの背中から燃え上がっていた赤いオーラが完全に鳴りを潜めてしまっている。


 まあでも無理はないよね……恋敵かもしれない相手とバレー勝負をしてスコア以上の内容で負けちゃったんだから……。


「それに崎山先生が別のクラスのチーム指導なんて――」


 普通に考えたら一応短期間とはいえ同じクラスの先生なんだし、私達のチームを応援するのが当たり前なはずなのに……。


 でも、お陰ではっきりしていることはある、やっぱり崎山先生はせおりんの恋路を妨げようとしているんだ。


 加えて恐らく二人共球技大会の噂に気づいてる。


 だからせおりんは一生懸命練習をしてMVPを目指していて、対する崎山先生はそれを阻止しようと別チームを立ち上げている。


「見えない所でこんな火花が散っていたとはね……」


 とはいえ、このままじゃせおりんのMVPは程遠くなってしまう、練習は続けているけど前ほど身が入っていないし……。


 ここは少しでも勇気づけてあげませんとな……。


「せーおりん、せおせおりん」

「…………」


「せおせお? りんりん?」

「………………」


「セスク・ファブレガス」

「……………………」


 駄目だ……いつもならここで突っ込みを入れられる筈なのに完全に上の空で窓の外を眺めちゃってるよ……。


「……せおりん、そんなに落ち込むことないよ。バレー部の皆も全然気にしてないし――私も全く気にしてないからさ」

「…………そうね」


「それにさ、球技大会はまだ先だから、今から練習を重ねて行けば全然優勝のチャンスはあるって! これからこれから!」

「ええ……ありがとうゆかっち……」


 ようやく反応はしてくれたけど、声に全く覇気はない。


 ううん……かなりまずいよこれは……。


 きっと今のせおりんは崎山先生に何一つとして勝てる要素がないと思って自信を失っているに違いない。


 でも恋愛なんて何で勝ってるとか負けてるとかの話じゃなくて、気持ちの強さが一番大事だと思うんだけどな……。


 勿論それだけじゃどうにもならないこともあるけど……でもせおりんが季松すえまつくんへの気持ちが弱いなんて全く思えない。


「…………はぁ……」

「こ、こうなったら――」


 季松すえまつくんを無理矢理にでも連れてきて励まして貰うしか――


 ああ、でもせおりんも季松すえまつくんがいる時は努めて明るく振る舞ってるし、呼んだじゃったらかえって逆効果になるかな……。


 うーんどうしよう、困ったなぁ……でもこのまま状態でせおりんを球技大会に望ませるわけにはいかないし……――


石榮いしえさん」

「え?」


「す……季松すえまつくん……?」


 そうやって勝手に一人でてんやわんやしていると。


 いつの間にか私達の側まで来ていた季松すえまつくんが、せおりんの隣の席に腰を降ろしたのだった。


「これ、安物で申し訳ないんけど、チョコとミルクティー」

「え? あ、あの……ありがとう……待って今お金を――」


「いやいや、これはいつものお礼だから、お金はいいよ」

「い、いえ嬉しいけど……そういう訳にはいかないわ――」


「俺の方こそそういう訳には、これはあくまでお返しだから」

「へ……? お返し……? な、何の……?」


 せおりんがよく分からないと言った感じの困惑した表情でそう答える、勿論私もワケワカメだったけど、何となく良い予感がしていた。


 現に季松すえまつくんは続けてこう答えたのだから。


「調理実習で怪我をした時も、勉強を教えて貰った時も、石榮いしえさんに沢山お世話になったのに、何もしてあげられなかったから」


「あ、あ……そ、それはあくまで慈善活動みたいなもので……」


 せおりん……恥ずかしそうにしているのはとても良いけど、そこは慈善活動以外の表現がもっとあったでしょ……。


 とはいえ、思いがけない季松すえまつくんの登場でせおりんはみるみる内に気力を戻していく、流石愛のパワーでござんすな。


 ま……勉強に関しては察してはいたけどね。お陰様で私の成績は安心と信頼のドべ10でしたから、まあそれはよいよい。


 ただ、季松すえまつくんは何でこのタイミングでそれを……?


石榮いしえさん」

「はっ、はいっ!」


「今度は何をするつもりか分かんないけど……多分誰かの為だよね」

「ほへっ!? ええええと……ど、どどうして……?」


「ああいや、別に誰かの為に頑張るのはとてもいいと思うんだけど――少しは自分を大事にして欲しいと思って」

「! ……と、とても嬉しいのだけれど……でもそれはあくまで誰かの為であったとしても自分の為でもあるから……」


「うん。でもまたそれで風邪とか引いちゃうと心配するから」

「う……ご、ごめんなさい……」


 ほほう……少しピントがズレちゃってるけど、季松すえまつくん中々いいこというじゃない。


 これは邪魔をしてはいけませんなと、私はその場から一歩下がる。


 するとここから季松すえまつくんのラッシュが更に始まった。


「えっと……だからなんて言えばいいのか分かんないけど、石榮いしえさん一人が全部背負う必要はないんじゃないかな」

「え……?」


「無理しないで一緒に荷物を背負って貰っていいんじゃないかなって、石榮いしえさんのことなら絶対に誰も断らないと思うし」

「す、季松すえまつくん……」


「何なら俺でも全然。寧ろお世話になった分返したい気持ちでみなぎっているから――いつでも言ってくれると嬉しい」

「あ……」


 その言葉にせおりんの目がぐっと見開いて身を乗り出す。


 ……どうやら、せおりんのしてきたこと、無駄じゃなかったみたいだね。


「あ、あの――!」

「ん?」


「じゃ、じゃあ……その……へ、変なお願い、してもいいかしら……?」

「変でも何でも全然」


「え、えっと……じゃあその、きゅ、球技大会までの間だけでいいので、わ、私だけを見ていてくれませんか……?」


「? それで石榮いしえさんの力になれるなら、喜んで」


「はわ――――I could die for you…」


「へっ?」

「!! な、なななななんでもないわ! あっ! そんなことよりもう練習の時間なのね! ゆかっち急ぐわよ!」


「えー? いやいやせおりんここはもっと――――ぐえっ!」

季松すえまつくん! チョコとミルクティーありがとう! もうすぐクラスチームでも練習をしようと思ってるからその時はお願いね!」


「あ、おう――?」

「じゃあまたね!」


 せっかくいい感じだったのに、せおりんは私の首根っこを掴むと目にも留まらぬ速度で捲し立てると、私を連れて教室から逃げ出してしまうのだった。


 なんと勿体ないことを……でも相変わらずすれ違ったままだったけど、せおりんもちょっとは頑張ったお陰で良い特効薬になりましたねえ。


 どうやら季松すえまつくんもちゃんとせおりんのこと見てるようだし、何ならナイスガイな所を見せてくれたし……。


 いやはやこういうのを待ってたんですよ! いやー申し訳ないけどお腹一杯にさせて貰って私めは最高でございますよ!


 そんな満足感に浸っていると、ふと先行するせおりんが口を開いた。


「ゆかっち」

「? なーにせおりん」


「ありがとう、心配してくれて」

「いえいえ、だってお友達ですもの」


「あと――球技大会、絶対優勝しましょうね」

「こちらこそ、でもMVPも忘れずにね」



 それと、MVPの暁にはちゃんと季松すえまつくんに告白しようね。

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