第38話 レジェンド美冬

 崎山先生は嬉々とした表情を浮かべて体育館内へと入ってくると、近くにいたクラスの生徒に気さくに話し掛け始める。


「…………」


 顧問の先生がバレー部に顔を出すなら分かるけれど、関係のない、ましてや教育実習生が入ってくるのは普通に考えておかしい。


 あくまで他人事の如く彼女は振る舞っているようだけれど……残念ながら私の目は誤魔化せないわ。


 邪魔をしようと言うのなら……叩きのめすのみよ。


 そう思った私は手元にあったバレーボールをバチンと一度強く弾くと、それを合図と彼女の方へと歩み寄っていく。


「ん? あら、石榮いしえさん、こんにちは」

「こんにちは崎山先生、どうかされましたか?」


「ちょっと通りかかったら体育館から気持ちのいい声が聞こえてきてねー、やっぱり懐かしさって心が踊るものだから、ついね」

「崎山先生は学生時代に何か部活を?」


「中学はバレー部で高校はバスケ部よ、体育館で行う競技とは縁が深くて」

「成る程――そういうことでしたか、では」


 そう言うと私は手元にあったバレーボールを投げ、崎山先生へと託した。


「おっと……? あら、どういうつもりなのかな?」

「いえ、学生時代を思い出して――1戦どうかと思いまして」


 無論、これは宣戦布告ではない。


 そもそも彼女はどう足掻いても球技大会には参加出来ないのだから。


 もっと言えばブランクがあまりにも長い、そんな彼女の首根っこを掴んで『私の方が強い』などとアピールする程みみっちいにも程があるし。


 ただ――季松すえまつくんにいい所は見せたい。


 スポーツが出来る男はモテると相場では決まっているけれど、女はその然りではない、だからこれに意味はないとは思う。


 だとしても――ここで私が強い姿を見せれば崎山先生と差をつけられるし、何より球技大会で自信のない彼を勇気づけるきっかけにはなる。


 勝ってマイナスになることはない、だからこそ――挑む。


「うーん、でもあんまり時間がないからねー、どうしよっかな」

「軽くで構いませんよ――そうですね、1セットのみの5点先取でどうでしょうか? デュースも無しにということで」


「ふうん? それなら悪くないわね。ならお言葉に甘えさせて貰って――ふふっ、バレーなんて久し振りだから楽しくなってきちゃった」

「こちらこそ、是非お手前を拝見させ――」


「よっと」

「!?」


 話に乗ってきた崎山先生に、私は心の中で小さくガッツポーズをしながら上手く会話続けていた――のだけれど。


 突如彼女はエンドラインから上空にトスをしてサーブを打ったかと思うと、そのボールは低い弾道で反対側のエンドライン左奥ギリギリを撃ち抜いたのだった。


「う、うそ――」

「うん、まだ全然衰えていないわね。じゃ、始めましょうか?」


 私は、もう少し秋ヶ島先輩の忠告を聞いておくべきだったのかもしれない。


 でも、そう思った時には既に遅かった。


       ◯


「くっ……!」


 いつか美冬姉からだったと思うのだが、自分は割りかしスポーツが得意なのだと言っていたことがあった。


 中でもバレー一番得意で、弱小だった中学のバレー部をキャプテンとして県大会ベスト8まで導いたなんて自慢をされた記憶がある。


 だからこそ、俺は止めるべきだったのかもしれないが――いや、でもこんなのは所詮遊びだ、止める理由などあるはずもない。


 でも――何故か俺は石榮いしえさんが心配だった。


「さぁ! マッチポイントも連取しちゃうわよ!」

「くっ……まだまだ!」


 スコアは3-4、劣勢に立たされているのは石榮いしえさん側、スコア的には接戦だが正直素人目に見ても美冬姉のチームの方が優勢に見える。


 恐らく石榮いしえさんのチームは格好良く言えばワンチーム、長所も短所もひっくるめて全員でぶつかっていくスタイル。


 それに対し美冬姉のチームは万能型の彼女を軸に置いて、個々の長所を最大限に活かしていくスタイルを取っている。


 長期的に見れば石榮いしえさんチームが勝つ。だが恐らく相手の弱点を先に見つけているのか、美冬姉がそれを上手く突いているのだ。


「セイッ!!」

「うっ!」


 しかしバレー部との絆を深めている石榮いしえさんチームも意地を見せ、的確なトスから石榮いしえさんが鋭いスパイクを叩き込む。


 これで4-4、次で勝負が決まる――


「ふう……驚いたわ石榮いしえさん、とても素人とは思えないわね」

「崎山先生こそ……とてもブランクがあるとは思えません」


「これでも日頃から運動はしているからね――でもこれでもう終わりよ」

「それはやってみてから言っては如何でしょうか?」


「いいえ、終わり。何故なら――私はサーブで失敗しないから」

「何を――っ! まさか!? ジャンプフローターサーブ!?」


 石榮いしえさんが何かバレー用語を叫び、メンバーに指示を送ったかと思うと、美冬姉がトスから勢いよくジャンプし、鋭いサーブを打つ。


 それに対し石榮いしえさんメンバーの一人が着弾点に素早く身体を入れたのだが――ボールは突如独特な軌道を描き、レシーブの体勢が崩れてしまう。


 結果ボールはあらぬ方向へ――それでも石榮いしえさんは必死に追いかけ手を伸ばしたのだったが――惜しくも振れることは出来ず試合は終了。


「くっ……ま、負けた……」


 石榮いしえさんチームは負けてしまったのだった。


「――ほう、崎山教諭、衰え知らずの噂に違わぬ実力であったか」

「えっ……? 部長、崎山先生のことを知っていたんですか?」


 ぐ◯たま状態から復活した夏目さんもこの試合に目を見張っていたのだが、部長から放たれた言葉にさらなる驚きの言葉を持って反応する。


「ああ、崎山教諭は私の中学のOGでね、実は私達の中学バレー部は万年弱小だったのだけど、彼女の入部を機に強豪校まで押し上げた伝説があってね」

「弱小校を……強豪校に……?」


「まさにレジェンドと言っていいだろう。因みに彼女をここに招待したのは私さ、前々から話は通していたのだが……良い刺激になったろう?」

「それは……そうだと思いますけど……」


「因みに崎山教諭だが、どうやら球技大会で担当のクラス以外のチームを指導しようと企んでいるようでね、どうやら本気で優勝を目指すつもりらしい」

「え……? 崎山先生が、他のクラスを……?」


「ああ、球技大会などお遊び程度だと思っていたが、いやはや今年の2年生の試合は想像以上に面白いことになりそうだね」


 そう言って満足そうに笑う部長さんだったが、俺と夏目さんは目を見合わせて唖然としてしまっていた。



 おいおいおい……本当に球技大会……だよな……?

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