第34話 勘違い三倍速

「…………」

「…………」

「…………?」


 教室は帰り支度で賑わっているというのに、何故かトライアングルの線上においては張り詰めた緊張感が漂う。


 え? 2点からなる線上じゃなくて3点からなる三角形? おかしいわね……どうしてそんなことになっているのかしら。


 けれど、本来あるはずのない点へと目を送るとそこには夏目さんの姿が。


 しかも私に視線を送っているのならまだしも、何故かその視線は季松すえまつの方に向いていた。


「どういうこと――……?」


 というか、何か睨んでないかしら……は? 季松すえまつくんを睨むってどういうこと? いくら夏目さんとはいえそんなの許さな――


「いえ待って――」


 そういえば以前私が風邪を引いた時に、夏目さんは季松すえまつくんと一緒にお見舞いに来たという事件があったわね……。


 あの時季松すえまつくんは偶然目的が一緒だっただけで他意はないと言って夏目さんを凹ませるくらいに否定をしていた……。


 私はそれを信用してそれ以上の追求をしなかったけれど……。


「まさかお互い進展している自覚があるにも関わらず、否定をされたから夏目さんは怒っている……?」


 だ、だとしたら崎山美冬なんかを気にしている場合じゃないわ!


 くっ……最大の敵は身内にありとはよく言ったものね――これが事実であるなら早急に確認を取らないと――


「はっ!?」


 焦燥にかられ、どちらから行くべきかと考えていると、睨みをきかせていた夏目さんが季松すえまつくんへと猛然と歩を進め始める。


 そ、そうはさせないわ! と私も夏目さんよりも大股で歩を進める。すると殆ど彼女と同じペースで季松すえまつの前へと立った。


「えっ……へ……?」

「え? せおりん?」

「あ……」


 し、しまったわ……こんな露骨に二人の前に立ってしまったら真相なんて口にする筈がないじゃない! な、なんて私は愚かなことを……。


 くぅ……でもやってしまったことを悔やんでも仕方がないわ……寧ろここは上手く話を回すことで少しでも情報を聞き出さないと。


「……きゅ、球技大会」

「? あ、もしかしてせおりんも球技大会の話をするつもりだったの?」


「え?」

「へ?」


 球技大会の話をするつもりだった……? 私はあくまで導入として丁度良い話題だと思って振っただけなのだけれど。


 まさか球技大会で何かを企みを……? これはチャンスよ。


「え、ええ、そうよ、ゆかっちはどっちの競技にする予定なのかしら?」

「私はバレーだよ、やっぱり部活でやってるから得意種目でやるのが一番だよねー。せおりんはどっちにする予定?」


「えっと……私は――」

「決まってないならバレーにしようよ! せおりんスポーツ得意だしさ!」


 妙に目を輝かせて詰め寄る彼女に私は思わずたじろいでしまう。


 も、勿論私はバレーでも構わない。それに男女混合とは言ってもこれはあくまで宝明高校の2年生は女子の比率が若干多いから、バレーを男女に分けてしまうと人数的な問題が出てくるからに過ぎないのである。


 ただ――だからこそこの男女混合という点を捨て切ることは出来ない。


「ち、因みにだけれど……す、季松すえまつ……くんはサッカーとバレー、どちらを選ぶ予定なのかしら」

「お、俺は……一応サッカーの予定なんだが……」


「いやいやそこは季松すえまつくんもバレーにしようよ!」

「えっ」


「!?」


 ど、どどどどういうことなのかしら……私が季松すえまつくんをバレーに誘うならまだしも何故夏目さんが誘う理由がああああるのかしら。


 まさか……やっぱりそういうこと……? でもだとしたら私をバレーに誘う理由が……それとも、しぃ、所詮は私はカモフラージュとでも……?


「ば、バレーか……うーん……あんまり得意ではないんだよな……」

「大丈夫大丈夫! そこは私達が教えるから! ね? せおりん?」


「え? ええ……お、教えるくらいなら構わないけれど……」


 わ、分からない、分からないわ……何故夏目さんの方が優勢でありながら私を巻き込もうとしているの……。


「そ、それとも……」


 考えたくはないけれど、仮に私の季松すえまつくんへの好意を、彼女が知っていた上でやっているのだとしたら――


「…………」


 バレーという得意なフィールドで己の長所を最大限に発揮し、私との実力差を季松すえまつくんの目の当たりにさせるとでも……?


 『な、夏目さん格好いい……俺、惚れちゃったよ』『ふふふ……嬉しい、実は私も季松すえまつくんのこと好きだったのよ』。


 そして私をちらりと見て完全勝利の笑みを見せると――? ……あ、あわわわわばばばば、こ、この女……!


「――……ひィ!? せ、せおりんどうしたの!?」

「? 何を言っているのかしら、私は平常運転よ」


「いや煽り運転してる人でも多分そんな顔はしないくらい異常だよ……」

「やだゆかっちったら何を言っているのかしら、ねえ季松すえまつくん?」


「!? ……そ、そうです……ね……?」


 無論確証がない以上何一つとして糾弾する筋などない、けれどその可能性が生まれた以上何としても阻止しなければならないわ……。


 夏目さんに季松すえまつくんを取られてなるものですか……!


「え、ええと、と、取り敢えず……皆バレーでも大丈夫かな……?」

「私は一向に構わないわよ」


「よ、良かった……季松すえまつくんは――そ、そうだ! あれだったら伊藤くんを誘ってみたらどうかな? それならやりやすいでしょ?」

「ん? それはそうだな……」


「じゃあ決まりってことで! 私がメンバー表に名前を入れとくから後は心配しないでね! 皆で優勝とMVPも目指して頑張ろうね! おー!」

「お、おー……?」


「……?」


 何やら妙に急かしている感じがしたのが気になったけれど、それ以上に夏目さんが最後に言った言葉が私の中で引っ掛かる。


 MVP……? チームで優勝を目指すのは理解出来るけれど、MVPはあくまで個人賞……どうしてそこを目指す必要があるのかしら……?


 ……そういえば。いつしか他の女子クラスメイトとお話をしていた時に球技大会のある噂を聞いたことがある気が……。


「――――……!! ふっ……そう。やっぱりそういうことなのね」


 上手く誤魔化したつもりかもしれないけれど……季松すえまつくんの為に心技体全てを極めた私を甘く見ていたようね。


「昨日の友は今日の敵……」

「え、逆では……?」


 夏目さん、そっちがそのつもりなら、私も一切手を抜くつもりはないわ。



 残念だけれど、MVPは私のものよ。

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