第33話 動き始める歯車

「おい正人」

「なんだよ」


「お前球技大会はどっちの競技をやるつもりなんだ?」

「んー……サッカーだな」


「ほう意外だな、お前なら『あんなスポーツリア充がイキる場でしかない。そもそもサッカーの起源は人の生首を蹴ることから始まった野蛮なスポーツだからやる奴の気がしれん』とか言いそうなのによ」

「お前は俺をどんな捻くれ者だと思っとるんだ」


「ではスポーツが好きとでも?」

「無論好きではない、球技って時点で俺との相性は最悪だしな」


「ならばサッカーを選んだその心は」

「ベンチに抜擢されれば試合に出ずに済む」


 なるほど、やはり正人らしい考えだなと、俺は妙な満足感を覚える。


「だがそれでも絶対に一度は出場する必要はあるだろ、そこはどうする?」

「自分は足を引っ張るだけと予め告げておけばいい。さすれば迷惑のかからない試合が優勢の時の終了間際、GKとして途中出場出来るだろ」


「すげえなお前、仮病で休んだ方がまだ楽じゃねえか」

「仮病はクラスの輪を乱すだろ、これでも身分は弁えているつもりだ」


 そう言うと正人はやけに格好つけた体勢で椅子に深く腰掛け窓を見た。


 いや……言っていることは全然格好良くないんだがな。


「つうか、そういうお前はサッカーとバレーどっちにするんだよ」

「そりゃサッカーだろ。バレーは男女混合だし面倒だ、その点サッカーは野郎しかいないし、もっと言えば俺は小中とサッカーをしていた」


「ほう、初耳だな、そりゃ5股の女と付き合える訳だ」

「5股を称号みたいに使うんじゃねえ」


 第一、現状をみれば俺なんかよりお前の方が圧倒的にモテている。


 学年一の美少女と名高い石榮いしえさんから明らかな好意を受けている時点でお前程のリア充はいないと言われてもおかしくないというのに。


 無論、初めは何の冗談かとも思ったが、彼女の行動は女の子が男に対してする友達感覚の接し方ではまずない。


 何なら話を聞けば聞くほど大胆さが際立っているとさえ言えるだろう、下手をすれば恋愛未経験なんじゃと思うくらいに初心さも垣間見える。


「まあ……それを言い出すとこいつもそうなのだが」

「あん? なんか言ったか?」


「何も言ってねーよ、あと格好つけんな」


 正人も恋愛素人に加え、俺にそんな春は訪れないと卑屈な面がある。せめて勘違いをすればいいものの、それすらしないのだから中々進展しない。


 俺が間を取り持つか……? いや、わざわざ女のいる所に飛び込むのは面倒だ、ズルズル長引いて娯楽の時間を取られたくはねえ。


「それに……」


 あの崎山って実習生も妙に引っ掛かるものがある。


 別に幼馴染だからどうこうって話じゃない、幼馴染なんて近所に親子供がいりゃ殆どの奴が一人くらいはいるもんだ。


 そして――現実は何も起きずに疎遠になる、それが普通なのだ。


 だが……もし石榮いしえさんが正人と幼馴染であったと仮定した場合、話は大きく変わってくる。


 恐らくだが……この季松正人すえまつまさとって男、小学生の頃は天性の女たらしだったんじゃないだろうか。


 だとしたら……お前は俺など到底及ばない罪深き男になるぞ。


「――――ということで、以上で球技大会の説明は終わり! チーム決めは皆で仲良く決めて、後日私に報告して頂戴ね、それじゃあ終礼ー」


 などと考え事をしている間に、気づけばホームルームが終わってしまっていた。


 いかん無駄なこと時間を使ってしまった、さっさと帰るとするか。


「おい正人、帰ろうぜ――――って、正人? どうした?」

「あー……いや……」


 クラスメイトが鞄を背負い、楽しい楽しい下校時間へと差し掛かろうというのに、正人は鞄を背負おうとした段階で硬直して動かなくなる。


 何か無くしたのか? と思いながらこいつが泳がせている視線の方へと目を向けてみると――そこには若干想定を超えた光景が待っていた。


「おいおい……」


 石榮いしえさんと――何故か夏目さんとまでもが、正人をジロリと睨みつけているのである。


 こいつもしかして天性の女たらしに加えて、女に翻弄される星の元にでも産まれたんじゃないのか。


「伊藤教えてくれ……この場合俺はどうすればいい」

「……睨むことに悪意はないのは分かってんだから大丈夫だろ。話し掛けてくるまで待っていればいいんじゃないのか? 俺は帰るけどな」


「なに……!? こ、この薄情者!」

「取って喰われる訳じゃねえんだし気にすんな、じゃあな」


 そう答え、俺は蛇に睨まれた蛙の如く硬直する正人を放置し帰り路につく。


 ま……経緯は知らんが、大凡夏目さんも石榮いしえさんも崎山先生の脅威に感づいているといった所だろ。


 それに夏目さんは典型的な他人の恋愛を応援したがるタイプだ。石榮いしえさんとも仲が良いし、その点は特に心配ない。


 まあ、睨みは完全に影響を受けている気がしないでもないが。


 そして石榮いしえさんは言わずもがな。しかしだからこそそんな場所にいては俺まで巻き添えを受けかねない。


 沼の外で声はかけてやっても、一緒に沼に浸かってやるほどの自己犠牲心は俺には毛頭ないのでな、悪いが後は一人頑張って――


「あ、伊藤くん」


 と、教室を出て昇降口へと向かおうとした瞬間のことだった。


 馴染み深くはないが、聞き覚えのある声が俺の背中をがっちりと捉える。


 は……? い、いや……まさかな……そんなことある筈がないだろ……?


 だがこの声を無視する権限は俺にはない――心身ともに項垂れそうになるのを必死に抑えながら俺はゆっくりと後ろを振り向く。


「はい……なんでしょうか……」

「ごめんね、ちょっと来てもらってもいいかな?」



 無論そこには、不敵な笑みで俺を呼び止める崎山先生の姿があるのだった。

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