第32話 帰ったきた天使と悪魔

「はーい! 皆今からホームルーム始めるよー! 席についてー!」


 うむむ……何だか複雑なことになってまいりました。


 私達のクラスにいま教育実習の崎山先生っていう人が赴任しているんだけど、何とその人が季松すえまつくんと知り合いらしいの!


 しかも何でも幼馴染の可能性まであるらしくって……しかも年上で美人、せおりん大ピンチでさおちゃんに相談したんだとか……。


 ……というか超絶今更だけどやっぱりせおりんって季松すえまつくんのこと好きだったんだね。いや知ってるけどさ。


「おっ、皆聞き分けいいねー、メリハリが出来る生徒は先生大好きだなー!」


 でもさおちゃんに『あんまりお姉ちゃんを刺激しない方がいい』と言われてるから、私はなるべく隠密に調査をしないといけない。


 あくまで報告はさおちゃんから、その為に必要な情報は私が、お互いせおりんを応援する身として裏で助けてあげようってワケ。


「…………」


 にしても最近のせおりんの怖い顔というか季松すえまつくんを見るのとは別の圧があるとは思ってたけど、そういうことでしたか……。


 崎山先生が教室に入るとせおりんごと消えてなくなるんじゃないかってくらい黒いオーラが吹き出していたから、何かあるとは予想してたけど――


「……あれ? でもどうやってせおりんは崎山先生が季松すえまつくんと幼馴染って知ったんだろう……?」


「それじゃあプリント配るから後ろに回していってねー」


 考えれば考えるほど疑問が膨らんでくるけど、崎山先生のよく通る声が私の視線を彼女へと向けさせてしまう。


 えっと……崎山先生が来てもうすぐ1週間は経つのかな。


 第一印象は正直本当に先生なのかな? っていうくらいフランクな人で、寧ろ友達って言った方が正しいくらいどんな話にも乗る人だった。


 でもその距離感の中には絶対的な大人と子供の差みたいなのがあって、だからかな? ちゃんとする時は皆こうして素直に言うことを聞く。


 まあ男子は崎山先生に気に入られようとしているだけだけど……。


 私も実際話してそれを間近で感じたから、せおりんも気が気じゃないのは無理もないかな……幼馴染の大人のお姉さんは強力だよ。


「皆プリント渡った? そしたら再来週にある球技大会の話だけど――」


「あ、そういえばもうそんな時期だっけ……」


 年に二回、春と冬に行われる球技大会。


 昔はこの時期は体育祭だったらしいんだけど、結局秋開催に戻ったみたいで代わりに? 球技大会を入れたんだとか。


「ま、それはいいとして」


 私としては何をするべきかな……崎山先生と交流を深めて情報を仕入れる、のも大事かもしれないけど、やっぱり――


『そりゃあ勿論、せおりんにさっさと想い伝えさせるべきでしょ?』

「あ、悪魔さん……?」


 すろと私の中の悪魔が、大人っぽく艶めかしい声で私に囁いた。


「で、でもそこは私が決めることじゃなくてせおりんが決めることだから……応援したり助け舟は出しても、急かすのは良くないよ」

『馬鹿なこと言ってんじゃあないわよ。片想いっていうのは極論何一つとして発展していない状況を示しているのよ』


「そうだけど……でも前よりは進歩してるよ、それは間違いない」

『両片想いならまだしも、片想いに進歩も糞もないわよ、それに崎山だっけ? アンタ彼女をみくびり過ぎじゃないの』


「みくびってはないよ! だからこうして考えているんだし……ただいくら幼馴染って言っても相手は大人だしって気持ちはあるけど……」

『温いわね、アンタそれでも恋愛作品の申し子なのかしら』


「も、申し子ではないよ! それにあれはフィクションだから! 現実にはあり得ないことだからこそ惹かれるものがある訳で――」

『だからこそ、よ』


 悪魔さんは間を置くと相変わらず私を馬鹿にした口調でこう言った。


『フィクションの世界がノンフィクションに舞い降りた時、果たして人は冷静な判断を下すことが出来るかしら?』

「そ、それは……」


 少なくとも私だったら平静になっていられるとは思えない、だったら尚更季松すえまつくんがそうでいられる保証は……。


「もしかして思っていた以上に深刻……?」

『だ、か、ら、ここでもう決めてしまえばいいのよ』


 そう言って悪魔さんが指し記したのは机にある一枚のプリント。


「球技大会……あ、今年はバレー男女混合でやるんだ」

『しかも前の調理実習はとは違ってメンバーを自分達で選ぶことが可能』


「学校での距離感を鑑みればスポーツを通してっていうのは良いと思う――でもこれだと前の調理実習とあんまり変わらないんじゃ……」

『あらあら、まさか私が前回と同じ提案をしているとでも思って?』


「え……? 何か名案でもあるの?」

『知っているかしら『球技大会の神様は縁結びの神様』というジンクスを』


「あ……聞いたことあるかも……確か球技大会でMVPを取った人が好きな人に告白すると必ず付き合えるっていうあの――」


 聞いた話だけど、私の先輩の友達が球技大会でMVPを取って、告白をしたら本当に付き合えたって言っていた気がする。


 しかも学校内でもそこそこ有名なジンクスで、他にも事例はあるらしいから、全くのデマと捨てるには惜しいかも……。


『因みにアンタ、部活は何部だっけ?』

「え? バレーボール部だけど……」


『そしてせおりんは?』

「スポーツが万能……」


『つまりどういうことかもう分かるわよね?』

「私とせおりんが手を組めば、せおりんをMVPにすることが出来る!」


 うん……いける! いけるよ! 球技大会までに季松すえまつくんと崎山先生の動向さえ注視してさえおけばチャンスはある!


「悪魔さん」

『なあに?』


「やろう、今度こそせおりんの願いを叶えてあげるんだよ」

『当然よ、今から結果が楽しみね』


『ちょっと待ちなさい!』


 思いがけない提案に、私と悪魔さんの間で強い連帯感が生まれ始めていた時、突如甲高いけど優しい声が私の脳内で響き渡る。


「えっ? て、天使さん?」

『天使……まさか邪魔しようってんじゃないでしょうね? 悪いけれど今回ばかりはアンタが何を言おうと――』


『いえ、お話は全て聞かせて頂きました。確かに案は悪くありません、より詳細に詰めれば更に良いものになるでしょう』

『だったら何で――』


『私を差し置いてそういうことをしてしまったら立場がないでしょう!』

「あ……、た、確かに……」


『ですから私もその案に乗らせて頂きます、邪魔をするようなら――』

『するようなら?』


『泣いて喚いて駄々をこねます』

『いや……』


『なんですか! それとも本気で私を除け者にしようというのですか! いいですよ! 今ここでカワウソの如く泣き叫んでも――』

『別に除け者にしようなんて言ってないじゃない、それに三人寄れば文殊の知恵というでしょ? まあ私達は悪魔と天使だけれど』


『あ、悪魔さん……と、ということは――』

『皆想いは一つ、それ以上も以下もないわ』


『…………!』

「悪魔さん……天使さん……!」


 天使の登場にヒヤリ、なんていうのは変な話だけど、幸いいつもみたいに喧嘩をすることはなく、無事皆の意見が一致する。


 これで脳内会議が無事採決された。あとは皆が向かう先へ行くのみ!


「じゃあ」

『一丁』

『やってやるとしましょうか』


「『『えいえいおー!』』」


「えっ!? な、夏目さん……? きゅ、球技大会に意気込んでいるのはいいことだけど、随分と気が早いね……」



「……はっ!? さ、崎山先生……い、いや、何でもないです……」

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