第29話 幼馴染戦争

 時間は約30分前に遡る。


「お? せおりんおっはよー……お?」


 私は基本的に一人で登校することが多い、友達に会って声をかけられれば一緒に登校することもあるけれど、基本は一人だ。


 理由は勿論季松すえまつくんと今日一日どう接するかを考える為。奇跡的に最近は良好な関係を築けて入るけれど、教室内で友好的に話せているかと言えばまだまだほど遠いから。


 それに――


「せおりん朝からその顔はもう討ち入りする前だからね」

「崎山……美冬……」


「へ? 首を跳ねる相手の名前?」

「ザキヤマ」


「え?」

「知らないかしら? お笑い芸人で顎が割れた――」


「知ってるけどせおりんがそれを真剣に考えている意味が分からないよ」


 いつの間にか夏目さんが隣にいたものだから急旋回して話を誤魔化そうとしたけれど、流石に無理があったかしら……。


 夏目さんとは通学路は多少被ってはいるのだけれど、いつも遅刻ギリギリで登校することが多いから少し油断をしてしまっていた。


 でも幸い彼女はそれ以上突っ込むつもりはないようで話題を転換する。


「あ、そういえば今日から新しい担任の先生と教育実習の先生が来るよね」

「そうね、前の丹羽先生が産休に入ったから」


「でもさー……何でも次の担任教育指導の大澤先生らしいよ、あの先生数学の授業の時いつも厳しいから私苦手だなぁ……」

「それはいつもゆかっちが寝落ちするからじゃない」


「そ、それは……ね? あ、でも教育実習生はまだ名前は分かんないけど結構美人な人らしいって噂らしいよ、優しい人だといいなぁ」

「そうね……」


 正直私としては新任の教師よりも教育実習生の方が非常に気になっている所であり、それがまた私を悩ます種になっている。


 崎山美冬――秋ヶ島先輩の情報を私は毛程も信用はしていないけれど、『依頼』受け持った以上嘘っぱちの情報を掴まされていても困る。


 季松すえまつくんに直接訊いてみてもいいかもしれないけれど――確定と言える情報もないまま訊いても不審がられるだけだし……。


「対処法を教えて貰った訳でもないし……『依頼』を完遂した後にその辺も訊いてみるのも一つの手かしら――」

「――あ、ねえねえ、せおりんせおりん」


「? どうしたのゆかっち」

「ほらほら、季松すえまつくんがいるよ」


「何で私よりも先に見つけているのかしら」

「えっ!? そっち!?」


「あ――いえ、な、なんでもないのよ……」

「なんでもないようなトーンではなかった気がするけど……」


 偶然私より先に彼を見つけたくらいで何をムキになっているのよ私……。


 それに今彼との距離感は私の方が勝っている筈なのだから何も慌てることなんてないわ、だって私は裸を見られているのよ。


 一つ深呼吸をしてゆっくりと前を見据える――するとそこには確かに季松すえまつくんが一人で歩いている姿があった。


 こういう時どうして私は自然と横に並んで挨拶が出来ないのかしら――


 そうすればもっと違和感なく会話も出来るようになるのに……そういう所は夏目さんみたいな積極さを見習わないと――


「――――は?」


 と少し自戒しようとした瞬間、反省などクソくらえと言わんばかりの衝撃の映像が私の目に飛び込んでくる。


「お、季松すえまつくんおはよう!」

「えっ? あっ、お、おはよう……ございます……」


「朝から顔が暗いぞー? 良い一日は笑顔から始まるものだからね」

「は、はひ……」


 え、何なの女。いつも校門には生徒指導の大澤先生しかいないのに何でその横に見たこともない女がいるのかしら。


 しかも季松すえまつくんの肩を馴れ馴れしく叩いて笑顔で――何の権利があって彼にそんなこと――


 い、いえ待って、まさか……まさかとは思うけれど――あれが……?


「さ、崎山……美冬……?」

「ザキヤマミートゥー?」


 悔しいけれど、秋ヶ島先輩の情報力は認めざるを得ないのかもしれない。


 ましてやあの様子から察するに、あの崎山美冬という女、既にここ数日の間で季松すえまつくんと何かしらの接点を持っている――


 じゃなければあんなフランクな対応をする訳がないもの。


「これは……非常にまずいかもしれないわね……」


       ◯


 そんな背景を経て、私は強烈な危機感に襲われながらその時を待っていた。


「せおりん、もうすぐ新しい先生が来るのにその顔はまずいよ」


 一体崎山美冬は季松すえまつくんとどんな関係なのかしら……教育実習生となれば年齢は5歳くらいは離れている筈――


 そうなれば中学校の先輩後輩の関係ではまずない、なら小学校? けれど小学生の5歳差は子供と大人ぐらいの差があるからそれも考え難い……。


 だとしたら可能性としてあるのは親戚、もしくは親しい隣人レベルの、家族絡みで関係を持っている人ということになる。


「考えたくはないけれど、万が一幼馴染だとしたら――」


 たった1ヶ月しか季松すえまつくんとの関係を築いていなかった私と親絡みで数年以上の関係を築いている私とではアドバンテージが違い過ぎる。


 本物の幼馴染を決める闘いになったら、圧倒的に不利に――


「まずいわ……早く手を打たないと――」


『おーいお前ら席につけー』


 焦りばかりが私の中で蠢き、けれど何も対策を思い浮かべずにいる中で、無情にも新任教師である大澤先生が教室へと入ってくる。


 そして――それに続いて入ってきたのは、勿論崎山冬美。


『おおー……』


 一部の男子生徒から彼女の美しさに一瞬感嘆の声が漏れる。ただ厳しいで有名な大澤先生が目を光らせた為即座に口を閉じた。


 でも……確かに彼女は美人ではある。季松すえまつくんに振り向いて貰う為に顔やメイクはひたすら研究を続けてきたから分かるけれど、彼女は薄いメイクのみであのクオリティを保っている。


「…………」


 だからこそ一層彼女が季松すえまつくんの幼馴染だったら心中穏やかではないのだけれど……と思っていると、彼女の視線が一点に向いていることに気づく。


 ……前を向いているから確証はないけれど、あの位置、あの角度、そしてあの微笑み具合から考えて恐らく季松すえまつくんに向いている。


「……ふん」


 これから教師になる人が特定の男子に気を取られるなんて、あまり褒められたものじゃないわねと、変な所でマウントを取り多少の溜飲を下げていた。


 のだけれど。


「……ふっ」

「…………? ……!」


 季松すえまつくんに視線を向けていた彼女は、何を思ったか突然その視線を私に動かしたかと思うと――


 嘲るような表情を見せ、鼻で笑ったのだった。


 ああ……成る程……やっぱりそういうことなのね。



 どうやら私は崎山美冬と幼馴染を賭けて戦争をしないといけないみたい。

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