第27話 後継者伊藤の推論
「へえ。
俺の成績表を覗き込んできた伊藤はそれだけ言うと、それがルーティンと言わんばかりに視線をスマートフォンへと戻す。
「ああ、実際教え方も滅茶苦茶分かりやすくてな、まさか俺がこんな点数を取れるなんて思いもしなかった」
万年350人中200位前後を彷徨っていた俺が105位の快挙である、平均点も70点に迫る勢いであり、棒グラフの上振れは凄まじいことこの上ない。
全ては
「彼女には感謝しかねえよ、今度何かお礼をしないとな」
「? 別にお礼なんざする必要はねえんじゃねえのか」
「何言ってんだ? 無償で勉強を教えて貰って成績まで上がったってのにお礼の一つもしないなんて薄情もいい所だろ」
「そういうつもりで言ったんじゃねえよ。あのな、少しは冷静に考えてみろ、普通学年一の美女
「思う筈もない」
「だが実際はどうだ」
「テスト週間みっちり教えて貰った」
「しかもつい最近までお前を睨んでいた奴がな、変だと思わないのか」
「え――ま、まさか美人局……?」
「裸まで見てんのに怖いお兄さんが出てきてないなら違うだろ」
「じゃあ何だって言うんだよ。確かに俺だってここ最近の距離の縮まり方はおかしいとは思ってるんだぜ? でも実際何も――」
「そんなもん、一つしかないだろうが」
伊藤は心底呆れ返った表情を浮かべて目線を俺の方へと戻すと、唐突に想定のはるか斜め上のことを口にする。
「
「はぁ!?」
「しーっ! 静かにしろ!」
「あ……わ、悪い……」
思わずあげてしまった叫び声で周囲にいたクラスメイトが一斉に振り向くものだから、俺は恥ずかしくなり身を縮こませる。
幸い教室には
「お前……冗談も休み休み言えよ」
「俺が今まで正人に冗談を言ったことがあったか」
「それになりにはある」
「あ、それもそうか、だが今回は半分くらいは本気だ」
「ほう、ならば裏付ける根拠があるとでも?」
「そんなもんはねえ、だがお前も何となくは分かっているんじゃねえのか?」
「そ、それは……」
「ついでに言えば、俺の経験則から来ているものでもある」
「は? まさかギャルゲーの知識とか言うんじゃないだろうな」
「おいおい、まさか忘れてるんじゃないだろうな?」
「? 何がだよ」
疑惑の眼差しを向ける俺に対し、伊藤はいつになく自信あり気な笑みで椅子に凭れ掛かると、ウザ目に間をおいてこう答えた。
「俺は昔三次元でも割りとモテた」
「死ね」
「おい、もう少しオブラートに包め」
「殺すぞと言われてないだけ有り難く思え」
「だが少なくとも女性の振舞いってのはお前より分かっているつもりだがな?」
「ぐ……くそが……」
ただ伊藤に言われると癪ではあるが、ここ最近の俺と
ただそうなると、
俺が全クラスを股にかけるトップオブリア充の一員であるというのならその理論も罷り通るだろうが、俺の存在がそう事は易しとしない。
ならば以前伊藤が可能性を提示していた、『今以前の場所で出会っている』ということに……? しかし一体何処で――
「まあ落ち着け。前にも言ったが危害を加えられてないなら深刻に考えることはないんだからよ、今まで通り交流を深めていけばその内分かることさ」
「そうかもしれんが……」
「それでも気になるってんなら直接本人に確認すればいいだろ」
「それが出来れば苦労はしねえ」
「ならもう一度秋ヶ島先輩に頭を下げることだな」
「どうせまた異常なし様子見だよ――」
まるで拗ねたような口振りをしてしまったが、理由が分からないまま物事が進むというのはどうにも居心地が悪いのだ。
ましてや彼女が俺を好きかもしれないなどという妄言を下手に意識してしまえば、今後まともに顔を見て話をするなど到底出来ない。
伊藤の奴、余計なことを言いやがって……と、ひねた感情が怒りへと変わり始めていた時、何やら伊藤が「あ」と声をあげた。
「なんだ、まだ何かあるのか」
「いや、変わるっつーか、そういえば俺達の担任産休に入っただろ?」
「? ああ、確か暫く戻ってこれないとか言ってたな」
「一応代理の担任教師は決まっているらしいんだが、実はいい機会だってことで俺達のクラスに教育実習生も同時期に入るらしいんだ」
「へえ。それをいい機会と言うべきなのかは怪しい気がするが」
「まあ教育実習とはいえ、二人いれば多少の混乱も避けられるって魂胆なんじゃないのか。ただ噂によるとその教育実習生、中々の美人らしいぜ」
「そりゃ結構だが、二次元に心中を決め込んだお前がどういう風の吹き回しだ?」
「いやいや俺のことじゃなくてお前のことだよ」
「は? 何で俺なんだよ」
「だってお前は何かと顔面偏差値の高い女の子と縁があるじゃねえか、もしかしたらその教育実習生もそうなんじゃないかと思ってな?」
「……冷やかしなら俺は帰るぞ」
◯
そんな放課後のやり取りを経ての帰り路。
伊藤のあの言葉がどうにも頭から離れず、堂々巡りをしながら覚束ない足取りで家の付近に辿り着いた俺は、隣接するアパートで引っ越しの作業がされていることに気づく。
「…………」
無論そんなものは外を歩いていればままある光景だ。故に特に何も思うことなくその視線を実家へと戻し、俺は玄関扉に手をかけた。
のだったが。
「あっ、その荷物はそこに置いて貰って大丈夫ですよ」
脳に刺激を与えるレベルの聞き馴染みのある声が、扉を開ける動作を停止させ、その引っ越し現場に目線を戻させようとする。
そしてそのアパートの2階、左奥にある部屋から顔を覗かせた女性の姿に、俺は無意識に内に声を漏らしてしまった。
「み、美冬姉……?」
勿論その言葉は本当に小さいもので、間違いなく聞こえる筈がない。
なのに、引っ越し業者に視線を向けていた筈の彼女は、不思議なことに俺の存在に気づくと、曖昧な表情のままこう呟いたのだった。
「あれ……? もしかして――――ま、まさくん?」
おい伊藤よ……、お前は秋ヶ島先輩の後継者か何かなのか。
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