第26話 好敵手の影
「せおりん凄いドヤ顔」
私はもう、なにも怖くない。
何故かって? そんなの言うまでもないことよ、好きな人に自分の裸を見られてこれ以上何に怯えろというのかしら。
「乙女のせおりんがこんなに凛々しい顔をするなんて……一体何が……」
何なら裸を見られた上で普通にお話だってしてみせたわ、唯一心配事があるとすれば
つまり私の指導が功を奏せば、一層距離は縮まることに……も、もももうそろそろ告白してもいいんじゃないかしら……。
「いえ、違うわ……何を馬鹿なことを」
距離が縮まってきているからこそまずはあの時のお礼から伝えないと……そこを通してこそ私は想いを伝えるべきなのよ! それを忘れては駄目!
「せおりんは顔の感情表現が豊か過ぎるよねえ」
「ゆかっち」
「え、な、何?」
「この前はお見舞いに来てくれてありがとう」
「いやいやそんな。前にもお礼は言って貰ってるんだし、そんなの全然気にしなくていいよ、でもホント早く風邪が治って良かったね」
「お陰様でね。まあ若干悪寒が止まらない瞬間はあったけれど」
「え?」
しかもまた夏目さん誤魔化し方が妙に怪しかったものだから、本気で先を越されてしまったのではと血の気が引きかけたのだけれど……。
夏目さんが若干凹むくらい
「そうだ、今度何かお礼をしないといけないわね」
「いっ! いや、それは悪いよゆかっち……」
「? そんなことはないわよ、皆がお見舞いに来てくれたお陰で元気が出たのだから、何かお返ししないと割に合わないわ」
「いやいや! ほ、本当に大丈夫だから! 寧ろ私がもっとせおりんにお返ししないといけないくらいだし……?」
「え、何で……?」
お礼というのは無理強いするものではないから、夏目さんがそこまで言うのならいいのだけれど、何か引っ掛かるわね――
『えっ? その話本当なの!?』
『うん、何でも秋ヶ島先輩がそう言っていたらしくて――』
夏目さんの言動に疑いの眼差しを向けてしまっていると、突如隣の席に座っていた二人の女子生徒が声を上げた後に小さな声で話し始める。
「…………?」
普段は
そのせいで私は夏目さんと話をしながらも、無意識に耳を欹てて二人がどんな話をしているのか聴こうとしてしまう。
『――それってつまり、先輩と結ばれる寸前まで来たのに、恋のライバルが登場したってことだよね……?』
『そうなの、しかも秋ヶ島先輩が言うには、先輩はどちらと付き合ってもおかしくない状況だから、君の行動次第で全てが決まるって――』
『ええー? 秋ヶ島先輩は何か助言をくれなかったの?』
『何でもそのライバルも秋ヶ島先輩に相談に行ったらしくて――そうなった場合は情報は与えてもどちらかの肩は持たないらしいよ』
『ヤバいじゃん! ――ちゃん大丈夫かな……』
『恋に恋する先輩も万能ではないんだねぇ』
結ばれる寸前、恋のライバル、行動次第で全てが決まる……?
他人事ではないというか、何だか退っ引きならない話をしているわね……。
「せおりんの顔が張り込み中の刑事みたいだよ」
「あっ、ご、ごめんなさいゆかっち、どうかした?」
「いやどちらかと言えば私というよりせお――」
「そ、そう! ならいいのだけれど……」
ゆかっちに怪しまれかけた私は何とか体裁を良くして誤魔化しながら、さっきの彼女達の会話を冷静に思い返す。
彼女達の会話の中に頻繁に出てきていた秋ヶ島先輩という名……確か『宝明高の影の支配者』と呼ばれかなりの情報通と聞いた覚えがあるわね。
特に色恋沙汰には深く精通していて、これまで数多くのカップルを誕生させてきたなんて話も――
正直あまりに胡散臭くて眉唾物としてか聞いていなかったけれど……
事実、相談相手がいない状況の中私はここまで良くやったと自負はしたいけれど、最上の結果を残す上ではそろそろ限界を感じていたから。
◯
「そろそろ来る頃だと思っていたよ、
放課後。
私は
「……噂通りの地獄耳なんですね、秋ヶ島先輩」
「フルネームを言っただけでそう怖い顔をしないでくれ給え。情報通でなくとも名前くらいは知っているさ、君は有名人だからね」
「……? そんなことはないと思いますけど」
「自分が思っている以上に他人は自分を知っているという意味だよ、あまり深く捉えないでくれると助かる」
話に聞いていた通りではあったけれど、秋ヶ島先輩は思っていた以上に不気味な雰囲気を醸し出す人で、私は思わず身構える。
あまり下手にベラベラと喋って不用意に情報を与えるのも良くない、あくまで彼女が主体で話を進めたほうが良さそうね……。
「…………」
「ふむ、私は君の手助けが出来ればと思ってはいるが、こう警戒されては埒が明かないね――仕方ない。本来は『依頼』を完遂した上で情報を提供するのが私の流儀ではあるが、今回は特別に先に情報を提供してあげるとしよう」
「……そんな都合の良いことがあるのですか?」
「君と
当然ながら知っていると言わんばかりの物言いは、気味悪さを覚えこそすれ、奇妙なことに安心感を覚えさせようとしてくる。
だから私は少しだけ警戒を解くと、素直に話に応じる体勢を取った。
「――そういうことでしたら、お話を聞かせて頂きます」
「訪れてきたのは君なのにその現金さは嫌いじゃないよ。――だがこれから話す内容は助言ではなく警告と言った方が正しいのかもしれない」
「……どういう意味ですか?」
つっけんどんな対応をしてしまっていることは否定しないけれど、無論私は秋ヶ島先輩の『依頼』を遂行した上で情報を訊くつもりではあった。
尤も、最初に言ったようにそれを全て信じるのではなく、あくまで参考として――それこそ彼の好みの料理くらいを知れれば万々歳程度のつもりで。
けれど。
彼女が発した言葉はその想定の遥か上を行く、眉間に皺を寄せたくなるような奇妙なものであった。
「今週末に臨時教師が君達のクラスに着任する筈だ。名は
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