第13話 怪我の功名?
『うん、そこまで深く切れてないから、授業に戻っても大丈夫よ』
そう思った瞬間、頭の中で警笛を鳴らしながら堂々巡りしていた思考がピタリと止み、気づいたら私は
『それじゃあ先生は少し職員室に行ってくるから、貴方達のタイミングで戻っていいわよ――ま、ごゆっくりー』
「は、はい……ありがとうございます……」
年はまだ二十代だった気がするけれど、美人で大人びていて、男子からの評判の高い女性の保健の先生は笑顔で手を振って保健室を後にする。
「…………」
「…………」
私と
あれ……そういえば彼が指を切った時、私何かしたような……。
考えれば考える程自分のした失態に気づき始め身体がぐんぐんと熱を帯び始める、顔が赤くなってしまっていると思った私は堪らず両手で顔を抑えて誤魔化す。
「あっ……そっ、そのっ……」
何かを言おうとするとまたいつもみたいに喉が締め付けられ上手く声が出てこない、わ、私……そんなつもりじゃ……。
でも、あんなことをやってしまえばどう考えてもに軽蔑されるに決まってる、けれどやってしまった以上言い訳のしようもない。
やだ……恥ずかしくて死にそう……
「
そんな些細なことが、また逃げ出そうとした私を、その言葉が繋ぎ留めた。
「
今にも消えて無くなりそうな声で、それでも精一杯絞り出すと、彼は困ったような、それでも照れながらの笑顔を私に見せてくれる。
そんな顔を私に……それが不覚にも私の瞳がじんわりと暖かくさせる。
泣いてはいけない、泣いたらまた困らせてしまうと、必死になって我慢しようとしたのに――彼の口から優しく渡された言葉は、涙腺を容易に崩壊させてしまった。
「ありがとう、手当てしてくれて」
とてもありふれた、別に他の誰かにそれを言われても嬉しいくらいの気持ちしか沸かない言葉が、それは私の心に深く突き刺さる。
「ふ、ふぐぅ……」
「い――! ちょ、い、
「ち、違う……の、そ、そうじゃないの……」
嗚咽を抑えながら私はそれを必死に否定する。ああもうどうしよう……うまく言葉が出てこないわ、
最早立っているのも限界で、その場でへたりと座り込んでしまう。
でも、そんな私を見ていた
「あ、あの……」
「いやー……女の子を2回も泣かせたら、どう考えても俺が悪いな」
「そ、そんなこと」
違うの、
「でも、それでも手当してくれるなんて、
「にゃっ――!」
「ニャ?」
そ、そんな言葉、め、滅相もない……これはもう、死んでしまいます。季松(すえまつ)くん好きです愛しています結婚して下さい、好き好き大好き大大大好き。
こんな、混乱させるようなことしかしていない私なのに、彼はそんなことよりも自分に対してしてくれたことだけを見てくれている……。
外見とかそういうのではない――内面の、良い所だけを見て接してくれるのが彼のとても素敵な所、だから私は
あの時もそう――今みたいに砂場でしゃがんで話をしていた時も、根暗で無口な私を否定しないし、それどころか些細な行動、言動を見て『君のいい所』と言ってくれた。
だから今の私がある、
「まあ……傷口を舐められたのはビックリしたけど……」
「あ、あのあのあの……! そ、それは何と言えばいいか……お、親が、母親が怪我をしたらそうしてくれたから……つ、つい……」
「それは俺もあるけど、普通小学校までだよね」
「う……そ、そうよね……」
そんな私の反応を見て
は、恥ずかしい……。もう……本当に何であんなことやってしまったのかしら……。
「でも、正直ちょっと、ホッとしたかなって」
「……? どういうこと……?」
「いやー……俺って
「へ……? な、何でそういうことになるの!?」
予想だにしていなかった言葉に私は驚きを隠せない。私が季松(すえまつ)くんが嫌いなんて何回生まれ変わってもあり得ない話なのに!
「え、でも――」
「そ、そんなことはない……よ、だ、だって私は――」
千載一遇のチャンスだったにも関わらず、そこでまたしても私の声帯は殻に閉じこもったかのように狭まり声がでなくなる。
せ、せめて……好きとは言えなくても私はあの公園にいた女の子ですとだけでも……お、お願い……もう少しだけ私……頑張って!
しかし、この一歩を踏み出すのが本当に大きな勇気がいる。何なら言葉遣いすらあの頃に戻っている私は、自分で自分が嫌になるくらい退化してしまっている自覚があった。
「…………」
「…………」
……折角、
「……と、取り敢えずそろそろ授業に戻ろうか、あんまり皆を待たせても悪いし、調理実習が終わってしまったら迷惑をかけるし」
「あ――」
そんな沈黙を断ち切ってしまおうと、彼はそう口にするとゆっくり立ち上がる。
ああ……このままじゃまた何時も通りに戻ってしまうわ……まだ何も前進していないのに、もう二度とないチャンスかもしれないのに――
そ……それだけは、絶対に駄目!
「す、
「は、はい!」
背を向けた彼に無意識の内に名前を叫ぶ、
愛を伝えたり、昔の話をしたら声が出なくなる。でも何か言わなきゃ始まらない、ならせめて、それに近づくだけの言葉を口にしないと――
今にして思えば、シンプルに『友達になって下さい』で良かったのに、相当焦っていてた私は、とんでもない言葉を口にしてしまうのであった。
「あ、あの! 良かったら私と1日の報告会をしませんか?」
「……………………はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます