第12話 石榮さんはあわてんぼう
短い人生ではあるが、ここまで悪魔の笑顔が似合う女の子を見たことがない。
え……いや……どういう……? 夏目さんは俺にはゴーヤーを、
「ゆ、ゆかっち……!」
酷く険しい表情の
そりゃそうもなるだろ……気づいていないフリをしていたがこの事態になる前から
それこそ両肘をついて手元を鼻下に置くゲンドウスタイルでしたから、ええ。
「……どえらいことになったな、正人」
「少なくとも飯の味なんぞこれっぽちもしないだろうな」
何なら粗みじんの勢いで指を落とされるかもしれない……。
しかし何だって夏目さんは……どう考えても男女で分かれて作った方が良いし、何より彼女は俺と
夏目さんの真意が全く見えず頭を抱えてしまっていると、ふと先週のことを思い出す。
「いや……? 待てよ……?」
そういえば
そしていつも明るい夏目さんではあるが、今日は取り分けご機嫌……つまり彼女はこの調理実習に向けて何か計画を立てていたに違いない――
加えてこのスクールカースト上位様の特権をフルに活かした横暴な振る舞い……。
俺と
「やってくれたな、伊藤……」
「は? 何の話だよ」
そういうことだったのか夏目さん……あの依頼で起こった出来事から何か芽吹く可能性なんて微塵にもないとは思っていたが……まさかこんな身近な所に……。
悔しいが伊藤は二次元に魂を売ってはいるせいで変人扱いされがちだが、そこそこ顔は悪くないし、実は意外に社交的に話も出来るタイプなのである。
ほら、いるだろ? 主人公の悪友的ポジションで滅茶苦茶人当たりの良い爽やかイケメン。そこからイケメンを薄めて、滅茶苦茶を取って、二次元にしか恋をさせなくしたらこいつだ。
「ふー……しかしそうなるとまさに四面楚歌……だな」
「だから何の話をしているんだよ」
因みにこいつが二次元にしか恋をしなくなった理由は、三次元で初めて付き合った女が4股をするようなとんでもないビッチで、しかもそれがバレた際誰がこの女の一番なのかを決めるという話になり無差別マッチをさせられたのである。
だがその中の一人が同じ中学生とは思えないゴリゴリの柔道戦士だったらしく、無双するその男に非力の伊藤は玉砕覚悟で突っ込み、巴投げで宙を舞ったそうな。
それ以来、二度と三次元には恋をしないと誓ったらしい。
「ま……それでもモテるのは素直にムカつくけどな」
「さっきから何いってんだお前」
俺なんて今からデスクッキングを生配信しないといけないのに……なんたる格差社会か。
せめて
あれかな、私から直々貴様の高校生活を終わらせてやるという決意の表れなのかな。
だ、だがそれなら俺も極限まで足掻いてやろうではないか……! 号泣しながら土下座するぐらいならやってやるぞ俺は!
◯
作業は当然ながら3ペアに分担された。
チャンプルーの食材を切る係、ムニエルの下準備をする係、そして手際よく進める為に調理や盛り付けをする係の3組。
他の班も和気藹々と料理を作り始める。年に1回あるかないかのサービス授業に誰もが楽しそうにし、中には笑い声まで上がっている班もいた。
「…………」
「…………」
さて俺はと言えば、無言で野菜を刻む
料理経験があるのかとかく手際が良いのだが、小刻みに俺を睨んでは食材を切るので如何せん危なっかしくてハラハラする。
そもそも刻んだ食材をボウルに入れる作業は必要なのか……だが距離を少しでも縮めれば彼女はピクンと身体を跳ねさせ、包丁が震えるので俺も命懸けだ。
とても調理実習とは思えない過酷な状況に夏目さんや伊藤に目線で助けを求めるが伊藤はそもそもこっちを見てもいないし、夏目さんに至っては気づいても笑顔で謎のウインクを送ってくるのみ、あれか『早く死ねよ☆』ってことか。
こうなると何もしないが最良でしかない、俺は置物なのだと自分に言い聞かせながら様子を見ていると、ふと
「…………
「…………」
聞こえるか聞こえないかの声で呼びかけるが、反応はない。
だがよくよく見ると彼女が凝視していた先にあるものは――ゴーヤーだった。
切り方が分からないのだろうか? まあ珍しい食材ではあるしなと思った瞬間――何を思ったか突如彼女は包丁を逆手に持ちゴーヤーを突き刺そうとしたではないか。
「は!? ちょっ! ストップストップ!」
あまりの暴挙に堪らず止めに入る。
「あの、いや……そ、そろそろ順番変わろうか……? 一応授業だしさ、俺も食材とか切っておいた方がいいと思うし……」
「…………」
言葉にはしなかったが、彼女は小さく頷くとまな板の前からズレてくれたので俺はホっとして包丁の回収に成功する、あ、焦った……。
マジでどうなるかと思ったが、俺は気持ちを入れ直すと包丁を握ってゴーヤーの両端を切り落とすと、縦半分にカットする。
実は料理自体は苦手ではない。というのも一時期ブロッコリーを食わない代わりに母親の料理を手伝うという条約を結んでいたからだ。
故に知識はあるので今度はスプーンを取るとゴーヤーの中にあるワタをこそぎ落とした。
「よし、あとは輪切りにして塩揉みすればオーケーだな」
「塩揉み……?」
「苦味が緩和されるんだよ。ゴーヤーって癖があるけど大体この一手間をケチるからなんだよな、多分これで少しは美味しく食べれると思うよ」
「そ、そうなのね……!」
まあ親ってのは手間よりも時短だから滅多に言えたもんじゃないが――
ていうかあれ……? 俺、今
そっと横目で彼女を見みるとまるで神でも見たかのような眼差しを向けられていた……調べればすぐ分かる豆知識だから
……いや待ってくれ。俺が
「――――――――……っつ! い、痛え……」
だが慌てたり、動揺しながら作業をして良い事など何一つないのが料理の鉄則、暫く料理をしていなかったこともあってか、ザクリと自分の指を切ってしまった。
しかも指を切った時の血は中々止まってくれない。まずいな、余計な騒ぎになる前にさっさと保健室に退避するとしよう。
「あー……やっちゃったな、先生すいま――」
「――――のせいで」
「へ?」
すると、隣で何かを呟いた
だが、次の瞬間。俺の怪我をした人差し指に自分の唇を近づけ――
そのまま流れ出た血を、舌で舐め取ったではないか。
「い――――! い、
あまりにも飛躍し過ぎた展開に思考が置いてけぼりになる。だ、だが異常事態であることは変わりないので俺は動揺しながら周囲を見渡した。
ど……どうやら怪我をした際に大声を上げなかったお陰で誰もこっちには気づいてはいないようだ……し、しかしこれは……。
「い、
「
頭が真っ白になり過ぎて思考が纏まらないが、
「先生少し宜しいでしょうか! 季松(すえまつ)くんが怪我をしてしまったので保健室に連れて行っても構いませんか?」
『ん? あーやっちゃったのか、料理の進行は大丈夫そうか?』
「はい。食材は切り終わりましたし、ムニエルの下準備も問題ありません。そうよねゆかっち?」
「えっ、……う、うん……そうだけど……」
『そうか。なら料理ができる前には戻って来いよ』
「ありがとうございます、
「え、あ、お、おう……?」
全く理解が追いついていない俺に対して、
何が……どうなってんだこれ……?
どうにか冷静に考えようとするも、その度に左手人差し指から感じる湿った感覚があの情景をフラッシュバックさせ、俺の鼓動を早めてくる。
おいおい……このままじゃ出血多量で死んでしまうぞ……。
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