第11話 ゼロ距離クッキング

「こ、これは一体……どうなっているのかしら……」


 調理実習の前に配られたプリントを見て、私は言葉を失った。


 内容は今日の授業で作る予定の献立(作り方は教科書に載っているのでそれは割愛)なのだけれど、そんなものに目などいかないぐらい目を奪われたのは、班割りの構成だった。


「ど、どうして……私と季松すえまつくんが同じ班なの……?」


 率直な所、私は半ば諦めてしまっていた。


 何故ならどう足掻いても班割りなんて席が近い者同士で組まされるもの、あったとしてもくじ引きといった、確実性の無いやり方しか選択肢はなかったから。


 それでもくじ引きやあみだくじなら細工のしようはある、でもそれは私の季松すえまつくんへの想いを知っている人と共謀することが前提条件だから、実質的に不可能。


 ならせめて何気なく他の子に話かけるフリでもして、季松すえまつくんの班に割り込み料理を手伝い間接的に手料理を食べて貰う、それしか方法無かった筈なのに――


「やったね、せおりん! 私達同じ班だよ!」

「え、ええ、そうね……」


 夏目さんが嬉々とした表情で私にそう言ってくるけれど、私は困惑した気持ちを抑えることが出来ず、浮ついた返事をしてしまう。


「? せおりん……嬉しくないの……?」

「えっ? ――そ、そんなことある筈がないじゃない! ゆかっちと一緒の班でとっても嬉しいわ、一緒に美味しい料理を作りましょうね」


「あったりまえじゃん! 皆で楽しい調理実習にしようね!」


 夏目さんまで一緒の班なんて、どう考えても普通ではないわ……。


 家庭科の先生は『完全無作為で選んだ』と言っていたけれど、到底そんなランダムで決まった班割りには思えない。


 何なら他の班の人達すらそれなりに不満のない面子で構成されている。だから誰も不満を言わないのだけれど……こんなことってあるの……?


 かなり肯定的に捉えれば神様が『まだ諦めるんじゃない、チャンスはあるぞ』と言ってくれているとも……まあ最近御守りは落としたのだけれど……。


「さ! せおりん早く家庭科室に行こうよ!」

「え――あ、ちょ、ちょっとそんなに引っ張らないで」


 どうにも腑に落ちない状況に理由を探し求めようとしたけれど、ご機嫌な夏目さんに手を引かれてしまった私は、途中で考えるのを止めざるを得なかった。


 で、でも……ということはつまり……私は季松すえまつくんと近い距離で料理を作って……そして一緒の席でた、たたた食べられるってことなのよね……?


       ◯


「ひぃ……ふぅ……」

「せ、せおりん大丈夫……?」


「だ、大丈夫よ……調子はすこぶるいいから」

「赤ちゃんでも産まれそうな呼吸だけど……あと顔が凄いよ」


 つ、机を挟んで向かい側に季松すえまつくんがいる……。


 勿論、近くで彼を見たのは今日が初めてではない、私が壮大な勘違いをした時だって、公園で顔を合わせた時だって間近で見てきた。


 で、でもそれはほんの数分、数十秒の話であっていずれも私はその場から逃げ出してしまった……でも今は何処にも逃げ場がない。


 かれこれ5分以上は彼を至近距離で見てしまっている……うう……さっきから鼓動が早くなって……顔、赤くなってないかしら……。


 ここまで近いと直視なんて出来る筈もない。でももっと彼を見たい……そんな感情が入れ替わり立ち替わり起こるせいで自分の目線が何処にあるか分からず目が回ってしまいそうになる。


「お、オエ……」

「せ、せおりん本当に大丈夫なの……? 体調悪いなら保健室行く……?」


「き、気にしないで……ちょっとテンションが上がっているだけよ」

「せおりんはテンションが上がるとえずくの……?」


 恋に酔うとはまさにこういう事かしら……いえ、多分これは普通に気持ち悪いだけね。


 困ったわ……季松すえまつくんが気になり過ぎて、これでは料理に集中出来ない……。


 だからって料理もしないで凝視していたら完全におかしい子だと思われるし……そ、それなら何でもいいから話し掛けた方が――


 ああもう……どうしたらいいの……こんなチャンスもう二度とないかもしれないのに……ちょっとでもいいから季松すえまつくんとお話を……。


『えー、そしたらまずは教科書の126ページを開いて――』


 平静を装ってはいるものの、感情がぐずぐずになっていた私は気持ちを落ち着かせる意味でも先生の言った教科書のページを開く。


 作るのはチャンプルーと魚のムニエル、どちらも調理経験はあるから大丈夫……料理は爆発なんて言い出す人がいなければ普通に美味しいものは出来る筈……。


 ――だったのだけれど、次に放たれた先生の言葉で、私は目が点になった。


『因みに教科書にはチャンプルーと書いてあるが――より郷土料理の味を理解して貰う為にも今回はゴーヤーを用意したからなー』


「…………は?」


 い……今この教師はなんて言ったのかしら、教科書に載っていない食材を独断と偏見で用意した、そう言ったわよね。


 い、いくら国家公務員だからってそんな横暴が許されるとでも思っているのかしら……しかもよりによってご、ゴーヤーですって……?


「そんなの入れたらチャンプルーが死ぬじゃない……!」

「せおりん!?」


 あんなのただの苦虫以外の何物でもないわ……! ブツブツの虫……ほぼ芋虫をチャンプルーにぶち込むなんて人間のする所業とは思えない……!


 しかもそれを季松すえまつくんに食べさせるなんて……絶対に許してはいけない! そんなの私が命に変えてでも阻止しなきゃ……!


「おい、正人」

「ん? 何だよ」


「お前ってさ、ブロッコリーは無理だけどゴーヤーはいけんの?」

「あー嫌いではねえな。そもそもブロッコリーの森感が嫌いなだけであって野菜自体は苦手じゃないし、それにゴーヤーって意外と癖になる味なんだよな」


「苦味って料理における最高のスパイスよね、ゆかっち」

「え? 何が?」


 香りもさることながら、本当は見るのも嫌なくらい緑のイボ付き棒には敵対心があるけれど……季松すえまつくんがそういうのなら……!


 む、寧ろこれを機に克服するつもりでいなければいけないわ――憎きゴーヤーをきっかけに彼との関係を深めるのよ、私!


 私は机の下で小さくこぶしを握りしめると、無残に切り刻まれた姿をイメージしてからゴーヤーをキッと睨みつけた。


       ◯


 そうして、ついに始まる調理実習。


 各班に配られた食材を前にして私は季松すえまつくんが視界に入らないように(入ってしまうと緊張して喋れなくなるから)してからゆっくりと口を開いた。


「そうね……じゃあ時間に制限もあるしチャンプルーを作る組と、ムニエルを作る組に分かれることにしようかしら――」


 チャンプルーはざっくり言えば行程は簡単だけれど、その分多くの食材を切る手間がある。逆にムニエルは切る行程は殆ど無いから火加減さえ気をつければ然程手間のかからない。


 それならチャンプルーは女子で、ムニエルは男子でやるのが一番無難かしら……と思っていると、夏目さんが私を遮ってぐいっと間に割り込んできた。


 何かあったのかしら……そう思い様子を伺っていると――


 彼女は何を思ったのか、朝から継続中のご機嫌極まりない笑顔そのままに、トンデモナイことを言い出すのであった。


「よーし! じゃあ行程毎に男女ペアになってやろっか! そうだねー……グーチョキパーで合わせる時間も勿体ないし向かい合ってる同士ってことで! せおりんは季松すえまつくんとね!」



「「……え?」」

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