第7話 夏目由香は知っている

 皆さんこんにちは! 私の名前は夏目由香なつめゆか


 県立宝明高等学校に通う2年生でクラスは2組! 皆からは『なっちゃん』って呼ばれたり『ゆかっち』って呼ばれたりしてるよ!


 部活に勉強バイトと忙しい日々だけど、毎日凄く楽しくて充実しています! 学校に行けば友達とお喋り出来るしね!


 そんな私ですが、最近新しくお友達が出来ました、名前は石榮雪織いしえせおりさん、帰国子女で今年から編入してきた子なの。


 もうね、とにかく全てが規格外って子! 英語が堪能なのは言うまでもないんだけど、滅茶苦茶綺麗だし頭もいいし、しかもスポーツまでお手の物!


 ちょっと寡黙な子なのかなって、見た目で勝手に思っちゃってたんだけど全然そんなこともなくって、とても優しくて面白くてもう隙無しっていうか!


 ……おまけに胸もデカいもんだから一切の勝ち目無しって感じだけど……でも話をしている内に仲良くなっちゃって、今じゃ大切なお友達!


 ――――なんだけど、最近私は少し悩んでいます。


「せっせっせーおりんりんりん」

「私の名前で手遊び歌しないでくれないかしら」


「あ、やっと反応した」


 というのも、石榮いしえさんことせおりんはこうやってよく意識が飛ぶのです。


 いくら名前を読んでもずっと上の空というか、心ここにあらずって感じで、酷い時は会話の途中で突然意識が飛んだりすることもしばしば。


 しかもその時の顔が超怖い、あれだけいつも優しくて笑顔を振りまいているせおりんが人殺しの目になるもんだから私も最初は怯えてしまった。


 ただ――私はその理由に気づいてしまったのです。


「因みにせおりん今日は何について考え事をしていたの?」

「バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想に関してちょっと」


「それって日本語?」


 せおりんはいつもこうやって意識が飛んでいる状態を考え事と言って誤魔化す。何なら私じゃお話にならなさそうなワードを口にして煙に巻こうとするんだけど――ごめんせおりん、お馬鹿な私でもそれが違うってことくらい分かるよ。


 だってどう見てもせおりんの視線は季松すえまつくんにしか向いてないんだもん。


 寧ろそれを気づかないフリをしてやり過ごす方が大変なくらい、せおりんはいつも季松すえまつくんをガン見している、そろそろ彼に穴が空くんじゃないかな。


 最初こそ、せおりんは季松すえまつくんが嫌いなのかな? と思っていたんだけど、どうやらそうでもなさそう。


 というか十中八九、せおりんは季松すえまつくんが好きだ。


 だって季松すえまつくんから視線を戻した時のせおりんの顔は完全に乙女だから! 溜息なんかついちゃって、頬がちょっと赤いのもバレバレだからね?


「ねーねーせおりん」

「どうしたのゆかっち?」


「せおりんってさ、好きな人出来たら待つタイプ? それとも自分から行くタイプ?」

「まず好きな人が出来たことがないから分からないわね」


 しれっと苦しい嘘つくなぁ……。


「まあまあ! 例え話だからさ! 軽い気持ちで言ってみてよ!」

「そうね……やっぱり自分から積極的に行くんじゃないかしら?」


「え」

「待っていてもその人が振り向いてくれる保証なんて何処にもないじゃない? だからやっぱり好きだと思うなら自分から行かないと駄目だと思うわ」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい! 逆! 真逆ゥ!


 言ってることとやってることが全く違うんだよせおりん! しかもそれで隠し通せているつもりなのがなおのこと怖いよ!


「はぁ……何でそうなるかな……」

「……? ゆかっち大丈夫?」


 とはいえ、一目惚れなのか、もしかして昔付き合っていたのかは分からないけれど、私としてはせおりんを応援したい気持ちはある。


 そんな顔してたらいずれ他の子にもバレちゃうかもしれないから、そういう所も直してあげたいし、キッカケとかも出来るなら作ってあげたい。


 何も出来ずに遠くから睨んでるだけなんて絶対いいことなんてないし、今日に至っては笑みを浮かべて睨んでたし……最早サイコだよ。


「せおりん。恋ってさ、やっぱり相手にとって自分が一番の人でありたいと思うじゃん」

「? それは……当たり前だと思うけれど」


「だからやっぱり誰かに相談するって結構怖いことだと思うんだよね、それが結果的に悪い方向にいくかもしれないと思うと余計に言えなくなっちゃうし」

「そういう……ものかしら?」


「でもやっぱりそれでも、悩んでいるなら相談して欲しいなって思う気持ちも分かる、だってその人には幸せになって欲しいし」

「ゆかっち……」


 これだけ言っても伝わらないかもしれないけど、つい言葉にしてしまった。


 実際私にしては珍しくかなり踏み込んだ行為、相談されたらいくらでも助けたいと思うけど、望まれていないなら首を突っ込むべきではないのだから。


「よく分からないけれど……私はゆかっちのそういう所好きよ」

「あー……うん……とんでもないです」


 でも案の定ふわりとした返事で流されてしまう、もう! 違うんだって!


 好きって言葉は私じゃなくて季松すえまつくんに言ってよ! いや私だってせおりんに言われたら嬉しいけども今はそうじゃないの!


 あー! もどかしいなぁ! 何とかお節介にならない程度にせおりんをアシストする方法はないかなぁ、せめてお話出来るチャンスだけでも――


「あ――」


 そこで、私はふとあることを思い出した。


「そうだ! そういえば来週の月曜日って調理実習だったよね!」

「え? ええ……そうだったと思うけれど」


 二人っきりにさせてあげられるチャンスではないけど……もし同じ班になったら今までとは比べ物にならない距離まで近づくことが出来る!


 でも問題はどうやって一緒の班になるか……だよね。うちのクラスだと6班に分かれる筈だけど、多分このままじゃ普通に席順通りの形になりそうだし。


 そうなるとせおりんと季松すえまつくんは一緒にならない……それじゃあせっかくの調理実習を口実にお話出来るチャンスを逃しちゃう……。


『え! ――さん秋ヶ島さんの所に行ってきたの!』

『そうなんだって! それで――くんのことを訊いたら両思いって!』

『すごーい! 訊いてみて大正解だね!』


 思いついたはいいものの、結局名案が浮かばず悩んでしまっていると――ふと近くで話をしていた尾上さんと山下さんの声が聞こえてくる。


「……秋ヶ島……さん……?」


 確か……『宝明高の影の支配者』って噂の人だよね。


 3年生でマスコミュニケーション部のたった一人の部員で、独自のルートで全生徒どころか教師の秘密まで知っているとかいう恐ろしい人――


 でもそれで誰かを脅したり、悪用したりはしないらしくて、ただの蒐集癖なんだとか……、でも彼女に変なことをしたらとんでもない仕返しを食らうかもしれないから、皆から煙たがれている人。


 ただ――もう一つ噂で、秋ヶ島さんはハッピーエンドな恋物語が大好きらしくて、彼女の『依頼』を成し遂げると、恋愛の後押しをしてくれる情報なら教えてくれるとか無いとか……。


「――おせっかいかもしれないけど、行ってみる価値はあるかも……」

「?」


 せおりんの表情を見て、私の決心は一層固まる。


 依頼の内容次第では断るかもだけど……それでも来週の調理実習までにせおりんと季松すえまつくんが上手くいくような指南が貰えるなら――



 よーし! やれるだけのことはやってみよう! 陰ながらだけど、せおりんの恋は私が後押ししてあげるからね!

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