第5話 公園はいつでも二人のためにある
「なぁ~にが、あの時のようによ! 馬鹿なの! 阿呆なの! 死ぬの!?」
私は砂場の中心で慟哭すると砂を激しく蹴り上げた。
怒り、というよりは恥ずかしさでどうにかなりそうだった、叫んで何かに当たらないとまたあの瞬間を思い出してしまいそうだったから。
人目も気にせず砂に当たり散らし、何なら怒りに身を任せて砂のお城まで作っていると二人組の小学生が公園に入ってきたので、私はそこでようやく少し冷静になってベンチに座り込んだ。
「はぁ……何をやっているのかしら私は」
まるで職を失ったサラリーマンの如く、その場で項垂れる私はそんな言葉をこぼす。
何度思い返してみてもあの場面は愚か以外の何物でもない。
こんな思い通りに進んでしまっていいのかと思ってしまうくらい、完璧だと思っていた私の作戦は壮大な大滑りで幕を閉じてしまった。
「寸前で回避出来ただけ、幸運だったのかもしれないけれど……」
残り1メートルを切った段階で気づいてしまった、季松(すえまつ)くんの見たことのないような真剣な眼差し、それは私ではなく壁に向けられたものだった。
どういう経緯でそうなったのかは理解の範疇を超えすぎていて全く分からなかったけれど……それでも私にではないことだけは確か。
何故なら――彼は私に気づいた時、いつもの表情に戻ってしまったのだから。
「勝手に一人で舞い上がって……死にたい――」
そこからはもう、怒涛の偽装工作であった。
そのまま何事も無かったかのように平静を装った私は季松《すえまつ》くんの横を通り過ぎると、教室後ろの自分のロッカーからルーズリーフを取り出し、真顔で席に戻るという苦し紛れの行動で何とかその場をやり過ごした。
夏目さんに何かいわれたような気もしたけれど、そこから先の記憶は何一つとしてない、気づいた時には私はこの公園にいた。
「彼と……出会った公園」
自分を良く見せようと背伸びし続けるのは、夏目さんみたいにそれが普通なら気にならないのかも知れないけれど、私には結構なストレスがある。
最初の内は身につけるのに精一杯でそんなの分からなかったけれど、慣れてくると意外にもそれが自分にとって非常に負担のかかる振舞いだったのだと気づく。
特にこの学校に編入してからは――毎日色んなクラスメイトが私に話し掛けてくるからその対応にかなり苦慮した。
それでも
私が私でいることを許してくれる場所――そう思うだけで自然と心が安らいだ、だから私は定期的にこの公園を訪れるようになったのだ。
「――あれから1度も会えたことは、無いんだけどね」
それでも良かった。春の陽気を感じながら日が暮れるまでボーっとしているだけでも気分がスッキリしたし、利用者の少ない公園だからか学校の生徒に見つかってこの場所が侵されるようなこともなかったから。
『うおっ! 何だこの砂の城! すげー!』
『このおしろでおままごとやろーよ――くん!』
小学校低学年と思われるさっきの男の子と女の子が、私が無心で作った砂の城を見て驚嘆の声をあげる。
そして二人はぱあっと笑顔になると仲良くそのお城を使って遊び始めた。
「いいなぁ……」
思わず、そんな独り言が漏れる。
彼らは何も気にしなくていい、余計なことなんて考える必要がないんだから。
きっと学校が終わると、仲睦まじい二人はすぐさま飛び出してここに遊びに来たのだろう、何なら手なんて繋いできたのかもしれない。
外で遊ぶ子供が減っている、子供だけで遊ばせるのは危険なんて騒がれる時代の中で、ランドセルを滑り台に引っ掛けて遊ぶ姿は何とも微笑ましかった。
「…………」
誰にも汚す権利のない聖域を私はただただ恨めしそうに遠くから見つめる、ただ同時に、いつまでも続いてくれればいいのに、とも思った。
ふと、目頭が熱くなった自分に気づいて、さっと顔を手で覆い、彼らに気づかれないよう、そっと天を仰ぐ。
するとあれだけ澄み切っていた青い空が、徐々に橙色に染まり始め、その奥では紫と黒の空が徐々に侵食を開始していた。
気づけばもう、夕方になろうとしている。
「…………
「
◯
そう
いつでも、どんな時でも俺を見る時は絶対睨みをきかせる彼女が、とても純粋そうな、普通の女の子のような顔をしていたので、俺は胸がドクンと跳ね上がりそうになる。
ここに来ようと思ったのは、意図があったからではない、ただ何となく今日は伊藤と帰る予定がなかったことと、たまには違う通学路から帰るのも悪くないと思ったから、それだけ。
ただ強いて言えば伊藤と幼馴染の話になった時、あの時はそんな馬鹿げた話はないと一蹴したが、その後ふといつしかこの公園で1ヶ月だけ遊んでいた女の子のことを思い出したのだ。
この公園の正式名称は知らないが、子供達の間では『ぞうさん公園』という、その名の通りぞうさんの滑り台があるから名付けられた公園で、昔はよく学校帰りに友達と遊んだものだった。
そんな日々の中で彼女と出会ったのは、苦手なブロッコリーを巡って親と喧嘩になり、学校をサボって家を飛び出した日だったと思う。
学校をズル休みするのは妙なワクワク感があるもので、多分彼女に声をかけたのは『仲間がいる!』という秘密を共有出来る人間がいたことへの喜びだけだったような気がする。
ただ――その子はとても無口で最初は苦戦した記憶があるんだが、当時の俺は今では考えられないくらいアクティブなガキだったので、結構しつこく話し掛け、それで秘密を共有する二人という名目でよく一緒に遊んだけっか……。
まあ、ある日を境に突然いなくなってしまって、自分はもしや幽霊と遊んでいたのかと恐怖を覚えてしまって、それ以来記憶から抹消していたのだが……。
それが妙に懐かしくて、立ち寄ってみたら――
「あ、え、えーと……」
これは……どうしたらいいんだ、公園に入った瞬間
「……………………」
対して
「…………」
「…………」
お互い何とも言えない停止した空気が流れる。横の砂場で遊んでいたガキンチョ二人が『ふうふだー!』『いやあれは恋人だから』なんてマセたことを言ってやがる、中々どうして面白いが今は静かにしてくれるかな。
いずれにせよ、これ程までいつも通り睨んでくれていた方がマシだと思った事もあるまい、俺のスキルでは到底言葉を見つけられずにいると、態勢を変えないままでいた彼女がぽつりと呟いた。
「…………どうして?」
「ど、どして?」
どうしてこんなに来やがったんだこのドブネズミが、殺鼠剤ぶちまけたろかという意味かな?
いやそれを睨まれて言われるのならまだしも、これだとどういう意味なのかイマイチ判断し辛い、かと言って横で子供が遊んでいる手前、不躾な事を言って彼女を怒らす訳にもいかないし……。
そう、困り果ててしまっていると。
「――――えて、くれてたんだ……」
何かを言葉にした瞬間、突如彼女の目がじわりと涙で潤んだ。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
あまりに想定外の事態に慌てふためく、お、俺なんか変なこと言ったか? そ、それともあれか? そんなに俺に話し掛けられたのがそんなに嫌だったのか?
不意打ち過ぎる不意打ちに一層言葉は出てこず、せめてとポケットからハンカチを取り出そうと思ったが、その前にハッとした彼女がベンチから立ち上がる。
「あ、いや……ご、ごめ――」
「な、何でもないの! その、ごめんなさい!」
だが夏目さんの時宜しく、俺はハンカチを取り出す間もなく石榮(いしえ)さんにそう告げられてしまい、急いでカバンを背負った彼女に逃げられてしまったのであった。
「…………oh」
何たることか……これは重症、いや重体であると言わざるを得ない、ここまで避けられるとなると俺の学生生活は完全に終了だろう。
『あのおにいちゃんおねえちゃんなかしちゃったよー?』
『ひどい男だな、――はあんな男にひっかからないようにするんだぞ』
『うん!』
前から刺された後に今度は後ろから純粋無垢な笑顔で死体蹴りをされる、俺のライフはもうゼロです。
「くそう……何かきっかけを掴めればと思ったんだがな……」
というのも、実はあの時
故に絶好のタイミングだと思ったのに、まさか泣かれるなんてな……。
「終わったわマジで……明日から俺は人としての尊厳を失いただのマゾに――ん?」
絶望に打ちひしがれ肩をがくりと落してしまっていると、
拾い上げてまじまじと目を通してみる――それはカバンを背負った際に何処かに引っ掛かって紐が千切れたようであった。
「御守り……か」
彼女のものならここに置いておいた方がいいと思ったが、何となくそれは罰当たりなような気がしたので、迷った末に俺は御守りをポケットに押し込む。
まあ……彼女が教室にいない間に机の中にでも放り込んでおいてやろう。と、特に善意とも思わず俺はそう考えると、溜息混じりに帰路についた。
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