第4話 季松くんに気づいてもらおう大作戦
「はぁ……」
彼の表情を見ているといつもお腹が一杯になってしまう、ここ最近はお弁当がロクに喉が通らない程度には彼に恋をしてしまっている。
遠くから見ているだけでこれなのに、近くでお話なんかしてしまった日には私はどうなってしまうのかしら……ああ好き……主に全部好き。
「せおりんはどうして顔が怖くなるんだろうね」
勿論今すぐにでも
多分、それが言えて初めて彼に伝えていいのだと思う。だって急に好きです、とだけ言ってもそれは狡い気がするし、いや好きだけれど。
ただ実際問題、私にとってはそれすらハードルが高い。
だから、私は一つ作戦を考えることにした――彼の前だとド緊張してしまうのなら逆に
つまり間接的にあの頃を想起させるワードを口にすれば、無意識下の
「そして全ての記憶が繋がった彼は私の元に駆け寄って来てくれるの、そして――あ、ああ……」
「せおりん、お取り込み中悪いんだけど」
「はい」
「急に真顔にならないで!? それはそれで怖いんだから」
「? それでどうしたのゆかっち」
「えーっと、その、なんて言えばいいのかな……」
夏目さんは何だか妙に言い淀んだ表情を見せたけれど、ややあって何かを隠すように笑うと、こんなことを言うのだった。
「せおりんって今好きな人とかいるのかなー……って」
「いないけれど」
「即答!?」
我ながら自画自賛したいくらい自然な否定をしたつもりだったのだけれど、何故か夏目さんはやけに驚いた声をあげる。
正直彼女には教えてしまった方が却って牽制になる気はするけど、あの頃の話を誰かにするのは恥ずかしくて……つい反射的に嘘をついてしまった。
「あれだけ口に出ているのに否定するなんて流石せおりん……」
「ゆかっち?」
「ああいや! な、何でもないよ! えー……じゃ、じゃあさ! せおりんは恋バナとか好きなタイプだったりする?」
「? そうね、人並みには――」
本当は他人の恋愛に興味を持っている暇があったら私は
待って……これってもしかしたら好機なんじゃないかしら……?
恋バナと言えばあの子とあの子が付き合っている、それに対して『えー知らなかった!』『二人はうまくいってるの?』などと他人の色恋沙汰に口元を緩ませつつ彼らの秘密を知れた秘匿感を味わえるのが定石。
その上で様々なシュチュエーションを聞いて楽しむのが基本だけれど、やはり一際盛り上がるキーワードとなれば『馴れ初め』になる。
どうして二人は出会ったのか、何処で? きっかけは? そんな話をおかずに女子はお米を軽く三杯は平らげる生き物と私は学んできた。
つまり、この話題に乗せて先の作戦を実行すれば季松(すえまつ)くんに気づいて貰うことが出来る可能性が大いにあるということ……!
「――それなら、ゆかっちは好きなシュチュエーションはあったりするのかしら?」
「お、せおりん中々いけるクチでございますね~」
私は上手く夏目さんのフリに乗っかる形で自然とトークを展開していく、すると案の定、色恋が大好きな彼女は目の色を変えて喰い付いてきた。
ふふ……やったわ、まさかこんなにも早くチャンスが巡ってくるなんて。
「やっぱり王道はイケメン男子達に言い寄られる庶民ヒロインかな~、現実じゃあり得ないんだけどさ、こうクールに押しの強い男らしさはちょっとドキってしちゃうよね」
「ヤリチンボーイズがアバズレクソビッチに壁をドンドンしていく奴ね」
「今凄い乱暴な言葉が乱舞したんだけど気のせいかな」
夏目さん待って、違うのよ、そういう話じゃないの、そんな不純物が多いシュチュエーションじゃなくてもっと純度を高めた奴を話して頂戴。
すると、思いが通じたのか彼女は「う~ん……」と少し唸ると、今度はこう口を開いた。
「あとはやっぱりあれかな~、学生時代に付き合っていた二人が、大人になってから再会して――でも実は彼女には秘密があって……みたいな」
「そ、その秘密を彼が背負って、最後は感動の――という奴ね」
「そうそう! もうねー私ああいうの駄目なの、絶対泣いちゃって、映画館で人目を憚らず何回号泣しちゃったことか……」
素晴らしいわ夏目さん、よく出来ました。これ以上ない百点満点の回答よ。
こうなれば後は流し込むだけ、私は彼女のパスを優しく受け取ると蹴り込む体勢入る。
「過去に一度出会った二人が再会する話っていいわよね――ということはゆかっち、もしかして幼馴染同士の物語とかも好きだったりするんじゃないかしら?」
「幼馴染! せおりんいいとこ突いてくるね~! あの頃とは変わってしまった二人が偶然出会って、色々あるんだけどまた好きになる展開とか堪んないよね! キュンキュンしちゃう!」
はい頂きました。夏目さん大好き。
私が言って欲しいことを一言一句間違わずに全て言っちゃうなんて貴方は天才なのかしら、恋に恋する乙女って最強だわ。
感情が籠もってくれたお陰で心配していた声のトーンも、教室にいれば十分に聞こえる程の声量で響き渡る。
もうこれ以上ない完璧な状況……さあ
「……………………」
しかし、そこにはあったのは何やら険しい表情で会話をする
「……あれ? せおりんどしたの? おーい」
「しまった……」
……そうよ、冷静に考えてもみれば男の子が女子トークに耳をそばだてて聞いている筈がない……コミュニケーションをあんなに勉強してきたのにそんなことも忘れていたなんて――
自分の安直さに思わず溜息が出てしまう。大体、こんな簡単に済む筈がなかった。千里の道も一歩から、また一からのつもりで頑張らなきゃ――
「でも
「――そうだな、小学生で幼馴染とか――」
……え?
思いがけない言葉に机から引っ張り出そうとした教科書を落としてしまう。
「わっ、せおりん大丈夫?」
「え、あ……ご、ごめんなさい余所見しちゃって」
そ、それよりも聞こえづらかったのだけれど、もしかして今私の、しかも幼馴染の頃の話をしていなかったかしら……?
ま、まさかさっきの会話が本当に
落した教科書を拾い上げながら、もしかしたら
「…………!」
そして私は気づいてしまった――いつもなら
もしかしたら……もしかするかもしれない――
「……せおりん?」
「……ゆかっち、ありがとう」
「へ?」
緊張で胸が張り裂けそうだし、声はどんどんと出づらくなっていくし、身体は凄く熱いのに、何故か震えている。
それなのに、私は椅子から立ち上がり、身体が勝手に動いてしまっていた。
何処にも保証はない、大いに恥をかくかもしれない。でも、それでも私が目の前まで行ったら――
あの時みたいに――恐らくそれだけが私を突き動かしていたのだと思う。
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