狼の巣

 小型の船が二十そうだけという報せがあった。


 舳先からその船影を捉えたという声が飛んでくる。が出され、船が動き始めた。徐々に速度を上げる。こちらは大型船が二艘と、小型船二十艘である。まず、大型船で乗り込むというやり方をとった。海上の戦では船の数と大きさがまず絶対であって、次に速さで勝負が決まると、グスタフは思っていた。敵は海賊である。巨大な船など、持っていないだろう。そういう意味で、巨大な船というのは性能以上の効果があった。


 こちらはを半数だけつかって進む。やがて敵の船影がはっきりとしてくる。数だけを見たのか、相手の船が方向を変えて逃げ出すような動きはない。小型船はこの船の背後に縦列で、隠すようにして走らせている。遠目からでは、大きな船が二艘だけ近づいてきているように見えるだろう。


 船室から甲板に出た。戦闘用の船で、身を隠すところは甲板の上にも多くあるが、グスタフは真直ぐ舳先へさきまで歩き、身を露わにした。兵士が、周囲に集まり始める。この船に乗り込んでいる百名の兵のほとんどが、弓と矢を携えて集合していた。


 もう一艘の、右翼を走る船でも、同じような指示が出されている。船と船の間の連絡は、鏡と手旗の信号によって、細かく決められている。


「構えい」


 声に、全員が反応する。矢をつがえ、次の声を待っている。


 敵の船。はっきりと、甲板に出ている人間の数まで数えられるようになった。あちらも、弓をこちらに向けて構えているのが分かった。


「撃て」


 自分の背後から猛烈な数の矢が飛び出したのを、グスタフは感じた。矢が風を切っていく音が頭上を越え、彼方の中空に消える。直後、敵船からも矢が飛んできた。兵たちが身を伏せる。グスタフは剣を抜き放ち、自分に向かって飛来した矢を四,五本、叩き落とした。


「突っこむ。小型船」


 信号が激しくやり取りされている。指令はすぐに伝わり、味方の小型船が、グスタフの乗っている船を追い越して進んでいく。二十艘のうち、先頭を進む十艘の先端には、先の尖った丸太を装備させている。改良を重ね、前に進むことに特化させた小型船だった。全速の速さは、敵の想像を超えているだろう。


 大型船の陰から突然現れた小型船の群れに、敵は動揺しているようだった。何を言っているかは聞き取れないが、声色は明らかに慌てている。船の数でこちらを囲めると踏んでいたのだろう。所詮は、賊だった。船に乗り込んで戦うことで略奪を繰り返している者たちだ。軍船そのものとの戦いには慣れていない。


 最大速度で、丸太をつけた船が敵船にぶつかった。丸太が敵船を揺らす。側面を穿うがつものもある。衝撃はとてつもないもののはずだ。敵が、甲板の上で転げ回っているのが見えた。


 すぐさま、後続の十艘が、揺れる敵の船に寄せていく。こちらは兵を充分に乗せていて、敵船に乗り込んで戦う軍団だった。板が渡される。海上での白兵戦と言うことになる。


「短艇」


 甲板から、縄で小舟が次々に降ろされていく。大型の方にはそれぞれ、兵を百ずつ乗せていた。それを、小舟で矢継ぎ早に敵中に送るのだ。先に小型船同士の戦いを優勢にしておけば、短艇は攻撃をほとんど受けずに敵中まで侵入できる。


「グスタフ殿、あれを」


 兵の一人が、ぶつかり合っている小型船を指差した。敵船の上で、一人が暴れ回っている。その身を白い外套マント風防フード覆面マスクですべて覆った剣士。船上の賊徒を次々と斬り倒し、白衣を返り血に染めていく。賊も剣などを持って応戦しているが、まるで相手になっていなかった。揺れる船の上を飛ぶように駆け、実際に、間近にあった別の船に跳び移った。着地し、飛沫しぶきが上がると同時に二人の賊が倒れたとき、船に残っていた兵士たちが喊声かんせいを上げた。


「おい、感心しているだけか。おまえたちには、おまえたちの仕事があるだろう」


 言いつつ、グスタフも竜巻のような男に眼を奪われていた。あの白装束をのあたりにした時、賊は戦意のほとんどを喪失したはずだ。海でもおかでも、“ロヒドゥームの死神トート・ロヒドゥーム”の名を知らぬ者はいない。あれが敵ならば自分たちに何ができるのか、といつも考えさせられる。


 すでに戦いの帰趨は、完全に決まっていた。海に飛び込んで逃げようとした賊も、次々と槍を持つ者に討たれていく。抵抗という抵抗もない。簡単な仕事だった。そう思うと途端にしらけた気分になり、グスタフは甲板をあとにする。指示は適当に出しておけば、兵たちが自分たちで考えて後の処理までする。そういうふうに鍛え上げているのだ。“海の狼”の部下は、皆そうでなければ、城に居る資格を得られない。


 船室で、ひとつだけある卓の地図に向かった。ロヒドゥーム城と、その近海の地形をまとめたもので、かなり詳細に作られている。海岸線のどこが浅く、深いかもこれを見れば判るし、船がどこを航行しやすいかも判る。


 そういう、航行しやすいところに、いくつか朱で印がついていた。そこにまたひとつ印を書き入れる。賊の船団が現れた場所だった。


 筆を置き、グスタフは首を鳴らす。朱の印は、半年ほど前と比べると、大きく増えていた。


 戦の情勢が大きく変わったからだ。


 この国が負けるはずの無い戦をしている。“青の壁ブラウ・ヴァント”が一度目の交戦で敵を退けたとき、軍人も民も、そう思ったはずだ。ポルトが陥落してからもそれは変わらず、ハイデル軍ほか駐屯地の軍隊が、容易く侵入した敵を退けるのだと楽観していた。


狼の巣ヴォルフスネスト”と呼ばれる自分たちの城の軍隊が出動しなかったのも、海賊鎮圧という役目があるというだけでなく、この東の地から派兵するほどの敵でないと見たからだった。


 しかし異常だったのはそこからで、開戦からものの半月で、国土中央のザラ川に架かる橋と、それを護るマルバルク城が陥落したのだった。


 そして今、その敵勢力は、都に程近いノルトライン領周辺に留まって街や集落を荒らしているのだ。北上するでもないそれを、即座に討てるだけの兵力が出ないのも当然だった。戦の勢いが、敵に傾きすぎている。


 ザラ平原の敗戦が分岐点になったのだということは、軍人なら誰もが理解していた。あの戦いで七万ほどの兵力を割いた国軍は、いまは兵力の立て直しと再編成に追われているところだろう。ザラの残存兵は都まで一度撤退しているという。よもや負けるとは思っていなかっただろうから、士気も大いに下がっているはずだ。


 指揮官は問題ないはずだった。兵の実戦経験の少なさが、全てだった。戦に対する認識が、地方軍と都の軍では違いすぎた。北は平穏に過ぎ、もはや軍隊に仕事の場はほとんどない。あえてそうしているのか、優秀な指揮官は都から遠ざかり、地方の平定に注力させている。


 たとえるなら、この国は中央に大きな穴の空いた城なのだ。内側に侵入されてしまえば、あとはもろい。南が強く北が弱いのではなく、都に近づくほど弱い、と言うほうが正確だった。せめて都の白壁の内側だけは硬いと信じたいが、遠征軍の醜態を見るに、それは難しいことのように思えた。


 地方の軍人ならほとんどが、それに気づいている。しかし何故というほどに、優れた者が都を出ることになるのだった。その流れは、ここ十年変わらない。北伐の完了以降、顕著だった。


 ロヒドゥームの軍は、精強である。所属しているための誇りもあるが、赤の国の軍人などに負けはしない、と思う。今、船団を率いて南下している海軍も強力だし、おかでの戦いにもグスタフは自信があった。ポルトを“青の壁ブラウ・ヴァント”の軍とともに奪還するのも、難しくないだろう。情報では、敵はいますでにあの街から、ほとんどの兵を引き払っている。


 自分の役目はロヒドゥーム城で主の留守を守ることだが、都に向けて進軍して、敵を打ち払うこともできそうに思える。敵が実際に精強なら、戦ってみるのもいい。


 ただ、賊が邪魔だった。邪魔というより、鬱陶うっとうしい羽虫をあしらっているような感覚である。国が荒れれば、賊が湧く。静かだった賊も、沸き立つ。軍が出動したと聞けば、留守を狙って動き出す。まさか城をとせるなどとは思っていないだろうが、なにか、溜めているものが吐き出されたように、次から次へと賊は湧くのだった。


 軍人を舐めているというのではなく、鬱屈したものの矛先を、軍人に向けているのだろうとは思えた。


 船室の扉が開く。水と血に濡れた白装束の男が、無言で入ってきた。血はにじんで、薄い赤で装束を染めている。


「ここで装束を絞るなよ」


「指示は出しています」


 その言葉と同時に、船室が揺れた。船が動き出したのだ。揺れは二、三度あって、やがて小さいものに変わる。船が海面を走り出した。小窓の向こうで、空の色が流れはじめる。


「敵船十隻。百五十名。六十は殺しましたが、九十は逃がしています。武器は押収し、船はすべて放しました」


「何か吐いたか?」


「軍への、まあ、国への不満なら」


 言いながら、男は頭を覆っている風防フードを取った。


 濡れた銀の髪が、そこから現れた。小窓から入る光を受けて輝いているように見える。グスタフは、それを横目に見て、また小窓の向こうに視線を戻す。


「おぬしが言うと皮肉に聞こえるぞ、ソラス」


 小隊長カピタンソラスはグスタフの言葉をまるで聞いていないかのように、覆面マスクも取って頭に付いた水滴を払った。男の面貌かおなどどうでもいいと思っているグスタフですら、秀麗と思わざるを得ないような顔立ちである。禿頭に髭を生やした自分などより、余程よほど女に好かれそうな面貌かおだが、彼がこの素顔をさらすことはほとんどない。肌が抜けるように白いのが、美しさを際立たせていた。


白の民ズィルヴァイス”とはよく言ったものだ、とグスタフは溜息を吐いた。たしかに、それ以外の形容のしようがない。


 北伐で、滅んだとされる民だった。少なくとも青竜軍アルメのほぼすべての人間は、そう思っているだろう。北伐は完了し、かつて北の山岳から麓までに生きた先住民族は、この大陸から姿を消したのだと、軍人は思っている。民もそうだ。歴史書も、軍の記録も、民に伝わる伝承ですらそうなっている。


 南の“赤の国”の人間からしてみれば、自分たちは北方人ノルドなのだろうが、ほんとうの意味での“北方人ノルド”は、彼ら“白の民ズィルヴァイス”だった。それを、自分たちが滅ぼした。


 ほんの一握りを除いて、である。


 船は順調に走っている。揺れも少なく、甲板は静かなものだった。勝利にうわつくような声が、どこからか聞こえるくらいだ。そのうち、兵が扉を開け、まもなく到着だと告げてきた。兵は、ソラスの覆面マスクを取った姿を見ても、何も言わない。ただソラス本人は、甲板に出るグスタフの後ろを、風防フード覆面マスクも付けて追ってきた。


 船は岩壁の傍を通過していた。岩に打ち付ける波の音が、岩壁に轟いている。速度はもう、かなり落ちている。船のみちは複雑に設定してあって、目印を見ながらかじを切らねば、岩礁がんしょうに乗り上げてしまうのだ。この先にある巨大な軍港に、安易に外敵を侵入させないための仕組みだった。


 最後の目印で岩壁をまわると、港だった。船が並び、大小さまざまに配置されている。青の旗が各所になびいている。やぐらからは、船の帰還を知らせる鐘が鳴らされていた。軍人たちが駆け回るのが船の上からでも見える。簡単な賊の討伐を終えてきただけだが、我が家に戻ってきたという感覚に、グスタフはなった。甲板に出たグスタフたちにも、声が飛んでくる。


 碇が降ろされ、下船したところで、すぐに兵の一団が駆け寄ってきた。隊長が敬礼のあと、慌てたように報告を始める。


「グスタフ殿。すぐに、お知らせしたいことが」


「なんだ」


「軍人だと自称する者を一名、城に入れております。怪我人をき連れておりましたので、放置するわけにもいかず、隊長の不在ながら判断いたしました」


「自称?」


 グスタフは足を止めないまま、指令室に向かった。この城では、現場の判断を第一に尊重している。階級はその次にあって、判断が先だった。だから、階級が下の者が何を判断しようが、とがめることではない。軍人ならその場で命を賭けている者の判断をまず信じろというのが、城主ヴォルフラム・スタークの教えだからだ。


「軍服を、身に着けているだけですが」


「なんだ、それは。おまえは何を見て軍人だと判断している? 青い服なら皆軍人か?」


「それが、自分は神都ブラウブルク指揮官コマンダント、ヨハン・ベルリヒンゲンだと名乗ったもので」


 名を聞いて、思わずグスタフは足を止めた。


「ヨハン?」


「怪我人も、片腕を斬り落とされたのだといって、ほとんど息も無かったものですから」


「その者は?」


「これも、スヴェン・ベンゲルとかいう、軍人であると」


 その名は知らないが、ヨハン・ベルリヒンゲンの名は知っていた。自分のような年齢の軍人なら、知らぬ方がおかしいだろう。


 自分の背中で、猛烈に殺気が膨れ上がっているのを、グスタフは感じた。ソラスだった。報告に来た兵たちが、顔を引きらせている。


「ソラス。おぬしは指令室へ行け」


「ヨハン・ベルリヒンゲンだと」


「いいから、行け」


「しかし」


「ヴォルフラム殿ならどうされるか、考えよ」


 北伐の英雄。この男なら、顔を合わせた瞬間に、そのヨハン・ベルリヒンゲンを斬り刻みかねなかった。しかしヴォルフラムの名を出すと、ソラスは口を閉ざす。そのまま、つかつかと指令室に向かって歩き去った。


「指令室に外から鍵を掛けておけ。猛獣用のやつをな」


 冗談のつもりだったが、そうは受け取らなかったのか、兵たちは皆、一様に頷くと駆け去った。


 グスタフは自室で軍服に着替えると、兵に場所を聞き、ヨハン・ベルリヒンゲンと名乗る者がいるという場所へ向かった。医務室に、彼らはいるのだという。


 扉を開け、部屋に入ると、椅子に腰掛けた男がすぐに眼に入った。男が立ち上がりこちらを見たとき、二十年前の戦の記憶が瞬時に脳裏を駆け巡った。


大隊長オフィツィアグスタフ・ヴァールです。久しくお目にかかりませんでしたな、ヨハン殿」


大隊長オフィツィアにまでなったか、グスタフ」


「ザラの報せは、受けています」


 あえて、グスタフは最初にそのことを言った。


「軟弱な兵を何万と抱えるのは、さぞやお辛かったでしょうな」


 ヨハンの表情は、変わらなかった。


「あれが都の兵だ。そして、指揮したのは紛れもなく私だった。私に、兵を勝たせる力がなかった。つまるところ、そうだ」


 力がなかったのではなく、なくなった。それを老いと言うのだと、喉まで出掛かった。そしてその敗北が今、神都を追い込んでいる。


 あの、北での戦いから、都の兵をなぜこうまでに腐らせたのか、グスタフは目の前の老将にきたかった。しかしそれは、自分たちをこの東の地に追いやっておきながらなぜ、という問いに近い。だから、グスタフは結局、出掛かけた言葉を呑み込んだ。


「よくぞここまで逃げてこられた」


「供回りの兵が、犠牲になった。今もどこに逃げたか分からぬ者ばかりだ。私を逃がすために死んだ者も」


 言外にグスタフが込めた意味を知ってか知らずか、ヨハンの表情は陰鬱なものに変わった。


「済まぬが、ここで世話になりたい。戦の力になれることがあれば、何でも言ってくれ」


「いえ」


 グスタフは自分の中で、冷たい気持ちが広がっていくのを感じた。手近にあった腰掛けに、ゆっくりと腰を下ろす。


「ここは“狼の巣”でして。ご存知ですかな。狼は、群れの内の繋がりは強いが、外にいる者は嫌うのですよ」


 好きにさせるつもりはないし、今更、敗戦の指揮官の手など借りるつもりもない。そう言ったつもりだった。


 返ってきたのは、老将の乾いた笑みだった。


「いかにも、あの男の城よな。ヴォルフラムは、南だとか」


「ポルトの街を奪い返すと」


「“狼の巣”か」


 ヨハンは、確かめるように繰り返した。


「狼の頭目にひとつ、頼みがあるのだが」


「頭目はいま南だと、ご自身で仰ったはずですがね」


「民を助けてやってほしい、という頼みだ。二人組。男と少女。兄妹らしい。馬二頭で、北へ向かっている。リントアウゲンにな」


「なにを」


「いまそこで死にかけているスヴェン・ベンゲルという男の、遺言になるやもしれん。頼みたい」


 そういえばその男のことは、グスタフの頭の中から飛んでしまっていた。


「その男も、青竜軍アルメだと言うので?」


「それは、まさしくそうらしい。それで、その二人組は、生涯の友と言ってもいいのだとか」


「何が問題なのです?」


「妙な獣がいた。スヴェン・ベンゲルはそれに腕を喰い千切ちぎられてな。その怪物の狙いというのが、兄妹なのだそうだ」


 獣というのに、グスタフは引っ掛かった。詳細を尋ねる。ヨハンは、ただ黒い獣だ、としか言わなかった。


「しかし妙でな。それに喰われたスヴェンの腕から、黒いものが噴き出したのだ。何かは判らぬが」


 ただの疑問のように、ヨハンが呟いた。しかしそれを聞いて、もうグスタフは腰を上げていた。


「そこに寝ているスヴェンとやらが起きたら、言ってやればよい。おぬしはまさしく獣になろうとしていたとな」


“獣”に喰われたというのなら、あとは本人の持っているもの次第だった。グスタフは、それを知っている。そして、もっとよく、“獣”について知っている者がいる。


 医務室を出て真直まっすぐに向かったのは、指令室だった。兵たちが、扉の前で直立している。


「何をしている、おまえら」


「その、鍵をしてよいものか判らず」


「馬鹿が」


 有事となればいくらでも融通の利いた動きを取れるのに、こういうことには鈍い。苦笑しつつ、グスタフは手だけで散るように兵たちに示した。安堵の表情を浮かべ、兵士らが去っていく。


 指令室では、ソラスが剣を持ったまま、床に胡坐あぐらをかいていた。まぶたを閉じて、剣を両手で握りしめている。気を落ち着けようとするときの、この男の妙な癖だった。


「それで」


「殺すな。それより、あの老人、面白いやつを連れてきた。“黒い獣”に喰われた男だとよ」


 ソラスが、まぶたをかっと見開いた。灰色の眼が光っている。


如何様いかように」


「そうだな、そっちは斬ってもいいだろう。男女の兄妹を北に追っているとか」


「兄妹?」


「そやつらに用があるらしい」


 ソラスは音もなく立ち上がると、剣を腰のさやに納めた。


「斬ります」


「ついでに、リントアウゲンまで、その兄妹とやらを護送してやれ」


「私一人で構いませんか」


「構わぬよ。他の者をつけても足手まといであろうし。ヴォルフラム殿には、俺から言っておく」


 腕が立ちすぎるというのも考えもので、この男は自分より技倆の劣る者とは、ほとんど行動を共にしようとしない。一隊を与えず、単独行動を取りやすくしているのも、そのためだった。白兵戦になればこの男以上に力を発揮する兵士はいないが、大隊の指揮はできない。ヴォルフラムも結局、地位だけ与えて、あとは好きにさせているのだ。


「それからその男、どういう者かよく見ておけ」


 言うと、ソラスは一度だけ頷き、すぐに身をひるがして指令室を後にした。

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