第14話 不審な男たち

 このまま防御を続けていても首都陥落はまぬがれないというある日、カフェで閉店後の店の床磨きをしていたオルヴィスは、いきなりドアが激しく開かれる音がして顔を上げた。鈴の音がけたたましく鳴っている。

 見ると、薄汚れた服を着た人相の悪い男たちがズカズカと入ってきて、オルヴィスに向かって刃物をかざした。

「おいガキ。テメェ、黄金のイネ、持ってんな? 出せ」

「黄金のイネ?」

「すっとぼけんじゃねぇ。テメェが持っていることはすでに調査済みなんだ。イテェ目見る前にとっとと出せや」

「おいコラ。ここは俺の店だ。コーヒーでも飲んでいけや。飲めねぇなら、とっとと帰れ、チンピラ野郎」マスターがめずらしく声を荒げた。

「ハァ? コーヒーなんぞ飲めるか。俺たちゃ仕事中なんだ」

「店の客じゃないなら、追い出してもいいな」マスターはカウンターの下から剣を取り出した。鞘から抜く。

 マスターは二度と剣は作らないと話していたが、護身用だろうか。たまに柄の悪い連中が店に来ることもあった。

「マスターよしてくれ。この店を血に染めるのはアンタの願うところじゃねーだろ」

 黄金のイネは、乗合馬車で一緒になり、追っ手から逃げ回る妙な少年から無理やり押し付けられたものだった。

 オルヴィスとしては別に必要なものでもなんでもなく、大事そうなものだから今まで取っておいたが、男たちに差し出しても惜しいものではない。この場ではむしろ素直に差し出した方が得策だろう。

「ちょっと待て。今持ってくる。二階にあるんだ」

 そう言って二階の居室まで行こうとしたら、「逃げんじゃねぇぞ」と言いながらついてきた。

「逃げねーよ、別に」

 部屋から黄金のイネを取り出すと男の一人に渡した。

「ただの雑草じゃねぇだろうな?」

「知らねーよ。オレだって詳しくねぇんだから」

 疑いながらも受け取ると男は満足そうにうなずいた。男たちは慌ただしく店を出て行った。


  この時より少し前。

 首都が戦場になることを嫌った仙ノ国の君主イヌハギは降伏を申し入れ、それが認められ、首都には、敵軍の将や兵が列をなして入ってきた。

 そんな中、息せき切って路地を走っていた男たちを待ち受けている者たちがあった。

 兵団とは全く別組織の隠密部隊、飛鳥ノ国のヨタカ部隊である。彼らの任務は、黄金のタネ、イネ、稲穂など、黄金の米につながるものを全て入手することである。この国を統一することが、大陸からの脅威を退ける上で必要なことであると飛鳥の君主フィンレンソンは考えている。

 ヨタカ部隊の隊長ファーナンは、長い髪を梳きながら、男たちが路地を曲がってくるのを待ち受けていた。こうして任務が始まる前に髪をいじるのが癖だった。理由はわからない。まるで自意識過剰な女のようだ、と思った。

 男たちが来ると予測していた路地とは別の方へ行ってしまい、ファーナンは自ら男たちが逃げた方へ追った。

 男たちの足は遅い。ただの裕福な商人に雇われる用心棒風情だ。ゴロツキと変わらない。怠け者だが少しは腕の立つ荒くれ者で、専門の戦いを教えてもらった者などいないだろう。

 男たちの足が遅いのではない。

 私の足が速すぎるのかもしれない、とファーナンは思った。

 すぐに男たちに追いつくと、一人ずつ順にナイフを心臓に突き立てた。

 黄金のイネを手に入れた。



 ベトリッジは路地に身を潜め、機会をうかがっていた。

 まさかあの男たちが皆殺しにされるとは思わなかった。

 これは実は、手を出してはいけない危ないヤマだったのかもしれない。

 だが、あの黄金のイネは、とんでもないお宝だと知った。

 だからしつこくあの用心棒どもが追いかけてきたのだ。

 あれを神聖サハルト帝国の商人に売れば、がっぽり儲けることができるだろう。その誘惑には、到底抗えるものではなく、これまで名だたる商人からお宝や金の比ではない。

 だが、あの殺し屋みたいな男たちから奪おうとしたら逆に殺されてしまうかもしれない。逃げ足は得意だが、逃げる前に殺されてしまうかもしれない。

 路地に隠れてウダウダしていると、なんという幸運か、たまたま通りかかった飛鳥ノ国の将軍らしき男と兵士が現れ、あの殺し屋たちが驚いて道を避けた。

 その瞬間だった。

 ベトリッジは飛び出し、男の手から黄金のイネをかっさらった。

「あ! この野郎チビッ!」

「逃げたぞ!」

「追えッ」

「逃すな!」

 一瞬の隙をついたベトリッジはなんとか逃げ切った。不意打ちの逃げ足には自信があった。敵の行列が通りがかり、それを街の住民たちが通りに出て眺めて邪魔していた幸運も味方した。スリのテクニックの要領で住民たちをひょいひょいかわして追っ手をまいた。



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