第13話 侵攻

 客の入りの少ない時間帯、オルヴィスはマスターが席を外している時、あっちには近づくなよ、と言われている店の奥の部屋へ行った。

 ドアがある。

 ノブを回したら空いた。

 ごめんなさい、と心にもないことを呟きながら入っていく。

 驚いた。

 中には、様々な種類のオノやナタ、包丁、炉とハンマーがあった。手に取ってみると、イヴァルディ、と銘が打たれてある。

 なぜ、マスターの店にイヴァルディの作品があるのか。

 不思議なのは、名工と讃えられる彼なのに、剣が一本もなかったことだ。後ろから気配がして振り返るとマスターが立っていた。怒鳴られるかと思ったが、無表情だった。

「…オルヴィス、オマエ。ここには入るなと言ったのによ」

「スマン! 誘惑に駆られて入っちまった。この通り謝る。勘弁してくれ」

「まあ、いい。入ってしまったものはしょうがない。別に隠していたわけでもないしな」

「ところで、マスター。アンタがイヴァルディなのか?」

「ああ、そうだ」

「俺、イヴァルディの大ファンなんだよ。とくに全盛期って言われてた頃の、切れば大木も悲鳴を上げない切れ味抜群のオノなんか喉から手が出るほどほしかったが、あまりに高くて買うことができなかったな」

「客にとっては全盛期でも俺にとっては、どん底の時期だったぜ」

「ん? なんだ? 暗いな。どうした? なんかあったのか?」

「…弟子を数百人も従えた工房をかまえ、人殺しのための片棒を担いだ」

 つまり、武器を量産した時期だった、とマスターはどんよりして呟いた。

「なるほどな。だから、ここには、剣がないのか」

「ああ。俺はもう武器は作らんと決意した。日常生活を送るために必要な道具しか作らない、ってな。だが、今でもたまに武器のオーダーが来ることがあるし、かつて俺が汗水垂らして打った武器の流通は止められない」

「今度、オレにオノを作ってくれないかな?」

「何に使うんだ?」

「前に話したことなかったか? オレは生まれ故郷で木こりだったんだ」

「木こりか。そうか。それならいいだろう。一撃で大木を切り落とすことのできるオノを作ってやる」

「おいそりゃ言いすぎだろ。いくらオノがすごくてもオレの力がついていかないぜ。ありがたいけどよ」

「ただし、オマエの木こりとしての腕を見てからだ」

 二人で立ち話をしていると、鈴の音が鳴った。ずいぶんと騒がしい音だった。

 オルヴィスは率先して行った。

「いらっしゃいませ。お客様」

 丁寧にお辞儀をする。自分でもよく成長したと思う。妥協の産物とはまでは言わないが、なんとなく板についてきた気はする。フリーダには敵わないが、彼女は客からのウケもよく、ベタぼめされている光景もよく見かける。その度にほおを赤らめている。からかった時の反発がもっと面白い。

 客は常連客の男性で、なぜか激しく息をついていた。

「マスターはいるか?」

「どうした?」マスターが後ろから歩いてくる。

「た、大変だ。…ついに、飛鳥ノ国がこの首都を包囲した」

「早ぇな。で、防備はどうなってるんだ?」

「いま、交戦している最中だが、洞ノ国の兵士も加えたんだろう。まさに獲物に群がるアリのごとき大群だそうだ」

「ここが落ちたらどうなるんだ?」オルヴィスはたずねた。

「首都の住民たちは街が戦場になることに反対している。イヌハギ様の居城へ押しかけているそうだ」

「それで?」とマスター。

「今のところは、応じる気配はないらしい。だが、イヌハギ様は賢いお方だ。都が戦場になることは望まないだろう」


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