第11話 一揆
強権的な政治を行うソトの街。
なんといっても、ここを統治している長は、仙ノ国の君主イヌハギの弟ガマズミである。汚職や法外な税金をかけ暴利を貪るような行為の数々があり、村人たちが中央政府に請願を申し入れても、イヌハギまで届かない仕組みになっている。あるいは、イヌハギ自身も暗君という噂もある。
この村ではこれまで供物にされた少年少女も多数にのぼり、毎年の収穫や漁獲量が前年よりもわずかに下回ったとの理由で供物を捧げるなど、さらに自分の悪口を聞いたら、その者を突き止め、打ち首にするなど権力を濫用した暴力といっても差し支えない行為の数々。気に入った娘を見かけては、妾にすることもある。
今年もまた税金が上がった。このままでは、今年の冬を越す蓄えに困る者たちが続出し、村人の怒りは頂点に達していた。
彼らは各々農具の鋤や鎌、オノ等を手にしてガマズミに税金を下げるよう迫るつもりだった。彼らとしても自分たちが税金を納めなければ困るだろうし、農作物だって手に入らなくなるだろう。
絶対に試みは成功すると疑わなかった村人達だが、どこから秘密が漏れたのか、決行の前日になって領主とこの街を警護する警護団が各家を訪れて、武器になりそうな農具を全て没収して行った。
そのうちの一人、村人達の代表であるトベラは、このままではただでは済まないだろうと焦った。見せしめに一人くらいは…縛り首か打ち首になってしまうかもしれない。
コンコン、とノックがした。
やはり見せしめは自分だろうな、とトベラは腹をくくった。関係のない妻と二人の息子だけは勘弁してもらわないといけない。
「どうぞ」と声をかける。
すると小さくドアが開いた。
「アンタがトベラさんかい?」とその男は言った。まだ若い。二十代の前半頃ではないだろうか。しばらくハサミを入れていないような伸びっぱなしの髪に、口とあごに無精髭を生やしている。旅人のような風貌はとても警護団の一員には見えないが、腰には剣を下げている。
「ああ、そうだ。首謀者は私だ。縛り首にでもなんでもすればいい。だが、頼む
。この通りだ。妻と二人の息子だけは勘弁してくれ」
トベラは土下座して頼み込んだ。
「顔を上げろ」とその男は命令調で告げた。命令を下すことに慣れたような自然な言い方だった。ただ一言「アンタたちの一揆の代わりをする」と。
「アナタは誰ですか?」
「俺は盗賊だ」とその男は言った。
「な、なぜ、盗賊が我々の手助けを?」
「手助けじゃねぇ。クソみたいな領主を見るとぶっ殺したくなる」
「そ、そんな理由で?」
「ああ、そんな理由だ。俺の手でぶっ殺してやる」
「…そういうことを言うと、誰か外で聞いているかもしれないですよ」
声を潜めて村人が言う。
「これから一揆の代わりをやろうってヤツが、盗み聞きを怖がってどうする?」
「我々はしかし、武器となる農具を全て没収されてしまったのです」
「それで構わん。元々オマエたちの力などいらん。足手まといなだけだ」
「し、しかし、警護団は、甘い汁をすすっているとはいえ、イヌハギ様の弟君であるお方を守る者たちの集団。ツワモノぞろいですぞ」
「ごちゃごちゃうっせぇな。盗賊を甘く見るんじゃねぇぞ。オマエらからまず身ぐるみ全部剥いてやろうか?」
コルテスは凄みのこもった声で村人を脅した。元々この戦いは、村人を助けるためでも領主をその座から引きずり下ろすためでもない。仙ノ国そのものへの復讐だった。
コルテスは、今はもうないジッポ村出身だった。秋になると黄金の稲穂の輝く美しい隠れ里だったが、特別な稲穂の噂を聞きつけた仙ノ国のイヌハギが村を襲い、黄金の稲穂を根こそぎ奪い、洞ノ国と交流があるとの理由であちこちに火を放って行った。盗賊と何も変わらない所業だった。
黄金のタネのほとんどが失われた村は、仕方なく隣村から普通の米のタネを譲ってもらったのだが、その年は干ばつに襲われ、ほとんどのイネが生育しなかった。
村人は飢餓に陥り、残された食料を巡って殺し合いが起こった。賢い者たちは、村から逃げて他の村へ助けを求めたが、そうでない者たちは村にとどまり、最後の一人になるまで殺し合いを続けたという。
コルテスの両親はこの醜い争いに巻き込まれ、殺され、コルテス自身も命からがら村から逃げ出して、他の村に救いを求めた。だが、行った先の村で歓迎されることはなかった。
むしろ、黄金のイネを独占していたジッポの村の出身というレッテルを貼られ、迫害を受けることの方が多かった。村から村へ移ってもいつも同じだった。誰かから救いの手が差し伸べられることはなかった。
しだいに山の洞窟に身を潜め、夜になったら村へ降りて、食料を盗んだり家畜を襲うようになった。バレた時には、村人たちから半殺しの目に遭った。
そういう行為を繰り返しているうちに、一度、村人から盗賊と変わらねぇガキだな、と言われたことがあり、そういうことなら、本物の盗賊になろうと決意したのが、十年ほど前。
だが、一人では盗賊にはなれない。一人なら、それはただのゴロツキにすぎない。とはいえ、どうやって盗賊になるのかわからず、たまたま通りがかった馬車を襲ってみた。返り討ちに遭った。
馬車には用心棒がいた。本当にあの時は殺されかけた。以来、コルテスは自分から盗賊を呼び込むことにした。
盗賊出没注意、と書かれた立て札を見かけると、近くに潜んでいるかもしれない盗賊に向かって出てくるよう叫んだ。
「おおーい! 盗賊たちー! 俺を仲間にしてくれーッ!」
こんな馬鹿げた文句でもちろん出てくるはずもなかった。
だが、その後、幸運がめぐってきた。
盗賊が集落を襲っている現場に偶然居合わせたのだ。
コルテスはその現場に飛び込み、盗賊たちの前で仲間に入れてくれるよう頼んだ。
「アナタたち。俺を仲間に入れてくれませんか?」
土下座で頼み込んだ。薄汚い男たちにゲラゲラ笑われた。剣を一本投げつけられた。
「それを拾え。そこにしぶとく抵抗している男がいる。そいつと殺れ」
初めて剣を握った。相手の男は、かなり高齢の男だった。盗賊たちを前にしてみっともないほどブルブル震え、歯の根も合わないほどだったが、しっかり剣を握りしめている。
コルテスの方も震えながら剣を拾った。目の前の男とは何の因縁もなかった。
なぜやらないといけないのだろう? と思った。
だが、始めろ、と言われた時に、男が叫びながら自分に斬りかかってきた。なんとなく剣を突き出してみたら、意外に大きな衝撃を受け、剣を落とした。
男はなおも剣を振りかぶった。
死ぬ、と思った。
死ぬわけにはいかない、と思った。
村を滅ぼした仙ノ国を滅ぼすまでは。
コルテスはとっさに男に向かって走り出した。
男に体当たりした。
すると、男の動きが止まった。
意外なほどあっけなかった。
自分の手に生暖かいものが触れた。
護身用に持っていたナイフだった。
男は驚きか目を大きく見開いて崩れ落ちた。
「おー」と盗賊たちから場違いの拍手が送られた。
いま目の前に倒れている男にはなんの恨みも因縁もなかった。
だが、自分が生きるために必要な儀式なのだと思った。思うようにした。オオカミの母親が弱ったウサギを練習台にして子供に狩りのやり方を叩き込むようなものではないか。
以来、盗賊たちの一員に加えてもらった。
そこで、戦いや生き延びる術を習った。
自分に戦闘の才能があるらしいと気づいたのは、ある村を襲った時だった。
仲間の一人が剣を持った村人に殺された。話によれば、兵士の経験があるとのことで、殺そうと次々と仲間が挑み、手こずっていた村人を、自分はたやすく仕留めた時だった。
以来、仲間内でもコルテスは一目置かれるようになり、次期、盗賊のリーダーになるだろうと目されるほどになった。
ところが、しだいに仲間が増え、規模が大きくなるにつれて、コルテスはこの盗賊団が嫌になった。
物を略奪した後で、まだ年端もゆかぬ少女や妊婦の腹を裂きながら中にいる胎児を取り出しながら犯す者など、明らかに素行が悪く、クレイジーなヤツらが目立つようになり、心底嫌気がさした。
女を犯している最中のみっともない姿の仲間を、コルテスは後ろから首を跳ね飛ばしたことがあった。誰にも見られていないと思っていたが、後でリーダーに呼び出しを食らい、その時のことを詰問された。
この時にはリーダーよりも戦闘の実力を身につけていると思ったコルテスは、その場でリーダーを斬り伏せた。てっきり仲間たちが親分を殺られ、一斉に襲いかかってくるかと身構えたが、何の抵抗もなかった。
どうやら本当にこの盗賊団は臆病者ばかりの烏合の衆になってしまったらしい。
その後は自分の盗賊団を結成するため、真っ先に仲間を集めた。
集めたのは、腕は立つが村八分に遭い、村を追われた者や元武士であるが主君の怒りを買い身分を取り上げられた者、子供を殺され妻を見初めた主君に奪われた者、妻殺しの冤罪で牢に収監されシャバに出てきたばかりで盗みを働き再び逮捕されそうになった者など、世の中のつまはじき者だが、芯の通った骨のあるヤツらばかりを集めた。
ようやく盗賊団としての体を成した頃、コルテスは泥棒から初めてしだいに盗賊行為を始めたが、狙うのはいつも私腹を肥やし村人を食い物にしている者たちだった。
そんな時、あの警護団長のシュメルと出会った。今よりもまだ規模の小さな集団だった頃だ。ある町の町長の息子が人殺しをやった上に、気に入った娘が自分になびかないから犯して殺した、という事件があった。そのことを町長が人殺しには殺意がなかったと否定し、娘を犯して殺したのは、同意の上であったと主張し、殺してしまったのは偶然そういう形になってしまっただけで殺意を否定した。
当然、市民たちは怒り抗議をした。町に潜入し、コルテスは出来うる限り信頼に足る情報を収集した。コルテスは、町長の息子は黒であるとの心証を得た。仲間を率いて、町長の邸宅を襲った。高価な品を盗むと邸宅に火を放ち、町長とその息子をボコボコにしてから退却しようとしたら、シュメル率いる警護団が現れ、仲間の何人かが殺され、捕まった。
狙いを決めた町の規模が大きすぎた。完全に自分のミスだった。警護団によって完全に町の出入り口を封鎖された。
「キサマが最近出没する盗賊団のリーダーか?」
「そうだ」
「金持ちばかりを襲って義賊のつもりか?」
「そんなことは思ってない」
「だが、やっているのはそういうことだ。民も騒いでいるぞ。ヒーローだってな」
「何がヒーローだ。勝手に言ってろ。俺は全然そのつもりはない。ただ、実力もねーくせに甘い汁をすすって金だけたらふく蓄えているブタどもが気に入らねぇだけだ。民のためにやってるつもりねぇよ」
「さて。そろそろ仕事をせねばならんな。オマエたちの数々の所業、このままここで引導を渡さねばならん。なにせ数を多すぎるのでな。ここで引っ捕えると抵抗を受け、こちらが返り討ちにもなりかねん」
「頼むッ! 仲間たちだけは見逃してやってくれッ!」コルテスは土下座した。「みんな、俺がこの世界に誘っただけで、同情すべきワケありのヤツらばっかりなんだ! こんなところで死んじまったら、無念すぎる。頼む…」
「盗賊が命乞いをするとな…」
「俺は死んじまってもいい。できれば、生きていたいけどな。リーダーとして最後のけじめだ。あいつらの命だけは命乞いさせてもらう」
「…なるほど」とシュメルは腕を組んだ。「偶然だな。私もこの町の町長とその息子には、はらわたが煮えくり返るほど怒りを覚えていたところだ。…死んでしまってもかまわない。だけど生きていたい、か。正直だな。では、こうしよう。オマエと俺で一騎打ちだ。命懸けのな。俺も家族があるんでな。死ぬわけにはいかん。オマエを全力で殺しにぶつかる。オマエも命を懸けろ。オマエがもし俺を殺すことができたら、勝手に逃げろ」
コイツはそこらへんにいる腐った兵士じゃねぇ、とコルテスは感じた。マジでやらねぇと殺られる、という気迫がみなぎっていた。
相手の得物は、剣二本。
自分は剣とナイフ。
剣しか持っていないと見せかけての相手の懐へ入り、ナイフで斬る。コルテスの基本的な戦い方だった。
「行くぞ」コルテスが最初に地を蹴った。
ガギンッと刃と刃がぶつかった。
ガタイの通りの重たい一撃だった。
危うく剣が弾かれそうになる。
次の一撃はおそらく防ぎきれないだろう。
コルテスは数歩退いた。
その時、間髪入れずに剣をブーメランのように投げてきた。
速すぎて軌跡が読めない。
剣で払ったら、たまたま無傷だった。
ただの偶然だろう。
すかさずシュメルは腰に下げた剣を抜き、間合いを詰めてくる。ガタイの割に動きの速い男だった。
コルテスは慌てて横っとびをしたが、ヒュッと風を切る音がして太刀が追いかけてくる。間一髪、コルテスは上体を反らし髪の毛筋一本ほどのゼロ距離でかわした。
その時、邪魔が入った。
五、六歳ほどの男の子が一騎打ちの現場に入ってきたのである。
次に一撃を加えたら、コルテスを殺せただろうに、シュメルは男の子に気をとられ、一瞬、注意が逸れた。
コルテスは体勢を整え、再び剣をかまえる。あごから血が滴り落ちた。
「どうした? チャンスだぞ。俺を殺さんのか」
子供をここから離れるよう告げてから、シュメルが横目でにらんだ。
「それなら、お言葉に甘えて」
コルテスは駆け出し、シュメルに心臓めがけて剣を突き出した。
が、寸止めした。
「甘い。甘いなあ、小僧」とシュメルは上から剣を弾いた。
剣は手からこぼれ落ちた。
「小僧。チャンスというのは、そう簡単に訪れんぞ。ここぞという時にモノにしなければ、敵に移るッ!」
シュメルは振りかぶった。
脇がガラ空きだった。
コルテスはナイフを抜いた。
右手に握った一本を突き出した。
が、腹に蹴りを食らった。
「やるじゃないか小僧。奥の手を忍ばせていたなんてな」
「ナメてんじゃねぇぞ。奥の手はこっちだッ!」
コルテスが右手を挙げると、周りで見ていた仲間たちが一斉に弓矢をかまえた。いつでも放たれるように最大限弓を引き絞っている。
「アンタなら卑怯とは言わねぇよな?」
「俺の負けだ。今回は見逃してやる。だが、次に遭った時はキサマら全員ブタ箱行きだ」
「なにが見逃しやる、だ。上から言いやがって。いまこの場を支配しているのは俺たちだ。俺の手が振り下ろされたら、一斉にあの矢がアンタをハリセンボンにする」
コルテスはきびすを返すとこの場から離脱した。
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