第10話 第二次グレーザの戦い
除隊を申し入れたガードリアスは、山の上から合戦の行方を見守った。グレーザの地にアリのように黒い点々が集まって集団をなしている。陣形を敷いているのだろう。眺め自体は壮観なものだったが、あれらが動き出し、とくになんの理由もなく無残に死んでいく人たちのことを考えると、風景でも眺めているように悠長な気持ちではいられなかった。今のところ両軍共に動き出す様子はない。
この戦でいったい何人死ぬのだろうか。数は問題ではないが。数でまとめられても、戦場で散っていく一人にとっては、たった一人の人間である。ここから眺めていても、これが殺し合いである実感がなかった。もしかしたら、あの場に自分もいたかもしれないことも。
いつまでも眺めていても仕方ない。ガードリアスはきびすを返した。
さて、除隊したものの、これからどこへ行こうか。
故郷のライナ村へ帰るか?
…イヤ。今まさに戦が行われようとしているのに、帰るわけにはいかない。
しばらく山に洞窟を探してそこで獲物を仕留めながら暮らしていこうか。
…イヤ。
そんなことをしていてもいつかは人里へ戻らないとどうしようもないのだから、時間の無駄だ。
ではどうしようか。
ガードリアスは、親友のオルヴィスとフリーダの顔を思い浮かべた。二人は今頃どうしているだろうか。定住先を見つけたのだろうか。
ガードリアスは二人を探すことにした。
ムスティリ村で会って以来だが、その後どこへ向かうのか聞いていない。とりあえず、周辺の村々を当たった。
アムゼン村をたずねた時は、外国人を匿った罪で逮捕しようとしたが、岬から飛び降りたため、おそらく死んだだろうと言われた。オルヴィスが死ぬはずはない、と思いたかったが、兵士の多くも自分は死ぬはずがない、自分は生き残る、と思って参戦して死ぬ。
当たり前だが、人である以上、限度を超えると死んでしまう。それでも、ガードリアスは少しでも生き延びた証拠を突き止めたくて、その岬へ足を運び、見下ろした。あまりに高すぎて、白波がほぼ止まっているように見える。
これは、助からない、と絶望的になった時、後ろから気配がして振り返った。
頭頂部の禿げ上がった体格の良い男が立っていた。
「オマエか? オルヴィスを探しているのは?」
男は、カンバと名乗った。木こりらしい。オルヴィスとは滞在中長く一緒に過ごしていたそうだ。
「はい、そうです」ガードリアスも名乗った。
「アイツは生きているぞ」
来い、と言って連れて行かれた先は、岬から少し離れた入江のようになっている砂浜だった。
「村の者はこんな辺鄙な場所にはわざわざ来ない」
そう断った上で、砂浜に人の足跡らしき痕跡が残っているのを示した。流木にも衣の切れ端のようなものが残っている。
「あの岬からは潮の流れで最終的にここへ流れ着くようになっている。アイツらは多分、ここに流れ着いたはずだ」
「ありがとうございます。わざわざ探しに来てくれて」
他の村人に聞いた時は、煙たい顔をしていたのに、この人だけは違った。
「二人はどこへ向かったかわかりますか?」
「わからん」難しい顔をしてカンバは腕を組んだ。
「最後のあいさつには来なかったんですか?」
「来ない。というよりアイツはあらたまってあいさつに来るようなタマじゃないだろ」
「そうだと思います。彼のことよくご存知ですね?」
「短い間だったが、無礼なヤツだということはよくわかったつもりだ」
「まったくその通りです。カンバさん感謝します。彼らの生存が確認できただけでもありがたいです」
「アイツに会ったら、言っておいてくれ。…戦争にだけは行くなよ、って。まあ、俺が昔兵士だったことを聞いてくれたアイツなら頑として行かないとは思うんだがね」
その言葉にガードリアスは胸を突かれる思いがした。
彼に礼を言って、アムゼン村を後にした。
峠の茶屋にさしかかった。腰掛けに老婆が一人座っていた。ガードリアスも座り、茶と菓子をいただいた。ふいに老婆が話しかけてきた。
「アンタ、どこから来たね?」
「どこから来たというと…故郷はライナ村だけど、徴兵されて兵士になって、でも自分には合わなくて除隊しました」
「ほう…逃げたのかね?」
「逃げてはいません。いないと思います。戦いは僕には向いていません。平穏に暮らしたいです」
「この戦乱の世において平穏を求めるのは、至難の業じゃぞ。どこへ逃げても、戦火は望むと望まざるとにかかわらず向こうから近づいてくる」
「でも、僕の友達にいるんです。戦争を真っ向から拒否して逃げ出したヤツが」
「ところで、オマエさん。向こうの茂みをちょっと見てくれんかね? 茂みがガサゴソ揺れたな。ひょっとしたら、クマかもしれん」
「わかりました」
ガードリアスは手元にあった荷物袋を腰掛けに置くと老婆の指差した茂みの方へ向かった。腰に帯びた剣に手をかける。
「おばあさん。なにもいないみたいですよ」
振り返った時、老婆が荷袋に手をかけていた。
「あ! 泥棒!」
ガードリアスは叫び、急いで茶屋に戻った。が、あまりの速さで逃げられてしまった。それでも諦めず、追いかけた。しばらく走った。短距離走というよりは、長距離走になった。老婆はどこにそんな体力があるのかというほどの俊足を飛ばしていた。
おそらくあそこに通りかかる旅人を油断させ、置き引きしているのだろう。こんなアホらしい手に引っかかるヤツなんて僕ぐらいのものだろうと思った。
息も切れて足が上がらなくなった頃、老婆が雑木林の中へ入っていった。ガードリアスも続いた。あの荷物の中には全財産が入っているのだ。
老婆はいかにもオンボロの小屋へ入っていった。ガードリアスも遠慮することなくズカズカ入った。
「諦めもせずについてきおったか」
「当たり前だろ。その荷物返せ」
「あれ? ばあちゃん、誰の声?」
「お客さんだよ」
「お客さん? またあのおにいちゃんとおねえちゃんに会いたいな」
ガードリアスは奥の部屋へ行った。
五、六歳の子供が机に向かって本を開いていた。
「勉強熱心なお孫さんですね」
ガードリアスは子供にあいさつをした。
「ぼく、だけど、一度死にかけたんだよ」
「死にかけた? どうして? ご病気?」
「うん、そう。病気。だけど通りすがりのおにいちゃんとおねえちゃんに
「熊旦? おにいちゃん? おねえちゃん?」
まさかと思った。貴重な生薬である。簡単に手に入る物ではない。二人がライナ村を出た時に、餞別としてフリーダに熊旦を渡したことを思い出した。
「ねえ、君。そのおにいちゃんとおねえちゃんは、オルヴィスとフリーダっていうお名前じゃなかったかい?」
「ごめんね。お名前はわからないんだ。名前を告げないでいなくなっちゃったから」
「おや? アンタ、あの子たちと知り合いなのかい?」
「お孫さんの話した二人が僕の友達だったら、ええ、知り合いです」
「そうか。アンタ、もし、あの子たちに会ったら、こう言っておいてくれないかね? …あの時は、お金を盗んで悪かったね、と」
あの茶屋で盗まれたのだとしたら、あまりにバカすぎる。だが、あの二人ならありえないことではない。老婆に二人の行く先を聞いてみたが、案の定わからないという。ただ助言はもらった。
行く先がわからないのなら、首都ウッドワイドへ行けばいいという。旅人が最後にたどり着く場所は、やはり活気があり、仕事も多くある首都であろう、と。
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