第7話 合戦
肥沃なグレーザの土地を巡ってこれまで何度も小競り合いを繰り返していた仙ノ国と洞ノ国の争いが本格的に始まり、ガードリアスも参戦することになった。初めての大掛かりな戦である。
本陣を構えるのは、兵団の団長であるシュヴァーベン。ガードリアスは別働隊の第一小隊に所属しており、指揮官は、コースジャンという青年将校だった。そのテキパキと指示を下す迷いのない聡明さ、毅然とした姿を見ていると、この人の下なら生き残る可能性が高いかもしれない、とガードリアスは思った。隣にいる兵が耳打ちしてくる。
「おい、知ってるか? コースジャン隊長は、本来なら兵学校に入学しないと将校になれないところを、その実力と頭脳が認められ、特別に将校に抜擢されたそうだ」
「…ふうん。そうなんだ」
自信に満ちあふれた背中には、なぜか安心感がある。その隊長が振り返った。目が合った。
「なんだ? オマエ。私の背中に何かついているか?」
「はい! 自信がついてあります!」
ピシっと背筋を伸ばしてガードリアスは答える。
「ふん」とコースジャンは鼻で笑った。「そう見えるのなら、オマエが自信ないのだろうな」
「隊長はいつもどのような心構えで合戦に臨まれているのですかッ」
「オマエは、合戦は初めてなのか?」
「はい! 初めてであります!」
「心構えか。…いつも最小限の損害で済むよう戦に臨んでいる」コースジャンが不敵に笑みを刻んだ。「そうだな。新兵。オマエはまず先頭を切り、合戦の真っ只中へ走れ。そこで敵軍の兵士を最低二人から三人は殺せ。一人、二、三人を殺せば、こちらの損害を考慮しても、今回の戦は勝てる」
グレーザの土地、遠方北に敵がライジン団長率いる本陣を構えており、敵が中央へ攻め込んでいるあいだに、東西に展開する部隊とで挟撃する作戦だった。
コースジャン部隊は西から突撃する。兵の数は一千。左の部隊も同様の兵数。本陣には五千が控えており、いつでも左右に割り振ることのできる準備もできており、万が一の時には突撃する用意もあった。
本陣から早馬が来て、挟撃せよとの命令が下った。
コースジャンは兵に命じ、太陽に向けて鏡を掲げた。東側からも同様に鏡の合図があった。コースジャンは、剣を抜いた。
「よしッ! 野郎ども! 突撃せよッ! ネズミ一匹逃すなッ!」
「おぉぉぉぉッ!」という鬨の声とともにガードリアスは他の兵たちとともに一斉に駆け出した。
駈け出すのと同時に、空に黒い線が走った。
ガードリアスは慌てて両手で頭を守ってしゃがみこんだ。後ろから走ってきた兵がつまずいてガードリアスの背中に覆いかぶさってくる。
周囲は阿鼻叫喚だった。
次々と飛んでくる矢の雨に悲鳴と怒号が入り混じった。
ガードリアスの背中に覆いかぶさっていた兵にも突き刺さり、一瞬ビクッと痙攣したかと思うと、それきり動かなくなった。
容赦なく降り注いでくる矢の雨。
それでもまだ喚声が響いている。生き残った兵たちだろう。再び進行を開始した。ガードリアスは立ち上がれなかった。あんな矢を浴びたら間違いなく死ぬ。
背中に覆いかぶさっている兵には、さらに何度か矢が突き刺さった。
「ごめんごめんごめん…」
ガタガタ肩を震わせながらガードリアスは突っ伏した状態のまま立ち上がることができなかった。自分もそろそろ立ち上がり、挟撃部隊に参加するべきだった。
だが、できなかった。いつの間にか喚声が止んでいる。上に覆いかぶさった兵を避けると恐る恐る立ち上がった。周りは、鎧のすき間に矢が突き刺さってハリセンボンみたいになった人間だらけだった。
…イヤ。鎧を着た屍だった。かろうじて生きている者からはうめき声が聞こえた。
「お、おい、大丈夫か!」
ガードリアスは駆け寄り、背中に矢の刺さった男に声をかけた。
「しっかりしろ! 今救護班を呼んでくるからなッ」
「ムダだ。そいつはもう助からない。内臓をやられてる。救護班も来ない」
上から声がして振り返ると、コースジャン隊長が馬上から見下ろしていた。
「で、でもまだ息がある! 助けないと!」
パニックになったガードリアスは矢を抜こうとしたが、男の顔が痛みで歪んだので、途中でやめた。
「隊長! お願いです! なんとかなりませんか!」
「バカ野郎。俺はカミサマでもなんでもねーぞ。内臓やられて瀕死のヤツをどうやって助けるっていうんだッ」
コースジャンは馬から降りると、男のそばへ行った。彼は問いかけた。
「おいオマエ。最後に言い残したいことはあるか?」
コースジャンは、男のか細い声を聞き取るため、耳を寄せた。男は何事か呟いた。コースジャンは彼の体を地面に横たえた。
「なんて言ったんですか?」とガードリアスはたずねた。
「生きたい」
「え?」
「まだ生きていたかった、って言ったんだバカ野郎! それ以上言わせんなッ」
「まだ生きていたかった?」
その言葉をガードリアスは反芻する。
そりゃそうだ。誰だって寿命を全うしてから死にたいものだろう。兵士とはいえ人生の途中で死んでそこで人生終わり、という死に方はあまりに唐突すぎるし、悔しいだろう。
「合戦は、どうなったんですか?」とガードリアスは周囲を見渡した。
「勝った。兵の一人が大将の首を取った。大将の首を取られた敵兵は全て潰走した」
だから、静かなのか。自分が仲間を盾にしてガタガタ震えている間に雌雄が決した。
「オマエも戻れ」とコースジャンは告げた。「生き残ってよかったな。オマエにはツキがあったようだが、次はこうもいかんかもな」
コースジャンは馬首を引いた。
「ちょっと待って下さい!」とガードリアスは呼び止めた。
「なんだ?」
「ここで死んだ人たちはどうするんですか! このままにしておくんですかッ!」
「クソガキだな」とコースジャンは舌打ちした。「いるんだよなあ、こういう尻の青い鼻垂れ小僧が。いいか? 戦場に情けを持ち込むな。コイツらだって兵士だ。初めから死ぬ覚悟を持って戦場に出ているはずだ。死体は獣どもが始末してくれる。そもそもこれだけの人数だ。オマエならいったいどうするっていうんだ?」
「そりゃあ…一人ずつ丁重に回収して火葬して…」
言ってる途中でそんなことは不可能であることに気づいた。
人数が多すぎる。
雑なやり方になってしまうが、全員を集めて山にして火をつけるしかない。だが、次の戦がどこで始まるかもわからないのに、合戦とは関係のないそんな悠長なことはやってられないだろう。
「ほら、見ろ」とコースジャンは上を見上げた。「食いモンだと思って、カラスやトンビ、サギが集まってきたぞ。クマも来るかもしれんな」
後ろ髪を引かれる思いで、ガードリアスは陣に戻った。
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