第6話 訓練
「おいそこのヤツ! オマエだオマエ! 訓練中にぼうっとすんなッ」
ガードリアスは教官の怒号がモンペレに向けられていることがわかった。
「すみません」と言ってモンペレが素振りを再開する。
ガードリアスにはこのところ、モンペレが心ここにあらずの体で訓練をしていることに気づいていた。
この日の夜、宿舎で。
夕食も食べ終わり、あとは就寝を待つだけ、という時間。
お互いにとくに話題もなく物思いに耽っていると、ふいにモンペレが口を開いた。
「なあ、ガードリアス。僕、除隊して故郷に帰ろうかと思ってるんだけど…」
「どうしたんだい? 急に」
「急に、じゃないんだ。ずっと前から考えてた。…あの女の人を後ろから刺して殺してしまった時からだ」
女の人というのは、黄金のタネを狙う遼ノ国だかの運び手の一人であり、その奪還作戦の時に、コルテスと戦っていた彼女をどさくさに紛れてモンペレが後ろから刺して戦いに水を差したことで終わっている。
「…もしかして人を殺すことが怖くなったのか?」
「ああ怖いよ」モンペレは語気を強くして言った。「君は怖くないのかい?」
「怖いけど、兵士だからね。仕事だから割り切ってる」
「…多分、だんだん人を殺すことの感覚が麻痺してきて、自分がやっていることがどんなに鬼畜なことなのかわかってくると思うよ」
「だろうね。そもそも人を殺すことに躊躇してたら逆に自分が殺されるかもしれないよね」
「うん。そうだね。でもさ、もっと正確に言えば僕が人を殺すことが怖いのは…僕は弱いから逆に殺されちゃうかもしれないけどね。けど、それ以上にむしろ僕のせいで命を落とす兵士がいるとしたらその人の不幸の方がずっと怖いんだ」
「なるほど…。もっと詳しく聞かせて」
「ああ」モンペレは頭の中を整理するべく時間を取り、程なく語り始めた。「殺された人は家族や友達や恋人だっているかもしれない。僕が戦場で彼を殺したら、彼のそういった親しい身の回りの人たちを悲しみのどん底に突き落とすことになるだろう。僕は彼らのその痛みが、ひどく耐えがたく感じる。もちろん僕が人殺しをした罪悪感に打ちのめされるのがイヤだ、という身勝手な心もある。あの時、女の人を後ろから刺した時、まるで現実感がなかった。盗賊と彼女が一騎打ちで戦っている時、盗賊が殺される! と思った時、僕は勝手に飛び出して、女の人を後ろから刺していた。その人が僕たちが追っていた人だったからだ。僕には何か悪魔の部分がある。そうでなきゃあの場面であんなことは絶対にしなかったはずだ。女の人が隠密活動をしている敵方の仲間で、彼女自身これまでどれだけの人の命を奪ったのか知らないけど、そういうのは関係ない。ただただあの場面だけで申し訳なく思っている。申し訳ないのは、彼女のこれからまだ続くかもしれない人生を僕の手で糸をぷっつり断ち切るように終わらせてしまったことだ。…だから僕は、実家へ帰って家業の鍛冶屋を継ぐよ。もちろん戦争の道具である武具は一切作らない。包丁やオノやノコギリといった生活品だけしか作らない」
「…なるほど。モンペレ、君の言いたいことはなんとなくわかった気がする」
「君はまだ兵士を続けるのかい?
「ああ、近頃、合戦があるって聞いている。仙ノ国と洞ノ国の雌雄を決するような大事に戦らしい。僕はやるよ。国のためにね」
「がんばってくれ。君ならできるよ、きっと。ただ死なないでくれ」
「もちろん矢尽き刀折れるまで必死で生き残る努力はするよ」
「矢尽き刀折れたら、死ぬだけじゃん」
「言葉の綾ってやつだよ。それくらいの気概で生き延びる努力を最後まで失わないでいた、ってことさ」
「長いあいだ、世話になったね」とモンペレ。
「ああ、こっちもね」
「戦争が落ち着いたら、エスペランサ村まで遊びにおいでよ。鍛冶屋の村だから大したおもてなしもできないけど、他では見られない峡谷と滝の絶景スポットがあるんだ。ぜひ案内する」
「ありがとう。元気でやれよ。父さんと母さんにも孝行してやるんだぞ。そして、せっかく生き残った命を大切にしてくれ」
「ガードリアス。君もね。絶対に死ぬな」
「ああ、前にも君と同じことを言ってくれた人がいる。死なないためいま訓練を一生懸命やってるんだ。強くなって、少しでも生存率が上がるためにね」
しかし、戦争というのは、強ければ確かに少しは生存率が上がるらしいが、無能な指揮官につけば、敵とほとんど刃を交えることなく戦死することも多々あるらしいと聞いている。
不安が脳裏をよぎったが、国のために戦えることは兵士の誇りだった。
この国には、青々とした山岳があり、深い森があり、流れの美しい沢があり、その下へ滑り落ちる滝があり、四季折々の花があり、野生動物がいる。
全てを守りたかった。
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