第4話 ネズミ団

 男に連れて行かれた場所は、四方を路地に囲まれていた。そこに十代に届くか届かないくらいの少年少女たちがいた。一見して不良っぽいとわかる集団である。

「俺はフールム」とここまで案内してくれた少年が名乗った。

「オレは、オルヴィスだ」

「わたしは、フリーダです」

「フールムさんや。なんでオレたちをこんなところまで連れてきたんだい?」

「ああ、きっと盗みにしくじって追いかけられたんだろうと思ってな」

「やってねーオレたちこそ泥でもねーし泥棒でもねぇよ」

「なんだ? 違うのか?」

 フールムは肩を落とした。

「おいおいがっかりすんなよ」

「じゃあ、どうして追われていたんだ?」

「オレだって知りてーよ」

 詳しい経緯をフリーダが説明した。もちろん村を追放されてから村々を点々としてきたことを除いて。

 ウッドワイドへ行こうと思い、乗合馬車に乗ったら、怖い三人組の男たちに追われた妙な少年が走り込んできて、一緒にウッドワイドへ来たら、急にその少年がオルヴィスにイネみたいな植物を渡され、そこから追いついた男三人組に追いかけられたこと。

「イネ?」とフールムは首を傾げ、フリーダの手にあるそれをちらりと見た。「イネなんかで追いかけられる理由があるのか?」

 あらためて見ると、ささやかなイネ一本である。根の部分は申し訳程度に土が固まり、イネは青々としている。そこらへんに生えている雑草一本と区別がつかなかった。

「…心当たりがないでは、ない」オルヴィスにはめずらしく歯切れの悪い調子で言った。「なあ?」とフリーダに振った。

「…うん」と彼女もうなずいた。

「詳しい話はオレもよくわからないんだが、そのイネを植えたら、冷害や水害、虫害にも強い米ができる黄金の米っていうのがあるらしいんだが、そのタネのほとんどはすでにこの世に存在していなくてな。残りの少ないのタネだとかイネだとか苗を巡って国同士で奪い合っているらしい」

「そんなモンがあるのか…スゴいな。ま、そんな国同士が奪い合うような特別なタネじゃなくても、米さえあればどこでも生きていけるけどな」

 フールムは少年少女たち一人一人に目をやった。

「アンタたち…」と一人の少女がオルヴィスをにらみつけた。「国同士の争いの原因を知ってるだなんて、いったい何者なのよ」

 低い声が男らしく、眼差しの強さが特徴的な少女だった。じっと見ていると引き込まれそうになる。まとっている雰囲気が凡庸な感じの子ではなかった。

 オルヴィスはなにかまずいことでも言ったかな、とほおを指でかいた。その問いを知ろうとフリーダに目をやると、彼女もきょとんとした表情だった。

「おいおい…」とオルヴィスは少女に言う。「なにがそんなに気に入らねーのか知らんが、オレだってそこまで詳しいことを知ってるわけじゃねーんだよ」

 たまたま巻き込まれただけでな、と続けた。

 それでも納得していない様子の少女に、オルヴィスは、ガツンと言ってやった。その時、りんごが目の前に飛んできた。慌てて右手を出してキャッチする。

図体のでかい少年がりんごの入ったカゴを手にしていた。

「オマエ、あぶねぇなー。なめたマネするとぶっ飛ばすぞ」

「やるじゃねぇか」

「オレを試すんじゃねーよ」

 ガンを飛ばしてから、少女に目を戻した。

 と、同時に同じ少年が崩れたレンガをフリーダに向かって投げつけた。

 オルヴィスは慌てて、彼女に体当たりした。彼女は吹っ飛んで地面に転がった。レンガは地面に落ちて粉々に砕け散った。

「テメェ」オルヴィスは怒りに駆られ、少年に走り寄ると胸ぐらをつかんだ。「さすがにレンガはねぇと思うぜ。加減を知らねぇ大バカ野郎はぶっ飛ばす」

「なんだこのよそ者野郎が」

「やめろ、アオ。今のはオマエが悪い」フールムがぴしゃりと言った。「それに、そいつは俺が連れてきたんだ」

 フールムはオルヴィスに向かって頭を下げた。

「スマン」

「オマエが謝る必要はねーよ」

「あらためて紹介しよう。そのデカいヤツは、アオ。そこのチビが、スジ。恥ずかしそうにモジモジしている女の子が、最年少のハナだ。そこにいるオマエに食ってかかった跳ねっ返りが、シファカ」

 そのシファカと呼ばれた少女が、ハッとしたように言った。

「アオのせいで話が逸れた。そこのオマエ、なんで国家同士の問題を知っているんだ?」

 オルヴィスはもったいつけるように告げた。

「なぜ知っているのか。それを話すには、非常にめんどくせー長くてややこしい話になる。それをここで話すつもりはねえ。なにを誤解してるのか知らねーけど、やるなら勝手にやってろ。オレはオマエになにを思われてもクソにも思わねえ」

 想像していたのとまるで異なる反応だったのだろう。少女は唖然として固まっていた。

「スマン」とフールムがまた頭を下げた。「コイツの故郷の村は、何年も不作が続いて飢饉が起こってな。さすがに次の年も不作だと冬も越せなくなる。ってことで、コイツはコムトビ神の供物にされて生きたまま土中に埋められそうになったんだ」

 コムトビ神とは、豊穣の神。つまり豊作を願って祈りを捧げるものだ。

「だからコイツは、黄金のタネだかイネだか知らないけど、そういう特別なモノがあることを知って、少し感情的になったんだろう。許してやってくれ」

 フールムが少女の頭に手をやり、一緒に頭を下げた。

「ほら。自分の口であいさつしろ」と少女にうながした。

 下唇を突き出して何やら不服そうな表情で少女は名乗った。

「…シファカ。十四歳。出身はインドリ村だ」

「同じだ」とフリーダが目を丸くした。「わたしも供物に選ばれたことがあるんだよ」

「アンタも?」

 シファカが明らかにフリーダに興味を示した。

「うん。わたしはフリーダ。十五歳。出身はライナ村」

「ライナ村といったら、林業や畜産の盛んな?」

「そうだよ。わたしの場合、火あぶりにされそうになったの」

「火あぶりということは、戦神オステウス?」

「そう」

「で、どうやって助かったの?」

「ここにいるオルヴィスと村の友達が助けてくれたの」

「いいわね」とシファカは微笑んだ。「私の場合助けてくれるような人は誰もいなかったわ。友達と思っていた人も自分が供物に選ばれなかったからって陰で他の人たちと喜んでいたわ。両親は私が子供の頃に離婚して私は父に引き取られたけど、父は離婚してから酒ばかり飲んでほとんど働いていなかったし、母は隣町で再婚して、新しい子供をもうけてから、私に会うこともなくなったわ。父はむしろ私が供物になるって決まった時に、補償金か何か出るって喜んでいたんじゃないかしら」

「そうなの。辛かったね」

 シファカは皮肉や自嘲のつもりで言ったわけではなく、フリーダもそのように感じたわけでもなかった。むしろ二人は共通点を発見し、相通ずるものを感じたようだ。

 女子たちの共感はひとまずそのままにしておくとして、オルヴィスとしては、喫緊の問題があった。

「なあ、フールム。ところで、仕事はないかい? 面倒だろうけど、もしあったら、紹介してもらいたいんだけど、頼めねぇかな?」

「なるほど…。仕事か。あるにはあると思うけど。ところで、そこの子がライナ村出身と言っていたが、実は俺もライナ村出身だ。同郷だな」

「そうなのか? アンタ何歳だっけ?」

「二十五だ」

「てことは、オレよりもだいぶ先輩だなあ」

「君のことは知ってる。お父さんが警護団の団長を務めているだろう?」

「そうだ」

「君はなぜ村を出た?」

 結局、先ほど濁した話を全て話すことになった。村を追放処分になったこと、そして行く先々の村でもいろいろトラブルがあり、最終的には半ば逃げるようにして出て行かなくてはならなくなったこと。

「…なかなか破天荒なヤツだねぇ君も」

「アンタもだろ? アンタもなんで村を出た?」

「俺は、両親が農奴だった。毎日くたくたになりながら働いていても収益は全て地主のモノだった。白米作ってるのに、食ってるのは、稗や粟だった。俺もまだ物心つく前のガキの頃から働いた。だが、結局は、うちは農奴であり、俺も奴隷だった。俺は、武士の家に奉公に出された。奉公とはいえば聞こえはいいが、ようするに、売られたんだ」

「…なるほどねぇ。そういえば、この国には卑賤民とはまた異なるそういう気の毒な人たちがいた、っていうことを両親から聞いたことがある気がする」

「気の毒か…まぁ、他人から見たらそうなんだろうな」

「武士に売られて今ここにくすぶってるってことは、逃げたのか? それとも、他に買い手があって売られたのか?」

「逃げた」とフールムは無表情で告げた。「主人はとてもイイ人だった。よくしてくれたよ。でも、主人の息子がイヤなヤツだった。湯浴びしようと思ったら、浴槽の中が水だったり、急がなくちゃいけない時に、靴の紐を全部切られていたり。一番頭にきたのは、主人の大切にしていた懐中時計を盗んで、俺の部屋に置いて俺を犯人扱いにしたことだ。…この時ばかりは、主人も聞く耳を持ってくれなくてな。俺は、鞭打ちと棒打ちを食らった。そのクソガキがニヤニヤしているそばでな。俺はカッとなって、とっさに主人の差していた脇差を抜くと、クソガキを斬った。脇差なんか使ったこともなかったが、斬ったところはけい動脈だった。床や壁はもちろん天井まで血の海だよ。もちろん俺は、殺人罪でおそらく死刑だったが、官憲が来る前に逃げたよ。村から出た。あとは官憲の目を逃れるようにあちこち転々としながら、最後にここウッドワイドに着いた」

「よくある話だ」とオルヴィスは言った。「オレは同情はしない主義だ。せいぜい、大変だったな、と感想を述べる程度しかしない。でも、殺しはダメだったな。そこだけが、アンタの失敗だ。殺されたヤツはなんで? と思っただろう。嫌がらせをしたのと殺されたのと、割に合わねぇってな。そんなことを思う間もなく死んじまっただろうけどよ」

 フールムは心の底から笑顔になった。

「俺はオマエみたいにはっきり言うヤツが好きだ」

 オルヴィスは少し引いた。「…オレはそんな趣味はねーぞ」

「バカ野郎。そういう好きじゃねえよ。わかるだろそれくらい。気に入った、ってことだよ」

「そりゃどうも」オルヴィスはぺこりと頭を下げた。

 気に入った、と言われたことが今までになかったから、どういう感情を表現したらいいのかわからなかった。

「とにかく話が長くなったな」とフールムは言った。「あらためて自己紹介しよう。俺はフールム。コイツは、シファカ」

 シファカは小さく会釈した。

「それで、あそこにいるカラダのでかいヤツが、アオ。あそこにいるチビがスジ。あそこで自信なさげに突っ立ってる女の子が、ハナ。俺たちはみんな仲間だ」

「仲間ねぇ〜」オルヴィスは腕を組み、フールムに気づかれないように疑り深い目をした。友達と仲間はどう違うのだろう。例えば、兵士になったガードリアスは友達なのか仲間なのか。

 多分、友達だろう、と思った。

 もしかして、自分も一緒に兵士になっていたら、今頃は仲間に変わっていたのかもしれない。

 では、フリーダはどうか。

 彼女は友達でもあるし、仲間でもある気がする。

 仲間というのは、多分、同じ困難や死線を乗り越えてきた者のことを言うのだ。フリーダとは、これまで何度もともに窮地を経験して脱している。

「とりあえず、ここではなんだ」とフールムはきびすを返した。「場所を変えよう。オマエたちもウッドワイドへ来たばかりで疲れただろう」

 来い、と言ってついて行った先は、『雨宿り』という名のコワモテ主人のいるカフェだった。





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