第3話 首都ウッドワイド

 馬車の中で少年を交えて世間話をした。

「オマエ、なんかどっかで見たことあんだよなぁ」

 オルヴィスは腕を組んでまじまじと少年の顔を見た。

「ぼくの方はないよ」

「フリーダ? オマエにも見覚えないか?」

「うーん…」とフリーダは小首を傾げた。「わたしはないと思うなぁ」

 名前は? と聞いても教えてくれるつもりはないようだ。見た目は十歳くらい。一歩村の外を出たら、捨てられるなどしてこの年の子供が一人でいることは珍しいことでもないが、名乗れないのは何か事情があるのかもしれない。

 突然、オルヴィスが「あ!」と声を上げた。

「びっくりした〜」とフリーダ。「いきなりどうしたの?」

「思い出したんだよ。コイツ、前にマクマードの市で見かけたんだよ。その時、オレたちの売りモンを全部買ってくれためっちゃ羽振りのよさそうな商人がいたじゃん? その時に一緒にいたガキだ」

「…んん。わかんない」

 フリーダはぴんときていなかった。

「ま、どうでもいいけどな。ところでオマエ…」

 オルヴィスは少年を詰問した。

「あの時一緒にいた商人のオッさんはどうしたんだよ?」

「ああ、あのオッさんなら破産して今は借金取りに追われていると思うよ」

 まるで他人事のような言い方に、オルヴィスは違和感を覚えた。

 時々、野営をしたり、村に宿泊したり、二週間ほどかけて首都ウッドワイドに到着した。

 遠くに白鳥のように白い城が建っているのが見える。その下に、ごみごみと町家が密集している。行き交う人々の表情もどこか明るげで活気があった。

「うわ、スッゲェ人の数」

「いったい何人くらいいるんだろうね」

 二人はぽかんと口を開けている。

 少年も馬車から降りた。三人は御者に料金を支払った。

 その時、男たちの声が聞こえた。

「おい、いたぞ! アイツ!」

 以前、馬車に乗り込んだ時に少年を追いかけてきた男たち三人組だった。

「あ、ヤベ」

 少年は慌ててリュックを下ろすと、中からイネのようなものを取り出し、オルヴィスの胸に押し付けてきた。

「アンタ、これ頼む!」

 これが何なのか確かめる間もなく、男たち三人組が迫ってくる。

「おいバカ野郎ッ、何でオレがこんなモン持ってなくちゃならねーんだ」

「いいから頼む! これで勘弁して」

 フリーダの手に巾着を押し付けた。中は、ジャラジャラしている。結構重たい。

「ぼくは、ベトリッジだ」

 少年は名前を言い残し、快速を飛ばして市街地へ逃げていった。別に悪いことは何もしていないのだが、オルヴィスは反射的にフリーダに声をかけた。

「ワケわからんが、オレたちも逃げるぞ!」

「う、うん!」

 首都へ入り、雑踏にびっくりしたオルヴィスは、メインストリートと思われる広い通りから右へ方向転換した。

 メイン通りに収まりきれない商店が並んでいる。行き交う人々は多少は減ったが、それでもオルヴィスとフリーダの感覚では十分に多い。後ろからは、先ほどの男たち三人が追いかけてくる。

 行き交う人々を避けながら、さらに何度か曲がって奥へ進むと、一気に人が途絶えた。日陰の路地だった。ここまでくると、男たちが怒声を張り上げて追ってくる。

「くそッ、オレたちゃ、なんにもしてねぇーのになんでガチで鬼ごっこしなきゃならねーんだ」

 オルヴィスは息が上がってきた。

「いっそのこと、止まって、話してみたら、どう?」

 フリーダも限界が近かった。

「そうだ。それがいいな。よく考えたら、オレたち全力で逃げる理由がねえ」

 立ち止まろうとしたら、左の路地から、男が手招きをしていた。

「…こっちだ。こっちに来い」

 よくわからないまま反射的に二人は立ち止まり、左の路地へ入った。

「…俺についてこい」

 それ以上は何も言われず、男の後ろ姿を追った。


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