第2話 招かれざる乗客
三頭立ての馬車である。御者が手綱を引くと、初めは真ん中の馬からそれから左右の馬といった具合に歩みを止めた。
御者の男は、柳の枝を頭からかぶったような五十代後頃の白髪交じりの長髪の男で、日焼けした肌がベテランを彷彿とさせた。
「アンタたち、どこへ行きたいんだい?」彼はオルヴィスとフリーダを見下ろした。
「それがわっかねんだよ」とオルヴィスが答える。
「わからない?」
「おっちゃん。どこか金を稼げるいいところはないかい?」
「ほうほう。それなら、首都ウッドワイドへ行けばいい。あそこには仙ノ国から出稼ぎ人がたくさん来ている。景気はいいぞ」
「首都ウッドワイド?」オルヴィスは眉をしかめる。「そいつは考えもしなかったなあ」
「いいんじゃない?」とフリーダは目を輝かせた。「わたし、ウッドワイドって一度でいいから行ってみたかったんだぁ」
「なんで?」
「だってこの国の首都だよ? おいしいものやほしいものはなんでも手に入るっていうし、卑賎民に対する差別も地方ほどひどくはないっていうしさ」
「その差別の話は聞いたことがある」
「でしょ? きっと住みやすい街だよ」
「とりあえず乗りなさい」と御者の男は言った。
オルヴィスはまだ決めかねていたが、ひとまず乗り込んだ。続いてフリーダも乗った時だった。
馬車の後ろから少年が手を振りながら走ってきたかと思うと、出発するギリギリで乗り込んできた。
息を切らせながら少年が言った。
「おっちゃん。早く馬車出して! 悪いヤツらに追われてるんだッ」
「お、おう、わかった」
御者の男は手綱を取り、馬の尻を叩いた。
「ウッドワイドだ! 首都のウッドワイドまで行ってくれ!」
三頭立ての馬車は勢いよく駆け始めた。
「お、おいオマエ。何勝手に言ってやがる?」オルヴィスが少年の胸ぐらをつかむばかりの勢いだった。「オレたちが先に乗ってたんだ。後に乗ってきて行き先を決めてんじゃねえ」
「アンタたちより、ぼくの方がずっと大事なんだ!」
「大事って何が大事なんだよ?」
「アンタたちに言うようなことじゃない」
「まぁまぁ」とフリーダが諌めた。「オルヴィス。私たちも行き先は一緒なんだから仲良くやろうよ」
「誰がウッドワイドへ行くと言った!」
「さっき話してたじゃない」
「話しただけだ! オレはまだ行くとは行ってないッ」
「それよりキミ」とフリーダは言った。「悪いヤツらに追われてるって?」
「ああ、おっちゃん。フルスピードで頼むよッ」
少年が外に顔を出した。馬に乗った男三人が追いかけてきている。
「…なんなんだ? アイツら」
「ぼくを泥棒だと勘違いして追ってるんだ」
「泥棒?」
「話は後だ! おっちゃん、大丈夫かい?」
「事情はよくわからんが、揉め事なら大歓迎だッ!」
御者の男は馬の尻にムチ打った。乗り心地は非常に悪く、何かにつかまっていないと尻が宙に浮いた。
後ろから追いかけてくる男たちの一人が叫んでいる。
「そこの馬車止まれッ」
「…オマエ。なんか悪いことしたんじゃねーのか?」
オルヴィスが疑いの目を向けたが、少年は意に介さず御者の男に、「もっと速く! もっと速く!」と急かしている。
だが、三頭立ての馬車とはいえ、向こうは単騎である。みるみる距離が縮まってゆく。一人の乗った馬が馬車に横付けしてくる。
「おいそこのクソガキゃあ! 返せッ」
馬に乗ったまま馬車に乗り込んでこようとしたところを、少年は蹴りを入れた。元々バランスが悪かったところを、男は馬車の外へ突き飛ばされて、そのまま地面に転がり落ちた。
すると、他の二人の男たちも馬を止めた。
馬車はみるみる距離を広げて、男たちの姿の見えないところまで来ると、並み足になった。
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