この宝玉が満たされる時
……やはり、増えている気がします。
これは一体、どういう現象なのでしょうか。考えても答えが出る筈もありません、女神様からいただいた奇蹟の仕組みなど一介の神官である私に読み解ける筈もないのですから。
アカリが消えたあの時、それと時を同じくして女神様のお姿が天からかき消え、かの方はなんと城のバルコニーで茫然と佇む私の前に現れました。
人と同じほどの大きさとなってもその神々しさは一片たりとも損われてはいませんでしたが、申し訳無い事に私の心はアカリを失ったのではないかという不安であまりにも乱れていて、平静ではいられませんでした。
それでもなんとか膝を折り、祈りの姿勢をとった私に女神様はこう仰ったのです。
「よい、顔をあげよ」
恐る恐る顔を上げると、女神様は淡く微笑まれています。
「アカリは、帰ってしまったのだな」
寂しげなそのご尊顔からは友と離れてしまったかのような哀切が感じられ、私は何もお答えできずにいました。
「願いを叶えてやると言うのに、あの娘ときたら人の心配ばかり。仲間の事やこの国の行く末の事、果ては妾の事まで心配する始末でな……中でもお前の事は呆れるほど念入りに助力を請うておったぞ」
「は……」
「あの者は一見では凡庸にも見えるが、心映えはまさしく聖女よの。あの者にこそ暖かな導きを施したいものだが……妾には許されておらぬ」
私はそのお言葉に目頭が熱くなるようでした。女神様とアカリとの間には大きな信頼関係が築かれていることを感じたからです。
女神様の世界にも制約があるのでしょうか。私には分かりませんが、それでも女神様がアカリの幸せを心から願っていることだけは感じられます。
「……時に神官長ナフュール、その聖杖には宝玉がついているだろう? それは、お前の徳を現すものだ」
見れば確かに、中央に大銀貨程の大きさの透明な宝玉が埋まっています。
「今は魔の浄化で全て使いきった状態だが、また徳が貯まればその宝玉が蒼く光るであろう。そして宝玉の蒼が満ちる時、お前の願いを一つ叶えてやろうではないか」
「……身に余るお言葉でございます。ですが既に銀の聖杖も戴いております、私だけそのような過ぎた賜り物を重ねて戴く訳には参りません」
「なに、アカリの意を汲んでのことだ。お前は神官として常に他者への施しを旨としてきたのであろう? ナフュール、これはお前個人への救済だ。お前の個人としての願いをこの折にとくと考えてみるが良い」
「私個人の、願い……」
「自らの心と対話する事も人にとっては大切な事なのだ。欲する物がある事は、悪い事ではないぞ」
そう言い残し、女神様は霞のように空気に溶けていきます。光の粒だけが残り、さらにはそれも消えてしまうと、もはや今あった事が現実なのかと不思議な気持ちに包まれました。
あれから一年、自らの心と対話せよと仰ったあの言葉に従って、私は何度も自らと対話しました。しかし答えなど最初から決まっているのです。
アカリに、会いたい。
それ以外の願いなど、結局は頭に過ぎりもしませんでした。
この宝玉が満ちたら。
それだけを希望として日々を過ごすうち、私は奇妙な事に気付きました。特に善行をつんだわけでも、感謝の言葉をいただいたわけでもない日に、明らかに宝玉の蒼が増える時があるのです。
何の脈絡もなく増える蒼。
当初は自らの力とは関係ないタイミングで増える事に幾ばくかの後ろめたさも感じていましたが、この頃ではその現象すら、神のお慈悲と感謝をもって受け止められるようになりました。
今日もそうして脈絡なく増えた蒼を見ながら、私はこの宝玉の蒼が満ちるその瞬間を夢想します。
まだまだ魔に与えられたダメージを回復する途上の地域も多くある中、そこに住む人々を助け導くのは私のあたりまえの役目です。しかし真心持って行うそれは、私の願いを叶える一助にもなるのです。
こんなにありがたい事があるでしょうか。
感謝の祈りを捧げ、私は今日も復興途上の街へ向かいます。
街を、人を助けるために。
そして私の唯一の願いを叶えるために。
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