無理強いはしない主義なのです

「ああ、これは素晴らしい薫りですねえ」



目の前で美貌の魔術師が満足気に微笑んだ。


話してみたらやっぱりお兄さんだった彼は、いち早く環境に順応し、今やせっかくだからと作ってあげた異世界おやつセットを幸せそうに口に運んでいたりする。



「気に入ってくれたんだ、良かった。コーヒーは結構異世界の人には好き嫌いが別れるんだけどね」


「僕は好きですよ、苦味や酸味のバランスも良いですし。それにこの『トライフル』なるものは驚くほど美味ですね。彩りも鮮やかで美しいですが、様々な味や食感がいちどきに味わえるというのも素晴らしい」


「……おい」


「そうねえ、スポンジケーキにゼリー、プリン、フレーク、生クリームにアイスとチョコが層になってるから食感も確かに多彩だよね。でもちゃんと美味しく纏まってるでしょ?」


「贅沢を極めた神の食卓のようです」


「……おい!」


「そんな大袈裟な、普通におやつだからね?」


「おいって!」



痺れを切らせたみたいに、イケメン剣士ががなる。ちなみに彼はまだ全然気を許していないらしく、充分に距離を保って近づこうともしない。


そしてあたしも別に無理には誘わないのだ。


だって、導きなんて無理矢理するものじゃない。それに相手が信用ならない場合、提供された食べ物なんて単に恐怖の対象でしかないだろう。



「君も食べればいいのに。これまでに体験がないほど美味だよ?」


「テメーは危機感が無さすぎだ! 解毒も回復もできるのはお前しかいねーんだから、勝手に死ぬなよ!?」


「彼女が敵かも知れないって思ってるなら、そういう事を気軽に暴露しないでくれるかな?」



美貌の魔術師の最もな指摘に、イケメン剣士は「う……すまん」とちっちゃなちっちゃな声で謝った。



「なあもう帰ろうぜ、落ち着かねえよ」



ついに剣士が泣きを入れ始めた。どうやらこのパーティーの力関係は完全に美貌の魔術師に比重があるらしい。



「先に帰っていいよ、お帰りはあの奥の大きめのテーブルの奥だってさ」


「出来るか! だいたいなんでそんな簡単にこんな得体のしれない女信用してるんだよ、おかしいだろ!」



必死にがなるイケメン剣士を冷めた目で見ながら、美貌の魔術師は深い溜息をつく。剣士ってせっかくイケメンなのに、だんだん残念な人に見えてくるから不思議だよね。



「剣士というのは不便なものだね、こんなにも彼女の身に満ち満ちている神気が分からないなんて。彼女は間違いなく神の力を得ているお方だよ」


「は……? な、なんだそれ、そんなの分かるのかよ」


「分からない方が不思議だけどね。多分僕らは今神の導きでこの場にいるんだ、君はもっと謙虚であるべきだよ」



そう言って、美貌の魔術師があたしの方へおもむろに向きなおる。



「突然訪なった我々を手ずからもてなしていただき、身に余る光栄です」



胸に手を当てたまま恭しく頭を垂れる姿は嫌味なくらい様になっている。残念イケメン剣士にも少し分けてあげて欲しいくらいだ。

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