第93話 根っからのお人好しって、誰の事?
話を終えてバードは”寝る”といって、ソファに横になった。俺はバードとは別れて、怪我の手当ての途中だったグランのもとへと向かう。バードにすべて話したおかげか、少し心が軽い。確かに、あの神様に自分が異世界から来たことを黙っていろとは言われていない。でも、言うことが躊躇われたのだ。平等に誰かと話すことができなるなるのではないかと。
俺はグランのみが眠る部屋に入った。
「疲れ気味だね、ハル」
すると、声が聞こえた。
驚いて扉を思い切り閉めた。バタンと大きな音が鳴って、その音にビクリと肩を揺らした。すると、目の前にいる人物はくすくすと笑った。
「グラン、……大丈夫、なの?」
「ん? あぁ、傷のこと? 手当てしてくれたんでしょ、お陰様で痛くないよ」
羽織っていたブランケットを肩からおろし、グランは包帯の巻かれた上半身を見せる。出血をこれ以上抑えるためかその浮体は少し痛々しく見える。自分で手当てしておいてなんだが、痛くはないのだろうか。
「う、うん、そっか……。」
「そう、痛くないよ……」
何から話しかけていいかわからずお互いに黙った。居心地の悪い沈黙がおり、俺は少しだけうつむく。すると、グランが俺に声をかけた。
「ねぇ、なんで、おれを助けたの? あのままにしておけば、ハルたちに害はない
と判断できたんじゃないの?」
グランはよれた桃色の前髪を掻き上げ、皮肉気な顔をして言った。俺は言葉に詰まりながら、グランの鋭い視線を受け止める。それから、黙ったままコクリと頷いた。
「確かに、グランをあの場に残していけば直に失血死してたと思う。……で、でも、
それを見殺しにはできないよ」
「ハルは馬鹿なの……?」
グランがため息をつく。確かに俺の言っていることはきれいごとだ。それ以前に俺のすべきことではないと言われているように思えた。
周りの目を気にし始めたのは。弟妹が生まれてからだ。誰かの役に立って、自慢の兄であろうといつでも務めてきた。今回のことも、そんな習慣から鈍った人間への恐怖が原因だろう。信じるものが大きすぎて、周りが見えないことが多々あった。裏切られても、いじめられても我慢していたから。
「そうだね……。俺は手段を択ばないから、仕方ないと思ってくれないかな?」
グランの包帯を直しつつ、そういう。
「択べないんでしょ?」
自嘲気味にグランは笑う。俺はそれに首を振り、グランの顔を見た。形のいい瞳が揺れた。動揺しているのだろう。
「俺は優しくありたいとは思うけど、優しくなんてないよ。弟妹を守るためなら手段
は問わない」
語調が思わず強くなった。
俺は二人の兄弟を守るためなら喧嘩だってしていた。二人が知らない場所でカタをつけて、知らない顔で家に帰る。兄弟のためなら善人にだってなれる。うわべだけでも取り繕って、周りに愛想を振りまく。
そう思っていないと、何もできないような気がしていたから。
「へぇ、根っからのお人好し・馬鹿にしか見えないけど?」
「知らないよ、俺は俺が見える他人じゃないんだし……。あと、傷があるところ
は……?」
グランの言葉を受け流しつつ、ガーゼで傷口を消毒していく。グランはしみたのか身じろぎをし、不機嫌そうにため息をついた。
「ハルは案外弱いでしょ? 支えを失えばすぐに崩れる脆い砂の城だ」
まあ図星ではあるとグランの声に軽くうなずき、小さな傷に回復魔法をかける。これくらいなら魔力も大して消費しないし問題はない。
すると、頬に衝撃が走った。俺が顔を上げると、イライラしているのか青筋を浮かべたグランが笑っていた。そして、俺の頬を思いっきり引っ張っている。痛い、ものすごく痛い。
「ちょ、いひゃい!」
グランの肩を指先でぺしペしと叩き、やめてくれと乞う。
「なぁんかむかつく。どうして同い年でそんな達観してるわけ?」
理不尽だと叫びたくなったが、頬を引っ張られたままではうまくしゃべることができない。
「なら、まずその手を離すことだな」
背後から声が聞こえた。それはグランの手をひっぱたいて、俺を自由にしてくれた。振り向くと、いつの間に起きていたらしいメド君がいた。
「げ、メドぉ~起きたの?」
グランは片眉を上げ、いかにもいやそうな表情をした。
「なにが”げ”、だ。お前を連れ帰るのはハル以外反対したんだ、むしろ礼を言ってほ
しいものだ、な! 主にハルにだが」
メド君はグランの肩を思い切り揺さぶり、そう言う。寝起きなのだろうか、多少機嫌がよろしくない。
「め、メド君? ケガ人を揺さぶらないで!」
「そうだよ、メド。傷口が開きそうで痛いんだけど!」
俺はメド君を羽交い絞めして、メド君を引きはがそうとする。だが、思ったより力が強い。いくら細身だからと言って侮ってはいられないようだ。俺は引きずるようにメド君を椅子に座らせ、苦笑を浮かべた。
「メド君、俺なにもされてないから。というか、メド君はどこも怪我してないの?」
「……はぁ、呆れた。ここまで来て人の心配か」
なだめるように言うと、メド君は不機嫌そうに俺にデコピンをした。
「助けた相手に恩を着せるくらいがちょうどいいんだ。将来の大事な糧になるぞ」
「……はぁ、はは」
あまりにもメド君が真剣な顔をして言うので拍子抜けしてしまう。
「メドの家は古いんだってそういう考え方。着せるんじゃなくて、相手が自然に恩
を感じるように仕向けるべきでしょ。その方法じゃ、恩着せがましいウザい奴だ
よ。ねぇ、ハル?」
グランがメド君に言い返している。よくわからないんだけど、そういう政治的な喧嘩に巻き込まないでほしい。
「いや、地道に何とかしてればそのうち力は身につくんじゃ……」
きっと俺の目は死んでるんだろう。
とうとつに始まったこの喧嘩にどう対応すべきなのだろうか。
「はぁ? だからハルは根っからのバカなんでしょ!」
グランにチクチクと言われる。助けを求めるようにメド君の方を向くが、メド君は諦めたようにため息をつくばかりだった。
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