第92話 王国と、お人好しすぎる友人の話。

 SIDE バード=ラクリエ


 ハルは僕の言葉に目を瞬かせた。

 

”ハルはご神託の”英雄”なの……?”


 そう言った僕はハルの瞳をじっと見据える。ハルはよくわからないといったふうに困惑した表情を見せ、”え……?”とつぶやいている。どうやら知らないらしい、この国じゃ有名なことなのに。

 ご神託の英雄とは、どうやら異世界から来る人間らしい。異世界――をよく知らないが、この世界とはまた別の世界があると言われているのを聞いたことはある。そして、それは大司教が神託を受けることで判明する。どこにいるかもわからないが、確かに存在してきたらしいのだ。


「ハルは”イセカイ”から来たの……?」


「ッ……!」


 ハルは目を見張った。

 ハルにはおかしいことがいくつもあった。それはスキルだと言い張れば隠せるようなものから、明らかに人間離れしたものまである。それは、さっきハルがステータスを見せてくれたことで判明した。MPにHPの異常な数値に、各アビリティの秀悦さ。聞いたことはあるけれど、”存在するかも危うい”スキル。

 それは、いずれにせよ異世界から来た人間に見られる傾向らしい。いずれかの能力が特化していたり、遠いどこかの国で革命を起こしたり、魔物を討ち取ったり。聞いたことしかないが、それが人間の所業に見えないのは誰もが同じであった。


「……ハルは異世界の人間なんだね」


「…………」


 再度の問いにハルは唇をきつくかみしめていた。ハルの空色の瞳が水中の青と同調して、深く揺れている。動揺しているのが一目でわかった。

 

「僕は別にハルが異世界の人間でも構わない。……おいしいご飯が食べられたら、

 シアワセだから。でも、ハルは隠し事がほんとは得意じゃないから、……今苦し

 そうな顔をしてる……。そうしたら、ご飯は美味しくない」


「うん」


 ハルは僕の言葉に苦笑する。普通なら誰も聞かないような話も、ハルは親身になって聞いてくれる。ちゃんと言葉を汲み取って、何を話そうとしているか理解してくれる。――でも、今はハルに甘えてちゃいけないと思う。

 僕はふうッと深く息を吐いた。それから深く息を吸って深呼吸をする。


「ハルはが何も知らないなら、僕に聞いてもいい……。基本はなんでも面倒くさい

 けど、……ハルはご飯作ってくれるから。だから、えーと、……あ」


「うん、ごめんね」


 ハルが目を細めて、眉を下げてほほ笑んだ。そして僕の頭をやさしく撫でる。ハルの表情は少し悲しそうに見えた。俺はその表情に次に告げようとした言葉を言葉に出せなかった。

 すぐにハルは手を離す、ハルの指先は血が引いたように冷たかった。


「ごめんじゃないよ……!」


 僕が訴えるようにハルの顔を見上げると、ハルはただ頷いて悲しそうに眉を下げた。


「俺は、……多分そんなんじゃないよ。そもそも英雄って何? たとえ俺が異世界

 から来たとしても、そんな力に頼った称号なんていらないよ」


「ハル?」


 ハルはうつむいた。僕より身長が高いから、それでもハルの顔はちゃんと見える。ハルの瞳にわずかな怒りの感情が揺らめいているように見える。

 声をかけるとハルははっとしたように目を見開いて、困ったように笑った。


「ごめん、俺の考えを押し付けるつもりは、ない。……それに、バードの言ったよ

 うに俺は異世界から来たんだと思う、これが夢じゃないなら」


 思いのほかさらっと、ハルは吐露した。痛々しいくらい傷ついた顔をして、それを話す表情は僕に後悔をもたらした。


「そう、……ごめんハル」


「ふふっ、なんでバードが謝るの? 悪いのは言わなかった俺なんだし、バードは

 正しかったと思うよ。さっきの質問がカマかけだったとしても……」


 ハルは僕の頬を両手で包み、諭すように言った。それから、年相応な悪戯な笑みを見せる。

 僕はハルの言葉に目を見張った。主に最後の言葉に。

 確かに確証のない中、そのうえでハルに少し怒っていたという面での悪戯でもあった。それに気づいていたかはともかく、ギョッとするしかなかった。僕のその表情にハルは一転変わってくすくすと笑みを漏らした。


「ごめん、今のはカマかけ……ふふ。まさか図星だと思わなくて……」


 ハルはささやかな笑い声を漏らし、僕の頭を撫でる。そういえば、ハルは弟妹がいるのだったか。僕はこっぱずかしくなって、うつむいた。やけに優しく僕の頭を撫でる手つきは、心地よくて眠気を誘う。僕にも兄弟や両親はいたけれど、誰もこんなふうに頭を撫でてくれてことはなかった。ジクりと、心の奥底が痛む。


「……ハル、子供じゃないんだから撫ですぎないで」


「うん、ふふ、……そういえば中学に上がった弟にも言われたなぁ」


 懐かしそうにハルは目を細めて、僕の頭を撫で続ける。


「もう、やめてって……! ほらほら、グレンが起きてるかもしれないでしょ!」


 ハルの手を引きはがし、僕はそう訴える。すると、ハルは素っと真面目そうな表情をして頷いた。普段からそういう顔をしてれば、美形が際立つのに……。そう思いながら、僕がハルを見上げるとハルは首をかしげた。時にハルは純粋な子供のような顔をする。


「……なんでもないから。あと、この世界でわかんないことは、全部寮に帰ってか

 らね……!」


 なぜか自分が言っていることがよくわからなくなる。

 ハルに負けた気がする、なんか悔しい――――――!

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