第90話 不思議な友人の話。

「ラクリエの本家は、人間の血が半分しか混ざってない」


 バードの瞳の色はいまだ銀色に輝いている。俺は彼の言葉に首をかしげた。異世界に来て、貴族の話を聞く機会がなかったから、そもそもラクリエ家がどんな家かもよく分かっていない。知っているのは上流貴族の家系の一つということだけ。

 すると、バードはぼんやりと俺を見て、ふっと苦笑した。


「突然言われてもわかんないよね……。これ知ってるの、……王宮くらいだし。王

 宮の文献にはもっと詳しく記されてる」


「家系図的な奴……?」


 俺の言葉にバードはコクリと頷いた。


「僕の家は、――ハルはエルフって知ってる?」


「えーと、治癒能力にたけた亜人種だよね。たしか、200年くらい前に絶滅したっ

 て」


「そうそのエルフ」


 バードはもう一度頷き、なぜか上着を脱ぎ始めた。それからまっさらなシャツまで。バードは上半身裸になり、自分の左胸を指さしていた。


「……見える?」


 バードに言われて俺は首を振った――肯定の意味だ。

 バードの胸には左胸を覆いつくすような、片翼の紋様があった。刺青のような気がしないでもないが、刺青のそれとは少し違う。片翼の紋様は黒一色でバードの胸に刻まれており、その中央にはユリの紋様がある。黒一色なせいか、そのユリが不吉に感じられる。

 すると、バードはぽつりとつぶやいた。


「ラクリエ本家は、エルフの血が混じってる。……その血が混じってる奴は、僕みた

 いに胸に烙印が刻まれた状態で生まれるらしい」


「らしい……?」


 俺はバードの言葉に疑問を覚える。らしい、とはどういう意味だろうか。そもそも、生まれた状態からはっきりとした紋様が浮かんでいるのだろうか。


「うん、僕が生まれた瞬間を僕は覚えていないのは当然だしね」


 確かにバードの言う通りだった。生まれた瞬間を思い出せと言われても、俺だって思い出せない。

 バードは一度身震いをして、いそいそと今度は服を着始めた。あまり見せたくないのか、隠すように着替えている。


「ハルは、僕が魔力を見えるって言ったのを変だと思わなかった?」


 バードの言葉に俺は眉を寄せた。

 俺があの森に滞在していた短い時間で、魔力が見えるという体験をしたことがなかった。だが、魔素は見えていたのできっと同じ感覚なのだろうと思っていた。なにせ、ザックさんくらいしか俺にそう言う突っ込みを入れないものだから。

 それに、街ではテオが魔素を見ることができていた。

 だから、その申告を俺はおかしいと思ったことがなかったのだ。


「……ごめん、魔素が見えるのと同じ感覚だと思って。気にしてなかった」


「あー、そっかハルはそっちだったね」


 バードはそういう。だが、”そっち”とは何のことだろうか。


「エルフの家系には、ごく稀に”千里眼”っていうスキルが使える特別がいるんだ」


「それが、バードで、千里眼を持ってるから魔力が見えると……?」


「そうそう、……千里眼は人間の持つ千里眼より精度が高い。エルフの血が混じっ

 てるから、ね。……でも、上には上があって魔眼と神眼って言ういうのがある」


 バードの言葉に俺の思考が停止する。

 バードの持つスキルの上に、俺の持つスキルがあった。神眼、制御可能で魔眼と肩を並べる”視る”ための能力。それは珍しいものだろうし、おそらく存在しないものとして扱われてきたのだろう。


「どっちの能力も、例がないから皆フィクションとしか思ってないんだけど」


「……へぇ」


 額からつるりと、冷や汗が流れてくる。

 この異世界とやらに来るまで、俺はただの貧乏な高校生だったのに。何がどうなって俺のステータスがめちゃくちゃになっているのだろうか。


「ハル……?」


 バードに顔を覗き込まれる。俺は顎を引いて、何でもないと首を振った。

 魔力値だけは知られているとはいえ、レベルやスキルまで知られるわけにはいかないのだ。ザックさんが、見せるなと言っていたのだから。それはなんとなくわかる、稀な能力は誰だってのどから腕が出てくるほど欲しいものなのだろうと。言葉は少なかったが、ザックさんは無駄に自分のステータスを露見し、厄介事に巻き込まれないようにしてくれていたのだ。

 俺は基本的に隠し事が苦手だし、この世界について八割がた何も知らない。


「バード、ちょっといいかな?」


「ん……? 今話せなさそうなこと?」


 流石バード、察しが良い。俺は彼の問いにうなずいて、息を吐いた。すると、バードに手首を掴まれる。こちらに来いということなのだろうか、手を引っ張られる。俺はそのままついていき、みんなが眠るところを通り過ぎて、拠点の外まで連れてこられた。

 そして、バードが何かをつぶやいた。


「――――うん、これで僕たちの会話は遮断した。誰にも聞こえないはずだよ」


「え、うん」

 

 俺と出会ってから、すでに何か勘付いていたのかバードの表情はいたって真剣だ。俺は深呼吸をして、自分のステータスを開いた。久しぶりに自分のステータスを開くような気もするが、珍妙なものであることに変わりはない。

 俺は浮かび上がった、アイコンをタップしバードに自分のステータスを見せた。バードは俺のステータスを利用しようとはしないだろう。

 まぁ、利用されたときはその時だし、彼なら知っていることは多そうだ。


「なるほど……、これなら納得できる……かも?」


 バードは顎に手を当て、ボンヤリとした瞳でそう言った。

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