第89話 お人好しでも何でもいい!

 俺は拠点に戻ってから、ずっとグランの看病をしている。

 思ったより、彼が負っていた傷が多かったのだ。レカルドのことはわからないが、とにかくグランが心配でしようがなかった。浅い傷もあればひどい裂傷もあって、明らかに古傷であろうものもあった。彼が今まで背負ってきたものを俺は知らないけれど、彼が助けを求めているような気がした。

 

「ハル、いいの?」


 背後から声が駆けられる。振り向くとバードがいた。

 俺は彼の問いの意味が解らず、思わず首をかしげた。


「だって、ここにモンスターを襲撃させたのはグランだよ。……それでも、助ける

 の?」


 バードの言葉に俺は苦笑した。確かにそうかもしれないと。


「でも、クラスメイトだからね。……クラスメイトが苦しそうにしてたら助けたく

 なっちゃうよ」


「……それって」


 俺の言葉に、バードが言葉を詰まらせる。俺はグランの腕に包帯を巻きながら、彼を振り向いた。バードは少し苦しそうな顔をしていた。――悲しそうな、ずっと遠い何かを見つめているような瞳をしていた。

 俺は少しぎょっとして、巻いていた包帯を離す。


「バード、どうかした……?」


 バードに目線を合わせ、そう問いかける。すると、彼はぎゅっと下唇を噛んだ。何かを我慢しているような表情に、俺は不安になる。今にでも泣き出しそうなバードの肩をさすって、どうしたのともう一度聞く。

 するとバードは俺の手を振り払った。

 ボロリと、バードの瞳から大粒の涙がこぼれた。今日はよく涙が流れる瞬間を目撃する――じゃなくて。俺はバードの瞳に注視した。それはいつものエメラルドグリーンの瞳ではなく、空色が滲んだ様な銀色の瞳だった。


「どうして、……自分を大事にしないのっ……」


 バードの口から零れ落ちたのは、予想外の叱咤だった。瞳の色と相まって、その言葉に魔力が含まれているような気がした。

 いや、違う。

 バードの周りに恐ろしいほどの魔素が渦巻いている。バードの魔力が暴走している証拠だ。


「バード、落ち着いて。このままだと、バードが倒れる!」


「ウルザイッ!」


 それを止めようとしたが、バードはノイズをまとって怒りに飲み込まれていく。バードの額には見慣れない印が出現し、背には後光とばかりに燐光が出現する。それは何かに取り憑かれたように見えたが、瞬時に理解する。


 俺はバードの暴走している魔力の中に入ることをためらうことなく、バードを抱きしめた。幼いどもみたいに泣きじゃくり始めるバードの背中をやさしくたたき、声をかける。


「バード、ごめんね。……でもね、バードも同じことしてる。それはだめだよね」


 弟妹を諭すように、優しく言葉を紡ぐ。他人のふり見て我がふり直せとは言わないが、自分と同じ過ちをしている人をみすみす見逃してはいられない。俺は誰にでも優しくあろうとは思うけれど、怒らないわけじゃない。

 

「ごめんね、心配かけたよね。俺が悪かったよね、バードが怒るのも当然だよ。だ

 から、いったん落ち着こう。……ほら、深呼吸」


「スー……、ハー……、スー」


 声のトーンをなるべく下げて、バードの背中をさする。泣きじゃくると、過呼吸になってしまうから。それだと、ちゃんと会話もできないだろうし、苦しくなってしまうだろう。バードはいわれた通り深呼吸して、肩を上下させる。幾分か繰り返すと落ち着いたようで、普段通りの呼吸になる。

 俺はバードから離れて、彼の顔を覗き込む。

 泣いたせいか目の下が少し赤いが、それ以外は特に何もない。


「も……、だじょぶ」


「ホント?」


 涙をぬぐいそう言ったバードに確認をする。バードは頷いて、俺が座っていた椅子に座る。今は特に緊急なわけじゃないから、治療を少しサボってもいいんだけど少し両親が痛む。

 グランから、バードに視線を移す。


「みんな就寝してるんじゃないの?」


 今の時間は夜中。ジンでさえも眠りにつくはずの時間だ。


「んー、僕は夜行性だしね」


 少しいたずらな笑みを見せるバードがそう言った。そういえば、バードは普段の授業には出席せず、夜中に学園にいるっていう話を聞いたっけ。とはいえ、夜半に授業などやっているはずもなく、暗い校舎にただいるだけなんだろうか。

 

「……ハル、僕目見た?」


 話題が続かないと思ったのか、バードが苦しそうな顔をして俺に聞く。俺は黙って頷いた。


「そっか……」


「綺麗だったよ、……背中に燐光が現れたのは驚いたけど」


 俺の言葉になぜかバードが目を丸くする。

 すると、何が面白かったんかバードはぷぷっと噴出した。


「ふふ、それお世辞だとしても、ハルはお人好しすぎるよ」


「はは、お世辞じゃなく本心なんだけど」


「だとしたら、ハルがおかしいんだよ」


 おかしくて仕方ないというふうにバードが笑う。


「でも、こんなのきれいでも何でもないんだよ」


「……バード?」


 その表情が一変するものだから、俺はバードの名前を呼ぶ。バードの表情が遠い記憶をいつくしむような優しさと、悲しみをたたえていた。

 バードは唇を開く。


「僕の家、ラクリエの本家は人間の血が半分しか混ざってない」


 端正な唇が、自らの残酷な物語を紡ぎ出す。

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