第87話 ダンジョン緊急探索。

 俺はメド君とジィドとともに、再び拠点から出た。ダンジョンの様子を見るためだ。あんなことがあって、不安が募ってしまうけれど今は弱音を言ってはいられない。俺はローブを首元まで閉めて、拠点の外を見回した。

 

 ひどいものだった。

 地割れが著しく、重苦しい空気が流れている。それから、岩場が崩れたのかところどころの道を岩が塞いでいる。それから、白夜のような明るさはすでに消え失せ、真夜中のような暗闇が蔓延っている。

 

「ハル、カンテラを灯してくぞ。」


 メド君は鞄から、丸いカンテラを取り出す。それはこの暗闇に触れると、その球体の中に青白い炎が灯った。


「魔道具の一つだ。……マジック・カンテラ、高価だが半永久的に炎が灯る」


「……へぇ、すごいね」


 光を覗き込んだ俺にメド君が説明をしてくれる。カンテラの台座には王族御用達の商店のマークが彫られている。たしかに、手が届きそうにないくらい高価そうだ。

 

「メドの自腹だな」

 

「フロッソ、余計なことは言うな……」


 ケタケタと笑うジィドに、メド君はむすっとした表情を浮かべた。俺はそのわきで苦笑を浮かべ、あたりを見回す。

 ひどい光景以外に何も変わったことはないように見える。


「ねぇ、どこに向かうの?」


 俺は二人に問う。向かうにも道が限られている。

 元は分かれ道が五つほどあったのだろうけれど、今は二つしかない。残りの三つは岩によってさえぎられている。


「どっちに言っても嫌な予感しかしないな……」


「なら、虱潰しにどちらも行こう。どちらにせよ、行くのだしな」


 メド君の言葉に、ジィドは諦めろと言わんばかりに肩をすくめそう言った。まぁ、ジィドの言葉は紛れもない事実なので、メド君も反論する気はないようだ。俺は照らされた二つの道を覗き込み、首をかしげた。

 右の道は、あの揺れの被害が及んでいるのか少しばかり道が荒れている。それに比べて左の道はおかしいくらいに綺麗で、誰かが通ったような跡もない。


「左の道がやけにきれいだよね、瘴気が全然漂ってない。」


 俺が二人にそう話しかけると、気にしていなかったのか、その道の状況に気が付いた二人は目を丸くする。いや、道の状況以外にも驚いているような気もするけれど。


「……ハル、お前瘴気が見えるのか?」


 ジィドが俺の顔を覗き込む。


「え、うーん、なんとなくモヤモヤ見えるのが瘴気かなって……」


「「……あー」」


 二人が声をそろえて、気まずそうな顔をする。こういう時は多分俺の発言が原因だ。


「もしかして、……瘴気は普通は見えない?」


 二人を振り向きそう問うと、メド君とジィドは黙ったまま頷いた。

 瘴気というものは、基本的に目には見えないらしい。視認できるのは密度が高く、発生した場所の空気が異常に澄んでいるときくらいらしい。だから、ダンジョンのように空気がモンスターにある程度適応している場所で、瘴気が視認することは困難らしいのだ。

 俺はアッと思う。授業でやった気がするのだけれど、すっかり忘れていたらしい。


「なるほどな。……目が特殊な奴は稀にいるのだし、瘴気に触れないようにするに

 は対策が練れるな」


 ジィドはふむふむと頷きつつ、それから俺を見た。


「ハル、左の道は危険がなさそうか?」


「んん、左の道は瘴気が極めて少ないから異常は防げると思う。……でも、モンス

 ターと遭遇する確率は変わらないと思う。」


 俺は二つの道を見比べて、ジィドの質問に答える。確信はないが、魔素の流れそのものは変わっていない。だから、ダンジョンの環境そのものは瘴気以外に異常はないのだ。

 すると、ジィドとメド君は視線を合わせて、何か考え込むようにしていた。


「なら、モンスターが弱体化しているであろう左の道に行くか」


「えっ……、」


 メド君の言葉に俺は驚く。驚いた理由は大したものではない。だが、安心な道を行けるならいいだろう。ただ、瘴気で弱体化しているとはいえ数で攻めてくる可能性もある。それが不安なだけだ。

 

「どうした、ハル」


「ううん、左の道は瘴気が全くないから、逆に不安だなって」


 そういうとメド君は呆れたように深くため息をついた。


「そうだといつまでも進めそうにないだろう。早く行くぞ」


 メド君は左の道をカンテラで照らし、早く行くぞと言った。俺はおずおずと頷いて、そろって左の道へ進んだ。

 舗装されたかのように綺麗な道は、しんとしていてやけに不気味に感じる。流れていた冷たい空気もほとんど感じることができず、誘われているような気すらする。それから、その道に入るとそこだけがやけに明るく感じられた。


「……なぜ明るい。覗いた時は暗かった」


「あぁ、……このダンジョンの特性かもしれんがな」


 メド君の不機嫌そうなつぶやきにジィドがそう答える。


「でも、一応カンテラは灯しておいたほうが良いかも……」


 俺はつぶやいた。すると先頭を歩いていたメド君が振り返る。


「何故だ」


「んーと、急に暗くなったとき、何かあった時に明かりがないと避難できないで

 しょ……。」


 そういう彼は少し眉を顰める。俺はその反応に首をかしげた。メド君は多分この明るさが必然的と考えているのかもしれない。とはいえ、俺の考えが、この明かりが罠なのではと考えるのは考えすぎなのかもしれない。

 俺は苦笑して、うつむいた。


「ハル、……このダンジョンにいる以上逃げ場はない。考えてばかりでは進めない

 ぞ」


 メド君は俺の顔を覗き込み、そうはっきりと告げた。まるで自分のことのように。

 俺はそれに曖昧に頷いた。それはすでに知っていた。

 その時、――――俺は見てはならないものを見た。

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