第83話 ダンジョンの唸りと、魔力。

 ひたすら走っても、ジンたちの拠点が見えてこない。俺は焦りながら、メド君とバードとともに彼らの拠点を目指し走っていた。ただ、いつまでたってもその拠点が見えてこないのだ。

 そして、モンスターと出くわすことがなかった。

 やけにしんとして、不気味なほどに辺りは静まり返っている。聞こえるのは俺たちの息遣いと、走る足音だけ。


「ハル、……もしかして俺たち同じところ走ってないか?」


 メド君がそう言った。このダンジョンは同じような景色が続くばかりだったから、盲点だったといってもいい。

 俺は足を止めた。そして辺りを見回す。


「ループしてるって事? ダンジョンにそんなトラップはないはずだよね」


 俺は確認をとる。すると、メド君は俺を振り向き頷いた。

 ダンジョンには稀にトラップというものがある。特定の場所を通るとループしたり、異常状態になったり、数歩歩くごとにダメージを追ったりする。ただ、第一ダンジョンから第五ダンジョンまではトラップがないのだ。

 

「……意図的に、誰かが仕掛けてきてるのかも」


「ラクリエの言う通りだろうな、目的がわからんが」


 バードの言葉にメド君はうなずく。だが、いつからループしているのだろうか。ループするときはトラップでなく、魔法であってもマップに示されるはずなのに。俺の持つマップはいささか特殊なもので、そういう以上も示されるらしいのだ。だからこそ厄介な状況な気がしてならない。

 

「とにかく、ループの出口を探そう」


 メド君が俺を見てそう言った。

 思考にふけっていたせいか、心配をかけてしまったらしい。俺はうなずきつつ、また辺りを見回した。

 ……何か変だ。

 見上げた水中に境目のようなものが見えた。

 透明な光が反射して、その境目がひずみのように見えた。


「メド君、バード。うえ、見て」


 俺は頭上を指さし、そう言った。二人はすぐさま頭上を見上げ、グッと目を凝らしている。


「……何だあれ」


 メド君がつぶやいた。全員が気付いたせいか、その境目がはっきりと視認できるようになってくる。

 大きな箱のように四隅があって、目の前には透明に輝く壁があった。多分この壁を通ったらループするとかいう、そういう仕組みになっているのだろう。俺はその壁に触れた。腕がするりと通り抜け、その腕は見えなくなる。


「多分この壁からループしてるんだ……」


「だな、ここからループしているんだろうな。だが、どうやって抜け出す」


 メド君の質問に俺は壁から腕を引抜きながら、思案する。

 すると、地面がダンと揺れた。まるで直下型地震のような揺れで、異様な兆候を感じる。俺たちはその強い揺れに膝をついた。

 それから大きな揺れが発生し始める。ガタガタと地面が唸るように揺れ、砂地の地面・岩場が割れて崩れていく。俺は激しい揺れに眉をしかめつつ、あたりを見回した。

 これは多分、ダンジョンそのものが動いているのだ。白夜はきっと誰かの魔法だ。でも、この揺れはダンジョンそのものが崩壊、もしくは地形変動をなしているのだ。


「メド、ハル、……まずい。何か来る」


 バードが顔をしかめ、揺れで地面に伏せながらそう言った。きわめて小さな声だったが、表情から何を折らわしているか分かった。

 そんな時、割れた地面から黒い煙があふれてきた。


「マズイッ、瘴気があふれてきてる!」


「揺れが収まってるうちに、こっから逃げよう」


 メド君の言葉に俺は焦る。そう言い、小さな揺れを気にすることなくループの空間に見えた隙を目指す。

 まだよろけているバードを抱え、メド君に道を示す。

 俺たちはその隙間から身をよじって、ギリギリのところで脱出した。そして、閉じ込められていたループの箱を見上げると、そこはもう黒い瘴気が万遍なく舞っていた。ゾッとした、逃げきれていなければ瘴気に呑まれ、戻れなくなってしまっただろう。

 少しだけなら無害なものでも、一応はモンスターたちの源だ。つまり、これがダンジョン中に散ってしまえばモンスターたちは強くなる。一定以上の量を取り込み、自我を失い敵味方関係なく襲いかかってくる怪物になってしまうのだ。


「何とか出られたはいいが、……」


 メド君は顔をしかめて唸る。

 目の前の景色がおかしかった。やはりがらんとしているが、白夜が一層強まっていた。目の前の光景が視認しずらく、やけに温度が上昇して生息している魚たちは海上の方へ浮いていく。


「……これも魔法?」


「違う、ダンジョンが異変を察してるんだ……」


 俺のつぶやきに、バードが少し怒ったような顔をして答えた。その視線の先には海上に浮いていく魚たちが映っている。


「ラクリエ、ハル、あっちだ。あいつらの拠点が見える、あと異常なモンスター」


 メド君に肩を掴まれ、彼の指に差された先にはジンたちが見えた。そして、異常な数のモンスターも。

 俺とメド君は剣を引抜き、バードはどこかへ駆けていく。おそらく後方支援のために、距離をとるつもりだろう。俺は走り出し、リリアンの背後をとるモンスターを切りつけた。それだやっと、俺たちに気が付いたのはリリアンはホッとしたような、意外そうな表情を浮かべた。


「ジン、敵の数は」


「おそらく百前後。倒しても湧いてくるからまだいるかも。」


 メド君のとっさの問いかけにジンは鋭い目つきで答える。俺は汗を流した。やはり数が異様だった。そして襲いかかってくるモンスターはみな武器を携え、俺たちに襲いかかってくる。

 

『皆さん、ダンジョンの様子が確認できました』


 聞き覚えのある少女の声が、脳内に鳴り響いた。

 それはおそらく、他の子の戦闘に参加しているメド君たちにも聞こえているのだろう。


『敵はここに集中しています、数は150相当。瘴気異常発生とともに、モンスター

 の増加及び強化活動が見られます。い、以上で、す」


 声はそう告げた。

 そういえばナーシャの能力は連絡と探査に優れていたのだっけか。だとしたら、彼女が今回の功労者なのだろうか。探査も連絡もどちらも集中力を酷使するから、これが終わったらゆっくり休んでほしいものだ。


『あ、えと、それから後方支援のジィドさんとバードさんにも連絡を繋げました』


 忘れていたというようにナーシャの声はそう言った。

 どうやらジィドは見晴らしの良い崖に、バードはそれを追い補助と同じく後方支援に向かったらしい。


「わかった、ありがとうナーシャ」


 俺はそう呟き、深呼吸をした。

 向かってくる敵はきっと誰かが差し向けたものだ。俺は怒っているんだと思う。その誰かはおそらく俺を狙っているのはわかっているからだ。

 俺は前髪を掻き上げた。そして、向かってくる敵に次々と刃を突き付けていく。

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